第37回 中国の「走出去」戦略と日本でのM&A



 最近、会合などで知人や友人と会ったときや、この連載を読まれた読者の方から、「張さんは尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件についてコラムで書かない(どう思われている)でしょうか」と聞かれることがある。実は那覇地検が中国人船長の勾留を延長すると決め、日中間の緊張が高まった直後の9月21日、筆者は参議院議員、前科学技術庁長官山東先生、JST顧問沖村前理事長等の方々を北京中関村サイエンスパークに案内中であった。


 いうまでもなく、筆者もこのような事件には日頃より関心を持っており、自分なりの理解もある。石原都知事のいつものような独特なコメントを始め、各種のネット調査では白熱した議論も度々目にするが、個人的にはDNDの連載『米国特許最前線』において、ワシントン在住の米国特許弁護士服部健一氏が書かれた「泥沼化する尖閣問題―日本人は目が覚めるか」(2010年9月29日)の中の一言、「日本政府の国際感覚、政治感覚は目を覆いたくなるものがある」という指摘に共感せざるをえない。


 しかし、この「中国のイノベーション」連載コラムは基本的にこのような時事を扱うところではないし、靖国参拝問題をめぐってしばしば交わされる「行ったか、行っていないか」というレベルの議論や水掛け論的な展開の生産性のなさを考えると、この連載とは別に国際法的論拠や歴史的な経緯などについて可能な範囲でより勉強しその真の対立点を確かめたい。まずは何よりも日中間の戦略的な互恵関係の維持と発展を大切に!とのことを切に願う次第である。


 さて、本題に入るが、2010年10月6日夕方の時事通信が、「中国企業の『日本買い』加速」で次のように報道している。すなわち、「中国企業による日本企業の合併・買収(M&A)が加速している。M&A助言会社のレコフ(東京)が6日までに集計したところによると、1〜9月は前年同期比63.2%増の31件に上った。既に2009年の年間件数(26件)を上回り、対日M&Aで昨年まで首位を維持してきた米国(今年1〜9月は26件)を抜いてトップに立った。」という。


 遡ってみると、過日にも日本経済新聞が、中国の繊維大手「山東如意科技集団」(山東省)のレナウンへの出資や、中国の家電量販店最大手「蘇寧電器集団」(江蘇省)のラオックスへの追加出資など、日本の老舗企業を標的にした中国による大型M&A案件を報道しているし、ウォール・ストリート・ジャーナルの報道によれば、ゴルフ用品メーカーの本間ゴルフが提携先を模索していた際、同社は直ちに世界で最も急拡大している中国ゴルフ市場の投資家たちのドアを叩き、この結果、中国の投資家集団が共同出資するマーライオンホールディングスが今年初めに本間ゴルフの50%超を買収した、という。



 なぜ中国の企業による海外企業の買収がこれほど盛んになってきたのか、また今後もこのような傾向が続くのか。中国の研究機関である「清科研究センター(Zero2IPO Research Center)」は今年7月に中国企業のM&Aに関する報告書を発表し、「世界経済の回復や中国における経済発展パターンの転換、経済構造の調整、および企業の海外M&Aに対する政策的後押しなどの要素が相互に絡み合った結果である」と指摘するが、筆者はそのほか、それは中国の「走出去」(中国から海外へ出て行く)戦略の一環であると捉えており、今後もしばらくは続くであろうと見ている。


 20世紀に入り、世界経済におけるグローバル化の急速な進展および中国のWTO加盟という2つの主な要因を背景に、中国経済の国際化にも一段と弾みがついてきた。21世紀を迎え対外開放政策を深化させる中で、中国は外資導入と対外投資を同時に重視する新たな段階に入っている。こうした新しい情勢のもとで、2000年3月に北京で開催された第9期全国人民代表大会(全人代)第3回会議の場で、中国企業の海外進出を後押しする「走出去」路線が正式に打ち出された。


 その後、同年に開かれた中国共産党中央委員会の会議で「走出去」戦略は最終的に明確化され、翌2001年3月の全人代で採択された第10次5カ年計画(2001〜2005年)の中にもはっきりと記載された。「走出去」が、対外貿易や外資利用と並んで中国における開放型経済の発展を担う三大支柱の1つに数えられた。これを背景に、中国企業による対外投資額(金融を除く)は、2002年の50億ドルから2007年の200億ドルにまで拡大した。これまでの好況な株式市場や高収益などで豊富なキャッシュフローを手に入れた中国企業が、積極的に海外でのM&Aを展開し始めたのは上表を見ても明らかであろう。


 ただ、山東如意に40億円で買収されたレナウンは、20年前には約200億円で英国老舗アパレル企業のアクアスキュータム社を買収しており、同時期にソニーが米コロンビア・ピクチャーズを買収、また三菱地所の米ロックフェラー・グループ買収など、中国企業による日本企業の買収に限らず、M&Aは国際ビジネスの場でも伝統的な企業成長戦略の一つに過ぎない。


 中国側の狙いとしては、有名な海外ブランド名の獲得、或いは販売ノウハウやユーザー、技術の獲得など目先の利益を得ると同時に、M&Aを通じてグローバル企業へと脱皮することが挙げられる。しかし、何のためのM&Aか、如何にマッチングするか、何を基準にしてどのように価値評価を行うか、誰とどのように交渉を進めるか、どのようなビジネスモデルが考えられるか、M&A後のマネジメントのあり方を事前にどう描いていくかなど、これこそが中期的な観点から実務的に留意していかなければならない手順となろう。



<了>



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