第43回 「ずく」を出して考えよう(その2)
− 科学技術予算の見方(1) −



 前回の連載第42回目の文章は、「『ずく』を出して考えよう」と題しながら、その内容はとても中途半端なものになってしまったと反省しています。このサイトの読者の方々は、基本的に産学官連携と科学技術問題に関心をお持ちの方が多いと想像しているので、かねてから、政府の科学技術予算について、いろいろ考えていただくような材料をご提供する機会をもとうと企図していました。前回は、そうしたことを実行に移そうとして書き始めたのですが、実は、書くための調べ物をしている中で、いろいろ確認したいことが出てきて、それを調べているうちに時間切れになり、力尽きてしまったというのが正直なところです。

 まあ、どんな問題で筆が止まったかということはおいおいご説明するとして、政府の科学技術予算について、いろいろお考えいただくための材料のご提供を始めましょう。

【科学技術予算の総額の決め方について】
 やや、大上段に構えたような話から始めますが、まず、政府は何のために科学技術政策を行うのか。政府の科学技術政策の目標は、大体、次のようなものです。
@知の創造と活用により、世界に貢献できる国を実現する、
A国際競争力があり持続的発展ができる国を実現する、そして
B安心・安全で質の高い生活の出来る国を実現する。
これらは、実は、第3期科学技術基本計画(2006〜10年度)に掲げられた、科学技術政策により目指すべき国の姿です。これらの目標自体にあまり異論があるとは思えませんが、これらの科学技術政策の目標を達成するためにどれほどの政府の資金(税金)の投資を必要とするのでしょう?(科学技術政策の目標を達成するための政策の手段は、政府が税金を原資とする資金を支出して事業を行う予算を通じた政策の実施以外にもいろいろな手段があり得ますが、今回は、話を科学技術予算に直接関係することに限りたいと思います。)

 第3期科学技術基本計画では、その目安として対GDP比率の1%程度の投資を政府として投入することを実現することを目標としています。この目安は、欧米主要国の政府研究開発投資額がGDPに占める比率の動向を参考に掲げた目標であり、上記の@〜Bの目標を達成するために必要となる投資額を積み上げて算出されたものではありません。この辺の事情は、民間企業が、自社の研究開発費の水準の妥当性の判断に当たって、同業他社の売上高研究費比率を参考にするのと似ていて、1%の根拠を詰めてみてもしようがありません。敢えて言えば、政府研究開発投資の対GDP比率は、国の姿、形を示すようなもので、世界をリードする先進国の一員としてこの程度の規模の投資を行うべきという相場感があると言ったほうが良いのかもしれません。

 こうしたことにならざるを得ないのは、国、民間にかかわらず、研究開発への投資効果を論理的に予測することができないことも大きく影響しています。簡単な言葉で言ってしまえば、研究開発の種は山ほどある一方で、研究開発は、やってみないとうまく行くかどうか分からない。投資効果が説明できないとなると、資金的余裕がないときには利用可能な資金の範囲で研究開発をやれということになっても反論しにくいものです。最近は、さすがに企業のレベルでも、政府のレベルでもこういった乱暴なことを言う経営者は減りましたが、研究開発活動のもつこうした不確実性は、研究開発投資の必要性を主張する立場に立つものにとっては、常に悩ましく克服の難しい問題です。

 最近の主要国における政府負担研究費の対GDP比の推移を見ると、2000年代初頭の上昇トレンドが変わって、対GDP比0.65%(日本)から0.8%(米国、フランス)程度(*1)の水準で停滞しています。どこの国も社会保障政策などに要する支出が膨らんで、科学技術に投資する余裕がなくなってきているということでしょうか?

【科学技術関係経費と科学技術振興費】
 わが国の科学技術関係予算額(科学技術関係経費)は、2001年度以降、約3兆6,000億円前後で推移しており(*2)、公共事業費や政府開発援助費などの他の予算が、財政再建のために毎年、節減されていく中で、安定的に手当てされています。ところで、実は、科学技術関係経費のきちんとした定義というものはありません。科学技術関係経費には、一般会計の科学技術振興費(*3)のほかに、その他の一般会計経費と特別会計の予算のうち、各省が科学技術関係の経費として特定したものが含まれます。

 このうち一般会計の科学技術振興費は、財務省によって、それに含まれる事業が限定され、政府予算のうち政策的経費と呼ばれる政策的にメリハリをつける経費の中で、唯一、張り(ハリ)の対象となって、最近の「ゼロ・シーリング予算」の中でも、毎年、1%程度ずつ増加しています。その資金規模は、2001年度予算の1兆1,000億円から、2008年度では1兆3,600億円となっています。(その他の科学技術関係経費は、減少することがありますから、科学技術関係経費の全体額も増減します。実際、2005〜2007年度の3年間は、科学技術関係経費は、前年に比べて減少することが続きました。)

 それでは、この政府の予算の中で安定的に増加を続けている唯一とも言って良い予算に含まれている事業は何なのでしょうか?最近、数年間の科学技術振興費の解説(*4)を見ると、非常にざっくり言って、改革意欲と競争力のある国立大学の研究又は教育の拠点化に向けた支援、「国家基幹技術」などの大型研究開発プロジェクトの推進、科学研究費補助金の拡充、そして地方の大学を拠点とする地域活性化などの事業です。 すなわち、国立大学の運営費交付金が、毎年、効率化ルールの下で減額されていく中で、教育や研究面で優れた取り組みを行う国立大学に対しては追加的な支援を行う、大学の研究者などが行う基礎研究を支えるために競争的研究資金である科学研究費補助金を拡充する、大型研究開発プロジェクトへの投資額を増加する、地方の大学を地方の活性化の核とする、などといった政策の方向性に係る政策当局の暗黙裡の意図が見て取れるように思います。

【科学技術予算の配分先】
 さて、ここしばらくの間、約3兆6,000億円前後のほぼ一定の水準の金額にある科学技術関係予算は、定式化していうと、大体、どのように配分され、どのような使われ方をしているのでしょうか。

 まず、予算の配分側から見ると、大学等へ約1.2兆円、研究開発を主たる業務とする独立行政法人(いわゆる研究開発法人)へ約1.1兆円が、それぞれ運営費交付金として配分されます。残りの約1.2兆円が各省直轄の科学技術関係施策を実施するための分です(*5)。こうした政府の科学技術予算が、最終的に誰によって使用されたかを使用者側からの調査によって見ているのが、総務省の科学技術研究調査報告の統計ですが、これよると大学等が約1.7兆円、研究開発法人等が約1.4兆円、民間企業が約1,400億円使用しています。実は、これらの2つの資料の間には、用語の定義の差や、後者は研究開発費を使用している側に研究開発費の負担者を聞いている等の調査方法の差があり、単純に並べることは正しい方法とはいえないのですが、おおよその流れを見る程度であれば許されるでしょう。なお、実は、もう少し、厳密に科学技術関係予算の流れを上流側から下流側に追うことはできますが、細かい議論に入ってしまうのでその追求は別の機会にということにしましょう。(実は、上流側から追った数字と下流側で調査された数字の間の整合性を追求していたために、前回の文章は時間切れで中途半端なものになってしまったのですが・・・。)

【科学技術予算と民間企業】
 この予算の配分の姿は、特徴的ではあります。まず、特徴の第一は、政府から民間企業に配分される科学技術予算は、約1,400億円程度だということです。諸外国からは、「日本株式会社」と揶揄されることの多かった日本において、その科学技術関係予算のわずか4%程度しか民間企業に配分されていないという事実に驚かされます。この規模は、民間企業が使用する年間約13兆円の研究開発費のうちの2%弱に過ぎません。前回にも書いたように、この額は日本の大企業1社の研究開発費(例えば、トヨタの年間研究開発費9,200億円)に比べても、modestとしか言いようがない金額の規模です。

 ただ、この金額規模は、波及効果の大きい基礎研究に対しては、民間企業の取組む研究開発であっても政府が資金的支援を行うことに合理性があるという、科学技術政策における政府の役割を果たすための原資として見ると、決して小さな額ではありません。実際、日本の民間企業が2006年度に基礎研究に投じた研究費は、民間企業が使用する年間約13兆円の研究開発費の6.6%、8,700億円程度の規模だからです。

 ところで、最近の傾向としては、日本の民間企業が基礎研究に投じている研究費が6,860億円(2002年度)から8,730億円(2006年度)と増加し、また、民間企業から大学に支出している研究費も880億円から960億円と増加していることから、民間企業の基礎研究シフトが強まっていることが見て取れます。実際、民間企業における研究の内容が、新物質の設計や原子・分子構造の制御といった科学の領域にまで踏み込んだものになってきているということをよく耳にするようになりました。

 民間企業の研究動向が基礎研究シフトを強めている中で、こうした民間企業の研究開発活動への公的資金の投入に対する需要は高まっていると思うのですが、しかし、政府から民間企業に配分される科学技術予算は2002〜06年度の間に約1,700億円から1,400億円まで減じてきているという実態が統計に表われています。民間企業の研究開発費の規模が増加の一途をたどり、研究開発活動における民間企業の力が向上してきたことなどを背景として、民間企業が政府に期待する研究開発活動への支援のあり方に何か構造的変化が起きているということでしょうか。
* この節に記した数字の出所は、いずれも平成20年版「科学技術要覧」。

【科学技術予算と運営費交付金】
 特徴の第二は、3兆6,000億円の科学技術関係予算のうち、大学の運営費交付金が約1兆円、研究開発法人の運営費交付金が約1.1兆円を占めるということです。ご承知のとおり運営費交付金は、使途を限定しないで法人に交付する、いわば「渡し切りの金」で、法人経営の弾力的運営を可能とする一方で、事後的に成果の達成度合いを第三者で構成される評価委員会により厳しく評価するという独立行政法人や国立大学法人制度の一部をなすものですから、政府は、運営費交付金として配分される予算の使途については、原則として口を出せません。これが、毎年、10月に総合科学技術会議が各省から財務省に提出された次年度の科学技術関係予算の概算要求案に対する「SABC評価」と並行して、前年度、各法人で実施された活動について報告を受け「独立行政法人、国立大学法人等の科学技術関係活動に関する所見」を出している理由です。つまり、政府全体の科学技術政策のあり方の評価には、次年度の概算要求案の内容に着目して総合科学技術会議が事前に評価を行うものと、法人によって実施された科学技術関係活動を事後的に評価を行うものの2つがあるのです。評価の結果が「SABC評価」ほど見えやすく、分かりやすくないために、「独立行政法人、国立大学法人等の科学技術関係活動に関する所見」については、あまり関心を集めないことが多いのですが、実は、こちらの方が(科学技術関係予算に占める金額の大きさから言っても)重要な意味を持っているといえます。

 科学技術予算の使途について事後的に評価されるもののうち、国立大学法人向けの運営費交付金として配分されたものについては、それがどの科学技術分野の研究に使われたのかが分かりません。これは、国立大学法人の収入には、運営費交付金だけでなく、学生からの授業料収入、付属病院収入、受託研究等の収入があるうえ、大学の支出においても研究経費は、大学の支出の1割程度であるという実態から、お金に色がついていないこともあって、研究分野ごとの数字を出すことが不可能なためですが、科学技術予算の約1/3を占める経費の科学技術分野別配分が見えないというのも、投資効果を評価するという観点からは放ってはおけません。このために、先の「独立行政法人、国立大学法人等の科学技術関係活動に関する所見」の付属資料として、詳細な内容の「国立大学法人等の科学技術活動に関する調査結果」が、毎年、前年度の事業結果のとりまとめが終わる10月頃に総合科学技術会議に報告されています。

 同様のことは、研究開発法人向けの運営費交付金についても起きうるのですが、こちらの方は、研究開発法人自身が実施した研究内容にしたがって、事後ではありますが、どのように分野別に科学技術予算が使用されたかが報告されています。また、研究開発法人を通じて配分された研究資金約3,500億円についても、分野を特定することの出来ない「基礎研究」という分類、約1,300億円を含むものの、各法人からの報告が集計され、総合科学技術会議に科学技術分野別配分金額が報告されています。

 「独立行政法人、国立大学法人等の科学技術関係活動に関する所見」と付属の資料集は、わが国の科学技術関係予算による科学技術活動の実態を把握するうえで、極めて重要な資料です。これを作成する手間も相当にかかっています。活用の進むことが期待されます。

 ちょっと長くなりすぎたので、この続きは次回ということにします。

 ところで、11月22日に、日帰りで信州に行ってきました。雪の降る前に、墓参と老人ホームに入っている叔母夫婦の顔を見て来たいと思ったからですが、比較的、暖かな日差しに恵まれた日であったにもかかわらず、菩提寺の裏山にあるお墓のそばの水道はもう凍っていて、麓にあるお寺の庫裏まで水を汲みなおしに行くために、山道を往復しなければなりませんでした。信州の秋は、やはりもう足早に過ぎ去ってしまっていたようです。


*1.「科学技術要覧」平成20年度版(文部科学省): 日本、米国は2006年度、フランスは2005年度の数字。
*2.出所: 同上。
*3.「科学技術振興費」は、「科学技術振興調整費」とは異なります。
*4.各年の「文教及び科学技術予算のポイント」財務省主計局主計官作成資料。
*5.「平成20年度科学技術関係予算案について」平成19年12月25日 総合科学技術会議 資料1-1

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