第34回 多様な「市場経済」と多様でない投資のかたち



 この連載の第一回目で、以前に「市場経済主義」とは何だろうと疑問を持ち、その疑問を日本の経済学をリードしていた先生方にぶつけてみた、と書いたことを覚えている方もいらっしゃるかもしれません。そうした疑問をもったのは、ベルリンの壁が崩壊した次の年の1990年、私も日本代表団のスタッフとして参加した、G7サミット(ヒューストン・サミット)で出された「民主主義の確保(Securing Democracy)」と題する政治宣言において、西側先進国の首脳が、民主主義の勝利を高らかに謳いあげるとともに「市場指向型経済を通じた発展」(development through market-oriented economies)へのコミットメントを再確認したことがきっかけでした(*i)。1989年の11月のベルリンの壁の崩壊の約半年後のことです。(なお、market-oriented economy の訳、「市場指向型経済」は、サミットの政治宣言の外務省の仮訳にしたがったものですが、この原稿では、以下、「市場経済」としておきたいと思います。)

 当時は、貿易摩擦の深刻化を契機として、先進諸国、特に米国からは日本経済の構造的問題が数多く指摘され始めた時期であったこともあり、G7諸国の首脳が共有した「市場経済」とは、一体、どんな経済を意味するのだろうかというのが、そうした疑問をもった理由でした。場合によってはナイーブとも言われかねないそんな疑問に対して、何人かの先生方から丁寧なお答えをいただいた中で、東京大学経済学部の岩井克人先生から教えていただいたことは、次のようなことだったと記憶しています。

 「市場経済」の原則とは、字義どおり、街の市場で成り立っていた経済原則というのが、その原義であったというのです。みなさんご存知のように、今でもヨーロッパの旧市街では、その中心に位置する市庁舎と街の教会に囲まれた広場で、毎週、決まった日に市場が立ちますが、そこで機能していた経済ルールで成り立っている経済という意味と理解していただければよいと思います。

 それだけを聞くと、当たり前のことで、別に大した意味もないように思えますが、よくよく考えてみるとこの市場は、需給と供給によって価格が決定されるといった経済学の基本原則を如実に表す実体経済ではありますが、その一方で相当に特殊な実体経済でもあります。何故なら、こうした街の広場という限られた空間に設けられる市場では、商品に関する情報は市場内にくまなく行き渡り、また、お客の商品に対する好みも市場内で異なることはありませんから、商品の価格は純粋に需要と供給で決まり、一物一価の原則はほぼ確実に成り立つ経済だからです。しかし、他の街の市場と比較すると、たとえ隣町の市場といえども、同じ商品の価格が市場間で異なることは、別に不思議なことではなく、「市場経済」の空間的な広がりが大きくなると、例えば、一物一価の原則も必ずしも成り立つとは限らなくなります。(また、こうした市場でよく行われる仕入れ代金の工面のための金融は、顔の分かっている相手に対して行われる金融であることから、債務の不履行ということもほぼ起きません。)

 話は飛ぶようですが、かつて、米国あたりから問題にされた「内外価格差」問題というのを覚えておられるでしょうか?当時、例えば同じ日本製のカメラが、東京で買うよりもニューヨークで買った方が安い。こういったことを並べ立てて、これは、日本企業による意図的なダンピングが行われているのではないか、などという批判が、一時期、かまびすしく行われました。国内のマスコミも、海外のいろいろな都市で売られている日本製品の価格が、日本国内で買うよりも安いことを取り上げ、日本経済が抱える構造的な問題の証左のように報道していたことがあったように思います。今から振り返ってみれば、「内外価格差」問題の要因には、確かに日本国内の流通経路が必要以上に複雑であったという、日本経済の非合理性によるところはあったものの、「市場経済」の原則をその成り立ちに立ち返って「正しく」理解するならば、異なる市場間で、一物一価が成り立つことなんかそもそも想定していない。価値観も、習慣も、商品に対する選好も、さらには、市場環境を形成する企業行動や政府の関与の度合いが異なる市場では、需要と供給で価格が決まるという経済原理は働いても、「市場経済」の意味する経済や、「市場指向型経済を通じた発展」によって目指す経済社会のあり方は異なる方がむしろ当たり前と言えそうです。

 結局、何人かの先生方に聞いて分かったことも、「市場経済」とは、計画経済とは明らかに対置する概念ではあるものの、政府の市場への関与の度合いなど経済政策のあり方について明確に規定した概念ではなく、様々な様相の「市場経済」のあり方が包含されているということでした。

 このように「市場経済」を理解するならば、日本人自身がよりよい「市場経済」のあり方について議論し、必要な構造改革を行っていくことが必要です。先の内外価格差の例で言えば、日本の流通経路の複雑さを「非合理性」の一言で片付けてしまいましたが、かつて存在した日本の流通経路が有していた良さというものも、何らかあったに違いありません。少なくとも、ニューヨークと東京の製品の価格差だけを取り上げて、日本の「市場経済」のあり方について外国からとやかくいわれる筋合いはなかったはずです。

 さて、ここで話題をドイツのメルケル首相が、ハノーバー・メッセの開会式の演説の中で何回も口にした"Social market economy"に移したいと思います。連載29回目の「ハノーバーから」で、何故、メルケル首相は、"Market economy"ではなく、"Social market economy"と言ったのかという疑問を持ったことを書きましたが、ちょっと調べてみるとこの"Social market economy"という考え方は、大変に有名な、しかも、確立した概念のようです。(日本語では「社会的市場経済」と言うようです。これを知らなかった自分の教養のなさを恥ずかしく思います(苦笑)。)"Social market economy," ドイツ語で"Soziale Marktwirtschaft" という概念は、Ludwig Erhard元首相 (1963〜66)が、経済相 (1957-63) のときに提唱した概念で、高成長、低インフレ、低失業率、良好な労働環境、社会福祉、公的サービスの達成を同時追求するために経済活動への政府の介入を認め、社会的安全と経済的自由の結合を図るという考え方のようです。そして、この概念は、欧州連合憲法(案)第3条第3項にも、次のように明記されました:
"The Union shall work for the sustainable development of Europe based on balanced economic growth, a social market economy, highly competitive and aiming at full employment and social progress, and with a high level of protection and improvement of the quality of the environment. It shall promote scientific and technological advance."

 *ご存知のとおり、この欧州憲法(案)は、フランスとオランダの国民投票で否決されてしまいました。そして、その代替案とされた欧州連合基本条約(案)も、つい最近、アイルランドの国民投票で否決されて、その先行きが懸念されています。ところで、興味深いことは、何故か、欧州連合基本条約(案)には、"Social market economy"の文言が見当たりません。この背景には、どうも経済思想史の研究テーマともなりうるような深い話があるようです。
 ところで、話は全く変わりますが、この最後の一文"It shall promote…"も、相当にすごいことですね。
 そうした"Social market economy"においては、公共の福祉や社会的正義の観点から、市場における経済活動への政府の介入が経済活動の自由を損なわない範囲で許容されるとともに、市場での活動主体である企業や組織に対しても、一定の社会的責任(CSR)が求められることになると理解されています。(実は、現在、ISOで「社会的責任(SR*)」の国際規格案をめぐって、大論争が行われていますが、そのCSRのあり方に関する議論の原点の一つがここにあるようです。)
*ISOでは、SR(Social responsibility)は、企業(Corporate)の問題に限られず、さまざまな組織に関係するものという理由で、CSRではなくSRとして、その国際規格の作成に向けた作業が続けられています。
 1990年のG7サミット(ヒューストン・サミット)には、西ドイツからLudwig Erhard元首相と同じCDU(キリスト教民主同盟)のKohl首相が出席していますから、サミットの宣言にあった"market-oriented economies"には、ドイツの"social market economy"の概念が包含されていると言ってよいでしょう。つまり、西側先進諸国の首脳が、サミットの宣言においてそれへのコミットメントを再確認した"market-oriented economies"、「市場経済」(または「市場指向型経済」)においては、責任を伴う自由という意味での「自由」を損なわない範囲での経済的自由が確保されている多様な経済体制が想定されていたということが確認できます。やはり、「市場経済」とは、きわめて多様な経済のかたちを許容する概念なのだと考えられます。

 経済のかたちを規定する一つのものとして、政府の経済活動への関与の仕方や企業や組織の社会的責任と並んで、お金の使われ方、投資活動ということがあると思います。このことを改めて感じたのは、つい最近、筑紫みずえさんが経営する(株)グッドバンカーの「創立10周年の感謝の集い」に、ご招待を受けて出席したときのことです。

 ここで改めてご紹介する必要のないほど、筑紫みずえさんは有名な方ですが、筑紫さんは、約10年前、専業主婦であったときに、投資という手段で実現したいと思う社会づくりに貢献したい、と考えて投資顧問会社の(株)グッドバンカーを立ち上げ、環境問題への配慮や対応をしっかりとやっている企業の株式に投資するエコ・ファンドを提案して、日本のエコ・ファンドの基礎を築いた方です。筑紫さんの抱かれた「投資という手段で実現したいと思う社会づくりに貢献したい」という思いはとても純粋で、それは、自らが語られた「株式会社を創るなどということは、当時、全く考えていなかったのだけれど、株式会社でないと契約できないと他の企業に言われ、思いがけなく(株)グッドバンカーをつくることになった」というエピソードにも表れていると思います。ところが、というべきかどうか分かりませんが、1999年に発売されたエコ・ファンドは、そんなものが売れるかと半信半疑だった業界を尻目に、販売して2週間で200億円以上の資金を集め、約半年で2,000億円以上の市場規模に達したそうです。そして、その後、筑紫さんが創生したファンドは、子育てや介護にやさしい企業を対象にしたものなど、他の分野にも拡大して、今や社会的責任投資(SRI)の草分けとして活躍されています。

 そうした脚光を浴びている方ですし、金融界を始め、各界の有名人や経営トップが来られて祝福のあいさつをされ、「集い」は、「次の10年」の門出を祝うのにふさわしい、華やかで賑やかな催しとなっていましたが、日本の社会的責任投資の分野の市場はまだそれほど大きくないでしょうし、何よりもファンドの投資対象とする企業の選定基準とその指標づくりのために必要となる情報を公開情報から特定していくことは大変な作業でしょうから、(株)グッドバンカーの経営や活動はそれほど容易ではないに違いありません。起業後の10年を振り返られた挨拶の中で、「会社の経営をしてみて『信じられないことが起こる』とか、『赤子の手をひねるように』などというようなひどいことなどが、実際に起こりうることが初めて分かった」とお話されていた筑紫さんから、私は勝手にそんなことを感じました。

 お金は、もちろん社会的正義の実現のためだけに使われるべきだなどと言うつもりは毛頭ありませんし、それ以上に社会的正義とは何かということ自体も難しい問題であるとは思いますが、これだけ大量の投資資金が短期的な金銭的利益を求めて世界を動き回り、世界の経済社会に混乱を引き起こしているのを見ると、同じお金の使い方でも、こうした社会的正義の実現のためにもっと投資されることが必要ではないかと思ってしまいます。日本の金融企業も、それこそ巨額の投資活動を実践している企業の社会的責任として、社会的責任投資の拡大のために、もっと経営資源を(株)グッドバンカーのような投資顧問企業の活動の支援のために割くべきではないかとも感じます。また、そうした投資顧問会社が活躍できるよう、企業や組織の情報開示の政策的促進も必要でしょう。

 「市場経済」は、そういった社会的正義のための投資を容認し、想定しています。しかし、今の日本の「市場経済」では、その割には、そうした投資は全体から見ればまだ微々たるものに止まっているのですから。


*i.お詫び:連載第一回目の「連載にあたって」では、G7の首脳が「市場経済主義」の勝利を高らかに謳いあげたのは、1989年のアルシュ・サミットの経済宣言と書きました。しかし、今回、この原稿を書くに当たって、再度、原典を当たったところ、それは、私が日本代表団のスタッフとして参加した2回目の1990年ヒューストン・サミットの政治宣言であることが分かりました。自分の記憶が如何に曖昧であるかということを(再度)痛感しました。結果として、確認せずに誤ったことを書いたことをここにお詫びします。

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