第107回 「国際的な活躍を目指す皆さんへのささやかなアドバイス」


いい歳になってきたせいか、最近、自分の経験談を若い方々にお話しする機会が増えてきました。より直接的な理由としては、大学の学科の同窓会の副会長に祭り上げられたからだと自分を納得させていますが、これも、まあ、いい歳になったのだからということでしょうから、この際、この環境変化を冷静に受け止めることにしています。


そんな中で、私の国際経験から得たことについて話してほしいと依頼されることが、最近、続けてありました。今回のコラムは、こんなきっかけで書いたものです。


振り返ってみれば、私は、確かにいろいろ多くの国際経験をさせていただきました。社会に出て職業を選ぶときに、なんとなく「世界を股にかけて歩くような仕事をしたい」と思っていた私としては、通商産業省(現、経済産業省)への就職をきっかけとして、国際的な場で仕事ができたことはとても幸せだったと思っています。それにしても、私は高校時代、英語で赤点をとり、社会に出るまで海外旅行を含め海外経験などまったくなかった人間ですから、「世界を股にかけて歩くような仕事をしたい」などと思うことは、単なる憧れの域をでない願望であったことは間違いなく、何とも甘い人生設計をしていたものだと今になっては呆れてしまいます。


そんな私ですが、通商産業省に就職してからは、米国S tanford大学への留学、オランダ、ハーグでのO P C W (化学兵器禁止機関)の創設作業への参加といった計5年間の海外生活のみならず、WTO 、GATTでの通商交渉やOECD、IAEA、ASEANなどでの国際協力作業に参加するために、ジュネーブ、パリ、ウィーン、東南アジア各国へは数えきれないほどの回数の出張をすることになりました。結局、5年間の海外生活も入れて、役人生活の3分の1にあたる計10年間、海外の国々との交渉や協力を日々の仕事とする部局にいたことに なります。技術系として役所に入った人間の経歴としては、かなり珍しいのではないかと思います。


個々の出張にまつわる思い出やエピソードは、それはそれでいろいろあるのですが、今回は、これまでの国際経験を通じて自分なりに得た、学生さんや後輩の方々に参考になりそうなことを書いてみましょう。


私が、外国人との付き合いに関して、私の先輩から教わり、最も有効で、そして今でも心がけていることは、「外国人の要人と初めて会うときは、20分で、こいつは面白い奴だと思わせるよう努力する」ということです。「初めて会ったときに相手がそう思ってくれたら、お前の肩書にかかわらず、次回以降も会ってくれる」とその先輩は教えてくれました。これはその通りだと思います。なお、「面白い」ということは「奇を衒う」ということではありません。中身のある、良く考えられた意見や見解をもつということです。主張全体としては、他の人がすでに言っていることと同様だったとしても、言葉に力のある話とない話では、相手に伝わる力が大きく違います。「言葉に力がある」とは、借り物の言葉でなく自分の言葉になっているということです。自分自身でよく考えたり、実際に経験したりしていない限り、なかなか「自分の言葉」にはなりません。そのためには、要人の方と会う前には話したいことについて自分の頭でよく考え、自分の言葉に落とし込んで語ることができるよう、できるだけ周到な準備をする必要があります。


よく「自分は外国語が苦手だから」という人に出会います。私は、そうした人に出会うたびに、厳しいようですがその人に対して「それは、あなたがなまけているということを自分で言っているようなものだ」と言っています。外国語での最低限のコミュニケーション能力は必要ですが、それ以上のレベルになるための鍵は、必ずしも才能ではないと私は信じています。私は、国際機関(OPCW)で働いていた時に、やはり英語で苦労しましたが、そのたびに「ここの人たちは馬鹿だって英語を話しているじゃあないか」と自分に言い聞かせていました。言葉は才能ではなく、慣れだと思います。慣れるためにどれだけ努力をするか、どれだけ恥を惜しむことなく自分を英語の世界に曝すか。そのためには、いろいろな場面で積極的に発言することが必要でしょう。その努力ができないというのは、なまけているということではないかと思うのです。


よく言われることですが、海外では黙っていてはいけません。黙っていると「こいつは意見がない」ということになります。異論や意見があったら、言葉の巧拙にかかわらず、まず、異論があるということを表明することが重要です。正しい語彙や文法を使った意見表明ができればそれに越したことはありませんが、発言の内容に中身さえあれば、稚拙な英語でも一定のことは相手に通じます。OPCWで私は、会議では意識して、毎回、何かしら発言するようにしていました。


当時は煩わしく思ったことが多々ありましたが、今になって思うと私にとって幸いだったことは、私は、OPCWで働いていた当時、毎朝のように、直属の部下と怒鳴り合いのような議論を長時間に渡ってしなければいけなかったことです。そのスイス人の部下はとても頭の切れる優秀な人でしたが、彼の欠点は、自分で正しいと思うと周囲にお構いなしに猪突猛進してしまうことでした。頭の回転が速く行動も早いだけに、それを止めたり、方向修正したりするために、毎朝のように激しい議論をすることが必要だったのです。私が国際機関で、ある程度不自由なく働けるようになった背景には、そういった環境に結果的に助けられたこともあったように思います。


外国人との付き合いは、日本人との付き合い以上にウェットです。知り合い、友人を大事にします。知り合い、友人だといろいろなことがスムースに進みます。そういった関係になるためには、普段からお互いを認め合い、ものを率直に言い合い、約束は守り、そして必要なときに助け合うということが大事だと思います。当たり前の話ですが、嘘をついたり、人を裏切ったりしては絶対にダメです。これは日本人との付き合いにも共通することですね。


こうした外国人との関係は、国を代表して行うマルチ(多国間)の交渉などで特に重要になります。こう言うとちょっと意外に思われるかもしれませんが、私はマルチの交渉の世界の方がバイ(相対、二国間)の交渉の世界よりも、より人間関係が影響するように思います。そうした人間関係が築けていると交渉で孤立しそうになった時も、「あいつがあんなに頑張っているということは、何かよほどの事情があるのだろう」と助け船を出してくれたり、できるだけこちらの事情を斟酌してくれたりするようになります。


ある分野で国際世論を作っているのが、ほんの一握りの人間であることも知っておいた方が良いと思います。私がこうしたことを痛感したのは、化学物質のリスク管理に関する国際協力の分野(経済協力開発機構(OECD)化学品グループ)でしたが、この分野ではせいぜい5人、多くても10人程度の有力者との個人的関係をもっていると5年、10年先の国際的な規制の動向が分かるようになります。そして、この有力者のサークルに入ることができると、自分が国際的な規制の動向を左右できる側の立場に立てることができます。そのサークルに入るための努力は必要です。私は、最初、それらの人と会う機会があるたびに、積極的に彼らと議論する機会を持っただけでなく、オフタイムには、彼らをパリですし屋や焼き鳥屋に連れて行って食事を共にしていました。こうした“マフィア”の存在を知り、その一員になると、その後の交渉や協力がずいぶんと楽になります。


特に欧米人を食事に招待したときに知っておいた方が良いことも書いておきましょう。これは、先輩から学んだことでもあり、また、自分で実感したことでもあります。それは、「ワインに金を惜しむな」ということです。「メインディッシュの値段と同じくらい、あるいはそれ以上の値段のワインを選べ」とその先輩は教えてくれました。これもそのとおりだと思います。実際、良いワインをお出しすると、非常に喜んで帰っていただけます。思わぬところで、食事とワインが密接な関係にある欧米の文化を実感しました。


いろいろ書いてきましたが、最後に、海外生活で最も大事と思うことを記しましょう。それは、家族の方々も一緒に海外生活を楽しめるようにするということです。家族の方々が健康で明るく暮らせるということは、そもそも生活を成り立たせるうえでの基本ですし、また、家族同志の付き合いというのも日々の生活の楽しさを増し、仕事の幅を広げるために大切なものです。実際、O P C W での勤務から20年経った今でも続いている当時の仲間たちとのお付き合いは、家族同志のお付き合いです。


何か物知り顔でいろいろ書きましたが、これらのことが少しでも国際的な活動にご関心のある皆さんのご参考になれば幸いです。







記事一覧へ