第36回 「人口大国」から「人材強国」への戦略



 本日は中国と人材戦略についてお話したいが、その前に、ちょっとした余談を。10月2日、東京大学にて、ビジネスモデル学会(BMA)創立10周年記念大会が開催され、200名近く集まった来場者の方々との熱い対話の中で大いに議論は盛り上がり、大成功裏に終了した。同記念大会には、毎日ご多忙な出口氏にも朝からご足労頂き、終了後の懇親会の遅くまで取材して頂いた。学会運営委員の1人としても友人の1人としても、本当に嬉しく、改めて感謝を申し上げたい。


 また、懇親会では、連載「イノベーション戦略と知財」の第31回がグーグル検索で1位にランキングされた橋本氏による乾杯のご挨拶があった。橋本氏とは大分久しぶりにお目にかかったこともあり、色々と近況交換をさせて頂いた。その中、「『中国のイノベーション』を書き続けないと・・・」と期待の一言も頂いたので、早速今回の本題に入りたい。


 去る9月30日付の日本経済新聞「経済教室」では、出口氏のメルマガでも10数回登場した有名な国際派の学者で、一橋大学教授の石倉洋子氏が執筆される「世界へ飛躍のチャンスに」という論考が掲載された。同コラムが提示する論考のポイントは、(1)身近に迫る危機を真剣に考え行動する機会、(2)企業は実力ある外国人を見極め活用すべき、(3)国は事業環境の整備と人材のオープン化を、というものである。


 同氏は、「国内か海外か」「事業活動を自前でするか、外部の組織と協働するか」「日本人の正社員か外国人のプロフェッショナルのどちらか」などと「OR」で考える選択ではなく、いかに日本と世界を「AND」で結び付けて、新たな形で事業を展開するか。本当に実力ある外国人を見極める力をつけ、優れた人材を集めよ、という。このように同氏の人材戦略に関わる視点には、私も強く共感を持っている。


 実は中国でも近年、人材への着目が一段と高まり、育成や導入などに関するさまざまな施策が策定されてきている。特に今年6月6日には、19000字からなる中国初の「国家中長期人材発展規画綱要」(2010年〜2020年)が発表され、「人口大国」から「人材強国」へという人材戦略の本格化や、中国における経済発展モデルのチェンジに直結させようとしている。


 筆者のところも、多い時は毎週、中国の全国各地の政府機関や大学また人材組織などから、さまざまなイベントの招待状や関連の募集情報を受け取る機会がある。「国際人材・技術交流大会」「海外人材導入大会」「日本留学人材招聘座談会」「海外高級人材募集説明会」「国際人材及び技術交流・商談会」「民営資本と海外頭脳とのマッチング大会」「留学帰国者創業支援説明会」「ハイテク産業パーク見学ツアー」などは、北京、上海、深セン、江蘇、武漢、漸江、四川、雲南等の各地域で行われるのみではなく、時には日本に上陸して人材誘致合戦を演出する。


 記憶に残っているだろうか。9月23日、石黒氏は、連載「志本主義のススメ」「第150回 新たな段階に入った日中関係」で次のように述べられている。


 すなわち、「かつて通商産業省は戦後自国産業の保護をしながら段階的に開放していくことで国内産業を育てましたが、中国の場合は最初にまずは海外企業を誘致し、そこから技術移転と人材育成を図りながら徐々に国内産業、技術を育て、ある程度育った段階で今度は国内産業、技術にバイアスのかかった産業政策を行おうとしているのです。日中の違いはそもそもどの程度国内産業の蓄積、基盤があったかの違いと市場の大きさですね。」と。


 本当に、いつも鋭い洞察力!平均で月に一度は中国のどこかへ飛んで足で実情を確認し検証する筆者は、思わず感心してしまう。実は昨年の今頃にある受託調査検討業務に取り組んでいた頃から、筆者もこの点について考え続けている。そこでいう「国内産業の蓄積」は中国でいう「ハイテク産業」の育成や集積に牽引される部分が大きく、また「技術移転と人材育成を図りながら国内産業、技術を育てる」というのも、まさにその通りだと筆者は思う。


 中国における産業育成発展と国際誘致戦略の関係という切り口から筆者なりにもう少し見た場合、1978年にケ小平氏が提唱した「改革・開放」国策が実施されてからいままで、中国が海外から誘致するものの戦略的な視点は三つあり、現在は三番目の段階に入ったと思われる。すなわち、(1)資本誘致、(2)技術誘致、そして(3)人材誘致、である。


 まず改革・開放の当初は経済力が弱く、技術の位置づけについてもまだ認識されていない中で、まずは市場開放し、外資といっても実際は海外から資本の誘致が主な戦略的な狙いであった。その後、経済が発展し、技術の付加価値やパワーすなわち知的財産の本当の意味などについての認識を深め、国家中長期科学技術戦略や国家知的財産戦略が制定される中で、資本誘致と同時に、技術の誘致も誘致重点に加え、イノベーション型国家の実現に必要な技術の誘致にも注力するようになってきた。


 そして現在、技術の進歩と経済のグローバル化、また国際的な競争が激しくなりスピードが求められる中で、中国における国際誘致戦略は資本や技術に続き、「人材」という対象に焦点を当て、発展してきた資金力をもって多様な支援策を構築し、国内の人材育成に取り組み続けると同時に、産業先進国で育てられた人材を誘致し帰国させることで、育成する時間を節約し、国内関連分野のレベルを高め、また必要なときに国際的な発信ができる、という多様なメリットを得られるということはいうまでもないであろう。


 ちなみに、前述した「国家中長期人材発展規画綱要」は、序言、指導方針や戦略目標と基本原則、人材群形成の主要任務、重大政策、体制メカニズムのイノベーション、重大人材プロジェクト、企画と実施という構成からなる。重大政策では「更なるオープンな人材政策を実施する」と明言し、重大人材プロジェクトでは「海外のハイレベル人材誘致計画」など、海外に居るさまざまな領域での高級人材の誘致を加速する政策が戦略的な視座から明文化され、優秀な華僑や華人の還流を熱望している。


 石倉氏は前述した論考で次のように述べている。「国境、業界、組織などの境界が消滅しつつあり、世界の『オープン化』が進む中、企業は創業した場所にかかわりなく、事業の場所を模索し、決める自由を持っている。」また、同氏は「『知識経済化』も進み、企業の競争力は知識や知恵を持つ人をどれだけ世界から見つけ出し、活用できるか、事業の目標のために協働してもらえるかにかかってきている。」と指摘する。


 このような状況の中で、企業人に限る話だとは思わないが、国際的競争力の強化や持続的な発展を狙った中長期的な戦略の一つとして、中国における「人口大国」から「人材強国」への戦略、そしてその確かな展開は日本にも多様な影響を波及しうるのではなかろうか。



<了>



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