第44回 科学技術予算の見方(2)



 前回は、科学技術関係予算の総額に関する話に続いて、その配分の状況について書きましたが、科学技術関係予算を原資とする国及び地方公共団体が負担した研究費配分の全体の姿を、もう一回見ておきましょう。次いで使い道、使われ方、使い勝手などを見ていきたいと思います。

【科学技術予算の組織別配分】
 研究費の使用側から見た調査(科学技術研究調査報告)によると2006年度においては、大学等が約1.7兆円、研究開発法人等が約1.4兆円、民間企業が約1,400億円使用しています。そして、このほかに1,300億円ほどが非営利団体(財団法人、社団法人等の公的法人形態の研究機関)が研究費を使用しており、これらを合計すると年度内に国又は地方公共団体が負担し、国内の諸機関で使用された研究費の額は約3兆3,000億円となります。この額と科学技術関係予算の規模3兆6,000億円との間には、3,000億円程のギャップがありますが、調査方法に起因する予算額と使用額の数字の性質や出所を考慮すると、科学技術関係予算を原資とする研究費の流れについての大体の姿は、これで比較的良く捉えているのではないかと思います。

 ついでに省庁別の科学技術関係予算の額とその割合を見ると文部科学省が64〜65%の約2兆3,000億円、経済産業省が14〜16%の約5,000億円、防衛省が4〜5%の約1,800億円、そして厚生労働省と農林水産省が4%、国土交通省が2%、環境省が1%弱(それぞれ、約1,300億円、1,300億円、800億円、300億円といった状況(いずれもH20年度予算)で、平成13年の省庁再編以降からこれまで、省庁別の科学技術関係予算の金額、割合には、それほど大きな変化はありません。

【科学技術予算の分野別配分】
 次に、誰がどれだけ使ったというより、もっと意味のある、科学技術関係予算は、どのような科学技術関係施策にどのようなウェイトで使用されているのかを見てみましょう。
 毎年、科学技術関係予算の3兆6,000億円は、おおよそ、以下の【表1】のように使用されています。ざっくり言って、大学及び研究開発法人の運営・活動等や基礎研究に約4割の約1兆5,000億円、ライフサイエンスを始め、情報通信技術等8分野の研究開発に約5割の約1兆7,000億円、そして、人材育成や産学官連携等科学技術活動の科学技術システム改革のために約1割の約3,200〜3,500億円の資金が使われているということになります。なお、「科学技術システム改革」という施策区分での予算の集計は、第3期科学技術基本計画期間に入った平成18年以降始まったものなので、こうした区分で施策間のウェイトを見ることができるのは、それ以降の期間ということになりますが、これらの資金には、大学や研究開発法人によって実施される研究に要する固定費的な費用(研究員や職員の人件費等)が含まれることもあり、平成16年に国立大学が法人化され、国の研究機関のほとんどが国立大学法人や独立行政法人となってから以降は、これらのウェイトはあまり大きく変わっていないものと考えられます。 ただ、人材育成や産学官連携の推進、知的財産戦略の構築、地域イノベーションの振興等の「科学技術システム改革」施策が、重要な施策として明示的な形で推進され始めたのは平成18年以降のことなので、それ以降は、これらの施策の予算のウェイトが増加傾向にあると言ってよいでしょう。いずれにせよ、これらの施策間のウェイトづけについては、どうあるべきといったような政策的な議論があるわけではなく、必要と考えられる施策が積み上げられた結果の姿です。



 もう少し、予算配分の内容に立ち入って、上記の【表1】のAの政策課題対応型研究開発の政策課題別(技術分野別)の内訳を見てみましょう。これらは【表2】のように推移しています。



 基本的には、政策課題別の投資額のウェイトは大きくは変わっていないものの、それでも、いくつか明らかな特徴と傾向が見てとれます。まず、環境分野が増加する一方で、エネルギー分野の研究開発投資が大きく減少していること。そして、第2期計画期間中は、減少が続いていた社会基盤分野(防災、社会インフラ関連)、フロンティア分野(宇宙、海洋、原子力等)が、第3期計画期間に入って増加していることです。また、製造技術よりも広い概念の技術を含むものとして新たに定義された、ものづくり技術分野への投資が少ないながらも増加しています。

 省庁別や政策課題別の投資額と配分のウェイトが、ほとんど変わっていないことに対して、政府の科学技術予算は硬直的との批判をよく聞きますが、「どれも重要」な施策の中で施策のメリハリ付けを大きく変えることは、限られた予算の中では実際問題としても容易ではありません。ちょっとお考えいただければ分かることですが、例えば、ナノテクノロジー分野とライフサイエンス分野のどちらの研究テーマが重要かと問われても、なかなか甲乙はつけがたいものですし、研究計画内容を精査しても提案される研究テーマは、みなそれなりに第一線の研究者が企画しているので、明らかな問題点があるわけもないからです。

 そうした難しさがあるにもかかわらず、総合科学技術会議は、毎年、まだ暑い9月に各界の第一線の専門家に集まっていただき、冷房の切れる夜遅くまで各省から概算要求された政策課題対応型研究開発テーマを中心に要求省庁から説明を聴取し、専門家の合議制による優先順位づけ(いわゆる「SABC評価」)を行っています。この優先順位付けに要する、知的のみならず、肉体的な労力と大変さをお分かりいただけるのではないかと思います。こういった大変な作業の結果の優先順位付けですから、「重要かつ内容に優れ、重点的に資源を配分することにより積極的に進めるべき」(S評価)などと高く評価された研究開発施策については、予算を加算するなどのプラスのインセンティブ付けなどが欲しいところです。

 ところで、こういった事情を理解していただくと上述のような予算配分面での変化が、僅かながらでも傾向として見えることの背景には、政府の研究開発投資の優先順位について、それなりに大きな政策的意図の変更があったということになります。地球環境問題の解決に向けた研究開発面での取り組みが強化されたことに加えて、宇宙、海洋、原子力分野の研究開発投資が増加に転じたことから分かるように、第2期科学技術基本計画期間中に流れていた「ビッグサイエンス」から「スモールサイエンス」への流れが止まり、第3期に入って「ビッグサイエンス」への取り組みが再び強化され始めたことが見えてきます。

【科学技術予算の重点化】
 もう一つ外に見えにくいけれども、最近の予算配分の重要な傾向は、政策課題対応型の研究開発課題への予算配分にあたって、第3期科学技術基本計画で目標とされた「科学技術の戦略的重点化」が着実に進展していることです。この進展を数字で見ると重要研究開発課題への配分の割合は、平成18〜20年度予算で16%(2,850億円)から25%(4,393億円)へと高まっています。

【科学技術振興調整費】
科学技術政策の司令塔の総合科学技術会議が、各省の施策では不十分と感じる政策課題をてこ入れするために、科学技術振興調整費という300〜400億円規模の小さなサイフが用意されています。この予算は、例えば災害が引き起こされたメカニズムの調査など、年度途中に急に必要となる科学技術研究を行う際にも使用されるサイフですが、毎年度、当該年度の予算が執行される前の4月前後に総合科学技術会議で決定される、「科学技術振興調整費の使用の方針」に掲げられた施策項目を見ると、緊急課題以外の比較的短期的な政策課題に関する総合科学技術会議のその時々の関心事項を見ることが出来ます。

 このほかにも、科学技術振興調整費の中には、関係各省間で分担して研究を行うことが必要な研究テーマや、研究開発と並行して成果を普及するための取り組みを開始しておくことが重要な研究テーマなどにおいて、各省間の連携を総合科学技術会議が中心となって確保するための重要な仕組み、「科学技術連携施策群」を動かしていくために必要となる経費など、総合科学技術会議の機能を効果的に発揮するための経費も含まれています。

【使用する側から見た科学技術予算】
 かつて、政策を企画する側にいた私がこんなことを言うのは、偏った見方になる可能性が強いのですが、政府の研究開発予算の使い勝手と透明性は、ここ何年かの間にずいぶんと改善したと思います。私は、その一番大きく意義のある改革は、競争的資金が増加し、その配分の手続きが整備され、研究テーマの募集と配分の決定に係る透明性と公正性が大幅に向上したことだと思います。

  大学、民間の研究者や組織が応募できる競争的研究資金についての一覧性のある情報は、内閣府のHPに掲載されています(http://www8.cao.go.jp/cstp/compefund/06ichiran.pdf)し,地域の科学技術振興のための公的支援については、国、都道府県のみならず、関係する研究振興機関から提供される公的支援のメニューと内容が、地域ごとに一覧性ある形で検索できる「内閣府地域科学技術ポータルサイト」で実現しています(http://www.chiiki.go.jp/)。また、年複数回、競争的資金への応募を行うことが可能とされたり、年度を越した予算の使用が容易になったりするなどの使い勝手を良くするための制度整備も行われました。一方で、研究費の不正使用や特定の研究者への集中を避けるための仕組みも強化され、その分煩雑な手続きも増えたようです。しかし、総じて言えばかなり改善したのではないか。

 ただ、今や大学の研究にとって必須の研究資金となり、リピーター利用者が大半を占める科学研究費補助金は別にして、科学技術予算を活用して何かやりたいと思う中小の民間企業や個人にとっては、まだ、必ずしもその利用が容易という状況にはなさそうです。科学技術振興機構(JST)やNEDO技術機構などの研究資金の配分を主たる業務とする大所の研究開発法人では、既に実践に移されているようですが、それぞれの制度ごとに、テーマ公募にあたって公募の主旨、公募への応募のやり方、応募の際の説明ポイントなどについてのアドバイスを提供する事前説明会などもあると良いでしょう。手取り足取りといったような必要はありませんが、現状では、公募への応募にあたって、その道のセミプロのような人のアドバイスをまだまだ必要としているようです。

 さて、2回にわたって「科学技術予算の見方」などと題して、ここまで書いてきたものの、結果として、大変に雑駁な説明になり、皆さんの関心に応えられるような「科学技術予算の見方」になったかどうか、全く自信がないというのが正直なところです。ただ、敢えて時々の政策の重点に言及することなく、できるだけ長い目で、というか、少し現実世界から引いた時に見えてくる予算の姿を書いてみることに努めてみたつもりです。よく目にする「○○年の科学技術予算の重点」といった資料から見えるものとは別の科学技術予算の姿や、科学技術予算のあり方についての論点などが見えてくるようであれば、この試みに少しは意味があったのかもしれません。しかし、これらに関するさまざまな論点に気づき、問題意識をもつためには、科学技術予算について理解するための「ずく」を出すだけでは不十分で、分析力、洞察力も動員することが必要ではあります。

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