第9回 同じように漢字を使っても(3)日中対流


日本から中国へと動いているのは製品や技術だけではない

 お待たせいたしました!もう少し早くこの拙稿(3)を執筆する予定だったが、2週間近く、上海、成都、西安等の国家バイオ産業基地、国家ハイテク産業開発ゾーン、国家農業ハイテクモデルゾーン、国家文化産業モデルゾーンに訪問・調査に行った関係で、たいへん、遅くなってしまった。この旅で実感した「中国のイノベーション」については後日別途紹介したいが、まずは以下の記事から前回に続く本題に戻りたい。

 2007年9月22日、北京外国語大学のホールで、退官後北京大学教授等を勤める前中国外務大臣李氏が講演された。その後、聴衆からの多様な質問に応じた中で、李氏は日本国民と世々代々の友好を続ける必要性を強調するとともに、海外からの援助を数量で計ることはできないとしつつも、SARSの時期の対中援助は日本が最大であったことに言及し、「最大の援助を提供し、最も気前が良かったのは日本だ」と指摘した(人民網」2007年9月24日)。

 今日、資生堂は中国に高級品の「ツバキ」を投入することや、NECは中国で情報システム構築事業を拡大するほか、富士フィルムはデジカメの生産を中国に全面移管することや、日本の大学の交流相手に中国が初の首位になったというように、日本から中国へと動いているのは製品や技術だけでない!

 ところで、日本で使われている漢字の多くは中国からきたものであるのは言うまでもない。しかし、日本が先に欧米語を漢字の日本語に訳し、そしてその訳語を日本から中国へと伝わっていたということをご存知であろうか。たとえば、福沢諭吉氏がcompetetionを「競争」と最初に訳し、中国ではこの訳語を直接使っている。ほかにも、たとえば「開発」、「権利」、「義務」、「自由」、「版権」、「人格」など、実に沢山存在している。

外国語への対応から見る日中の異なるアプローチ

 日本ではいま漢字のほかに、ひらがな、カタガナも用いられており、人、環境、タイムによって使い分けられている。といっても漢字はもっとも多く使われていることはいうまでもないが、外来語(カタカナ語といったほうがよいかもしれない)も使われ増え続けている。そこで、日本で使われている漢字は全部中国から輸入してきた「既製品」なのであろうか。

 かつて日本は、フランスの法律用語の全部を、その発音通りに新たに漢字を鋳造しようという、歴史的な「壮大な迷案」は不調に終わった(早川武夫『法律英語の基礎知識』1992年)。しかし、畝、峠、畑などといった日本で作られた日本語としての(漢字的な)和字は実に数少なくない。また、外国からの語彙を漢字ではなく、カタカナで表記するには異見も存在するようだが、もう一つの創造といっても言い過ぎではない。

 中国ではもともと漢字が多く発音の幅も広いというのは背景か、外国の語彙に対しても必ずといっていいほど中国語の漢字で表示している。たとえば、オリンピックは「奥林匹克」といい、クリントン氏は「克林頓」という。またフランスは「法国」といい、アメリカは「美国」という。もしかしたら、フランス民法やアメリカ美女があまりにも有名のせいかなぁと思わず冗談をいう。

 筆者自身がいつも感心している訳語の一つはCoca-Colaを「可口可楽」と中国語に訳したことである。これは中国語の発音的にもほぼ似ているし、意味的にも「口に合い楽しみが可能」であるようなので、とても似合う見事な訳語であると思う。また、日本の国際化がもっとも成功している一つは「カラオケ」ともいわれているが、カラオケを中国語に訳すと、「カラ」は似た発音の漢字だが「オケ」は「OK」と訳される。ユニークではなかろうか。

イノベーションには異文化が重要なリソースの一つ

 日本は明治維新以後、近代化を進めるため西洋の学問や技術を積極的に吸収し、西洋の語彙を日本語に移し変える際に、当時の日本人は漢字のもつ意味を組み合わせて新しい日本語としての語彙を作っていった。一方、清朝末期の中国では明治維新に成功した日本に学ぶため、多く知識人や若者が来日し、日本で学んだ西洋文明を中国に伝えようとしてこれらの語彙を持ち帰った。

 今日、中国という巨大市場の磁力は海外の多様なリソースを吸引し続けていると同時に、日本文化への理解はより深まっていくと思われる。その中で、既に「人気」、「刺身」、「手帳」、「料理」は中国の文学作品の中だけでなく、日常生活でも定着してきているように、日本語単語の「中国進出」も今後より一層増えるというように推測するのは筆者だけであろうか。

 また、企業活動のグローバル化という意味で、「日本から中国へ」だけではなく、一時話題になった中国企業による日本企業の買収のほか、去る8月8日、中国の環境ソリューションベンチャーであるチャイナ・ボーチー・エンバイロメンタル・ソリューションズ・テクノロジー(中国博奇)は中国企業で初めて東証1部への上場を果たしたように、「中国から日本へ」という流れも、今後はより強くなってくるであろう。

 過日、久しぶりに東京であるショーを鑑賞した。『白鳥の湖』といえばほとんどの方はご存知かと思われるが、西洋のバレエの聖域に革命的ともいえるアプローチで、チャイコフスキーの名曲に乗せて、古典バレエと中国雑技の超人技が華麗なるフュージョンを果たし、ときにはユーモアな小品も挿まれた、まったく新しいコンセプトの『白鳥の湖』が中国広東雑技団によって演出された。

 ついに最後の幕がゆっくりと閉じ始めた。しかし、止まらない拍手は1回、2回、3回、4回、5回・・・、その響きは会場外へも飛んでいくほど続く。もう一つのイノベーションに接し、日本の観客は大いに感動したというより、いい意味で少々衝撃も受けたといってもよかろう。

<了>





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