第114回 「化学技術がエネルギー問題を解決するーアンモニアが面白い(その2)ー」


 アンモニアが再生可能エネルギー(以下、「再エネ」という)の大量導入手段となり、日本のエネルギー・環境制約の克服に大きな役割を果たす可能性があることを、約4年前にこのコラムの第89回、「化学技術がエネルギー問題を解決するーアンモニアが面白いー」で書きました。また、その約2年後の第111回、「北澤宏一先生、水素エネルギー、そしてエネルギーキャリア」で、何の因果か、私はこの構想の実現を図る当事者の立場に立ってしまったことを書きました。今回は、この話のその後の進展についてご報告しましょう。一言でいうと「アンモニアの面白さ」は、さらに深く追求すべきものになってきています。
 何故「アンモニアが面白い」のかについては、先のコラムにアンモニア利用の歴史も含めていろいろと書いていますので、是非それをお読みいただくこととして、先のコラムと若干内容が重複しますが、以下にアンモニアを再エネの大量導入手段として利用するというアイデアの背景にある考え方を簡単に記しておきましょう。その方が今回のコラムでご報告する、その後の研究の進展によって明らかになってきたことの意味をより良くご理解いただけると思うからです。

 日本は2050年に向けて、再エネを大量に導入することが必要になりますが、そのためには海外の再エネ資源に恵まれている地域からの再エネ導入を図っていく必要があります。なぜなら、日本国内で利用可能な再エネ資源は、質、量ともに恵まれていないからです。
 その際、再エネはそのままでは運べませんから、再エネを日本に輸送してくる手段を開発することが必要です。その手段の中では再エネを輸送しやすい化学エネルギーに変換する方法が最も優れていますが、化学エネルギーの代表ともいえる水素は、常温、常圧では気体ですから体積あたりのエネルギー密度が小さく、大量輸送、貯蔵には適しません。このため、水素にもうひと手間かけて液化(1)したり、他の物質に変換したりして、水素のもつエネルギーを貯め、運びやすくすることが必要となります。こういったものを「エネルギーキャリア」と呼んでいます。
 エネルギーキャリアとしてアンモニアを利用すると、体積当たりのエネルギー密度は気体水素に比して1,200倍以上大きくなり、またアンモニアはLPGと同様の条件で液化するので、既存のLPGと同様の輸送、貯蔵インフラを使うことが出来るようになります。(現にアンモニアは世界で年間約1.8億トンが生産され、1,600万トンという大量のアンモニアが国際間で流通しています。) つまりアンモニアをエネルギーキャリアとして利用することによって、再エネ由来の水素エネルギーを容易に運び、貯めることができるようになるのです。
 さらにアンモニアをそのまま燃料として使うことが出来れば、アンモニアには炭素が含まれていませんから、私たちは大量輸送が可能なCO2フリー燃料を手に入れることができるようになります。
 そしてアンモニアは、地球上にほぼ無尽蔵に存在する窒素(2)と水と太陽エネルギーから製造することが出来ます。こうしたアンモニアを経済性のあるコストで製造するには、まだ、いくつかの技術的な課題がありますが、これが克服されると地球上にほぼ無尽蔵に存在する資源から、CO2フリーで輸送、貯蔵が容易なエネルギーが製造できることになるのです。

 こうした前置きをしたうえで、アンモニアをエネルギーキャリアとして利用するために行われてきた2013年以降の研究開発の成果を以下にご報告します。なお、この前置きに関してはもう少しきちんと書いたものもありますので、ご関心のある方は、例えば脚注の文献(3)をご覧ください。これらの情報を参考に、以下に述べる研究開発から得られた成果の意味を考えていただければと思います。

 さて成果の第一は、アンモニアが発電用の燃料として使えることが、商用の発電タービンを用いた実証試験で確認されたことです。まだ定格出力50kWというマイクロガスタービンでの成果ですが、アンモニアのCO2フリー発電用燃料としての可能性が確認されたことになります。

 アンモニアをガスタービンの燃料として使用することについては、次の2つの懸念がありました。一つ目の懸念は、アンモニアの着火温度は650℃と高く、また火が付いても火炎速度が遅い(つまり、火が付きにくく火の回りも遅い)ことから、アンモニアはタービンの中で安定的に燃えるのだろうかという懸念。2つ目はアンモニアのように燃料に窒素(N)を含む物質が燃えるとNOXが大量に発生(4)するのではないかという懸念でした。

 しかし、これらの懸念はこの実証研究により、ほぼ払しょくされました。アンモニアはいったん着火すればその後安定的に燃焼し、NOX排出も十分に抑えられることが明らかになったのです。NOXの発生が抑制可能な理由は、アンモニアのもつ還元作用であることも解明されました。アンモニアが空気に比べてやや余剰となるような燃料ガスの供給条件の下では、燃焼により発生したNOXが、燃料ガス中に余剰に存在するアンモニアの還元効果によって還元され、その発生が抑制できることが確認されたのです。アンモニアの還元作用でNOXが除去されることは、アンモニアが火力発電所やディーゼル・トラック排ガスの脱硝用に実際に利用されていることから、不思議なことではありません。つまり、燃焼時の条件設定次第で、アンモニアを燃料として用いてもNOXの発生が抑えられることが、改めて確認されたことになります。

 これらの成果を受けて、今後2018年までに、大型のMW級の発電タービンを用いてLNGとの混焼実証実験を行うことを予定しています。ここでのチャレンジは、発電タービンのさらなる大型化に向けて、アンモニアの燃焼に適した条件のもとでNOX発生を抑えつつ、エネルギー効率の高いガスタービンの設計条件を見出すことにあります。

 もう一つの大きな成果は、アンモニアが固体酸化物形燃料電池(SOFC)の燃料として使用でき、発電できることが確認されたことです。200WのSOFCにアンモニアを供給することにより、純水素を燃料として用いた場合と同等レベルの発電特性(255Wの直流発電で効率53%)が得られることが実証実験により確認されました。

 実は、このことはある程度予想されていたことではあります。アンモニアは常圧、400℃以上の環境下では分解して水素と窒素に分解するため、SOFCのように、その動作温度が700-1,000℃となる燃料電池ではアンモニアを直接供給することで水素に代えることができるのではないかと考えられていました。しかし、このアイデアが実際のSOFCを用いて実証、確認されたことは世界で初めてのことです。今後、2018年度までに1kW程度のSOFCシステムを製作し、実証試験を行って、このSOFCシステムの分散電源としての活用可能性を確認する計画です。

 アンモニアを商業的に発電用の燃料として使用するためには、もう一段階規模の大きなスケールアップ機による実証実験を行って、発電効率や耐久性等を確認することが必要ですが、これらの研究成果により、火力発電所で用いられているガスタービン発電機の燃料として、そして今後の利用拡大が予想されている分散型発電用の燃料電池用の燃料として、アンモニアが使用できる大きな可能性が示されたのです。アンモニアは、強い臭いと刺激性、腐食性のある物質なので、きちんとした管理下での取り扱いが必要ですが、発電所ではこれまでも脱硝用の還元剤としてアンモニアを相当量使用しており、発電所へアンモニアを導入することには大きな問題はありません。アンモニアが直接、発電用の燃料として利用できるとなると、アンモニアは、先にも述べたとおりLPGと同様の輸送、貯蔵技術で取り扱うことが可能であるため、既存の輸送、貯蔵技術で、CO2フリー発電を行うことが可能になります。

 加えてCO2フリーエネルギーとしてのアンモニアが安価に入手できる可能性も見えてきています。資源エネルギー庁が2014年の6月にまとめ2016年の3月に改訂した「水素・燃料電池戦略ロードマップ」では、水素エネルギーが発電分野に導入されるためには、水素のプラント引き渡し価格が30円/Nm3以下になることが一つの目安と言われています。これは、この程度の価格になると水素エネルギーを利用した発電コストがLNG発電と競合できるようになるとみられているからです。この水素と熱量等価のアンモニアの価格は、アンモニアの取引単位である重量当たりの価格で表すと約52円/kg-NH3または520$/t-NH3(1$=100で換算した場合)になるのですが、アンモニアの価格は国際市況によって変化するものの、アンモニアのCIF価格がこの520$/t-NH3という水準を下回ることは、実は珍しくありません。このことは、世界で流通しているアンモニアの生産コストは、発電向けの水素エネルギー源として、既に十分にコスト競争力がある可能性を示唆しています。この可能性を確認するため、現在、安価なアンモニアの入手可能性とその将来展望等についての調査を行っています。

 こうしたアンモニアの特長に注目し、この実証研究には2016年度から発電タービンメーカーに加えて、実際のユーザーとなる電力会社も新たに研究チームに参加して研究が進められています。発電分野では、日本全体で消費している化石燃料の約40%が消費されていますから、アンモニアによって水素エネルギーの大量導入が可能となると、CO2の排出量の大幅な削減につながります。

 現在進行中の研究はこれだけではありません。発電分野に加えて、発電分野の次に化石燃料の消費量の大きな分野である製造業分野(5)へのCO2フリー燃料としてのアンモニアの利用可能性についても、工業炉燃料としての可能性を評価中です。ここでもアンモニアは、工業炉用燃料に要求される性能を満たしつつ、NOXの発生も抑えられる可能性が見えてきています。

 つまり、アンモニアが大量輸送が可能なCO2フリー燃料となる可能性が見えてきたのです。

 一方、再エネ水素から、CO2フリーのアンモニアを安価に効率よく製造するプロセスの研究も進んでいます。現在、広く用いられているアンモニアの製造プロセスは、天然ガスを原料としたものですが、このプロセスは、天然ガスから水素を製造したのち、高温高圧の条件下でアンモニアを合成するために、プロセスの中で天然ガスに由来する大量のCO2を排出する、エネルギー多消費型のプロセスとなっています。他方、再エネ水素を原料とする場合にはプロセスからのCO2の排出はありませんが、アンモニア合成の条件を改良して、可能な限りエネルギー消費量を減らすことが望まれます。そのための触媒開発やプロセス改良等の研究が進められています。

 これらの研究開発が進み、アンモニアのエネルギーとしての経済性が確認されると、低炭素社会に必要となる「アンモニア・エネルギーシステム」とも言える新たなエネルギーシステムがその姿を見せ始めてくるかもしれません。それは地球の大気との関係で言えば、大気中には0.03%しか存在しないCO2を放出するものではなく、大気中に最も豊富に(78%)存在する窒素(N2)の一部が循環するという、新たなエネルギーシステムということになります。

 こうした新たなエネルギーシステムを実現するためには、まだ多くのことを確認し、課題を克服していく必要があります。実際に社会で新たなエネルギーシステムを構築していく場合には、安全性の確保はもちろんのこと、社会からの受容も得ていかなければなりません。しかし、このエネルギーシステムは、日本が直面しているエネルギー・環境制約を克服するものとなるばかりでなく、人類社会全体の未来にとっても、地球上の物質の循環によりマッチし、技術的にも経済的にも導入可能な、魅力ある新たなエネルギーシステムになり得るのではないかと私は期待しています。






(1)水素を液化にするには-253℃という極低温にする必要があります。このため、極低温で、かつ、容易に蒸発しやすい液化水素を輸送、貯蔵するためのインフラを新しく整備する必要があります。
(2) 窒素は大気中の成分の約78%を占めている物質です。
(3) 「水素エネルギーの重要性と戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)『エネルギーキャリア』」、PP58-71、「エネルギーと動力」 2016春季号 No.286、(一社)日本動力協会)
(4) これを燃料に由来して発生するNOXという意味でFuel NOXといいます。このほかに燃焼で発生するNOXには、燃焼反応中に空気中の窒素(N2)が酸化されて発生するThermal NOXがあり、これは燃料の種類によらず空気中の燃焼反応で発生します。
(5) 日本の化石燃料消費量に占める製造業分野での化石燃料の消費割合は22%程度です。



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