第45回 「岡田流」は中国サッカーへの旋風になるか



 2012年3月11日夕方、中国杭州市にあるスポーツ競技場「黄龍体育場」に、久しぶりに2万人近くのサッカーファンが詰め掛けてきて、中国スーパーリーグである「杭州緑城」と「青島中能」との「非常に精彩な試合」を観戦したという(中国搜狐ネット)。ちょうどこの試合時間、筆者はたまたま日本から中国への飛行機の中だったので鑑賞できなかったが、ホテルに着いてからは荷物の整理もせずにTVやネットのニュースを確認しようと、少々興奮気味な心情であった。というのは、杭州緑城の新任監督はあの著名な方、前日本代表監督である岡田氏であり、この杭州緑城と青島中能との試合は同氏によるデビュー戦でもあるからである。


 ということで、前回「商標権紛争が映すものとは(中)」の続きを待って頂いている読者の方には申し訳ないが、(下)は次回に変更させて頂き、今回は表題のテーマで少し書かせて下さい。しかし、この原稿の本文に入る前に、3月11日をむかえた今、まず昨年の東日本大震災で亡くなられた方々に対し心よりお悔やみを申し上げるとともに、中国人実習生20人を優先的に避難させて自らは津波の犠牲になった、女川町の水産加工会社「佐藤水産」の佐藤充専務に代表される多くの関係者の方々には、深く頭を下げたい。


 さて、中国のスーパーリーグのチーム数は16あり、1994年に前身のリーグが創設され、2004年に「超級(スーパーリーグ)」へと発展した。いま、中国ではよく「中超聯賽」(中国スーパーリーグ試合)と略称するが、中国経済の活況ぶりと軌を一つにして規模を拡大し、前回の王者の「広州恒大」はレアル・マドリードと提携を結ぶなど、近年は派手な戦略で知られている。



出典:杭州緑城のプロモーション動画より


 3月7日、今季試合関連の発表会では、杭州緑城(厳密にいうと、いまは「杭州九好緑城」と称されるが、本稿では「杭州緑城」と略称)のチーム構成等が発表され、11日夕方、杭州緑城と青島中能との試合が行われた。あの黄龍体育場に岡田氏が入場した姿が競技場の大型のディスプレーに映されたとき、観客席のサッカーファンからはすぐ大きな拍手が沸いてきた。しかし、岡田氏はそれに左右されずに、チームメンバーの一人一人に真剣にアドバイスなどを続けているようであった(中国「新浪スポーツニュース」より)。


 素直にいうと、杭州緑城と青島中能との試合は前回の王者の「広州恒大」というようなレベルの試合ではないので、本来ならそれほど人が来ないのではとも推測されたが、2万人近くのサッカーファンが殺到したのは、久しぶりに地元に戻った杭州緑城に対する地元からの強い期待と、監督に岡田氏を迎えたからとも言えるのではないか、と筆者は思う(ちなみに、日本からの記者も20名前後が訪れていたとのこと)。


 ちなみに、杭州緑城のオーナーは中国において有名な不動産デベロッパーの一つである「緑城グループ」であり、同グループは不動産業界において、4年連続不動産有力企業ランキングのトップ10に入り、本拠地は中国浙江省杭州市に設けられている。同グループ総裁の宋衛平氏は何があっても一貫してサッカーチームへの投資をし続けてきた、ということもあって、11日夕方の競技場の観戦席上には、サッカーファンによる巨大な横断幕「宋衛平よ、浙江のサッカーファンは貴方の堅持を感謝する!」が掲げられ、一部の観客は「宋衛平、宋衛平、宋衛平・・・」と連呼した。


 では、岡田監督が杭州緑城に行きどのようなことを行ったのか。その一つとして、1軍選手を大量解雇し、代わりにユースから7選手を引き上げたとか。ユースはまだ育成段階という感覚の中国では常識外れととられるが、岡田氏は「ボールを大事にするサッカーに合わせるだけ」という(日本経済新聞)。その中で筆者も少々驚いたのは、解雇した選手の中にオーナーの甥も居たという報道である。


 12日、なんとか時間の隙間を見て、杭州緑城と岡田監督との間のコミュニーケーションなどをサポートしている現地の知人に電話し、色々と、いままでの確認や最新の一部の動きを聞いた(今後、場合によってはこのコラムで再度記するかもしれない)。


 中国のビジネス一般の現場では確かに、昔のような「人脈」が全ての時代は終了し、「政策×戦略×人脈」の時代になったと、筆者は実務で実感し、実例も踏まえてゼミナーなどでよく指摘する。しかし、業界や時によってはいまでも「人脈」が大いに効く場合もある。解雇しようとした選手の中に、杭州緑城のオーナーの甥も含めたことに関し、当初、「これはダメ」と周囲が騒然とする中でも、岡田氏は自身が進退をかけてオーナーと直談判し承服させた、という断行には感心するだろう。


 周知の「日本イノベーション25戦略」座長で居られる黒川先生は以前、異質があってのイノベーション、異質との出会いがイノベーションを誘発するという旨のご指摘をされた。まさにその通りだと、筆者も強く共感する1人である。岡田氏の下で、杭州緑城と青島中能との「非常に精彩な試合」は双方の粘り強い激戦の末、最後に0対0で引き分けだが、現在、杭州緑城はブラジルから3名、韓国から2名入った多国籍チームとなっており、しかも若いメンバーが多い。果たして攻撃的サッカーを続ける「岡田流」は中国サッカー界への旋風になるのか、答えは明言しなくても推測できるだろう。



<了>



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