第35回 中国の月探査衛星によるイノベーション計画



 中国では月にちなむ伝説の仙女の名前から取られた「嫦娥計画」があり、これは中国が国家的プロジェクトとして進めている月探査計画である。全体計画は周回機、着陸機、サンプルリターンという3種類の探査機を段階的に月に送りこむことからなり、その最初となる周回機「嫦娥1号」は、2007年10月24日打ち上げに成功している(下記写真)。



 2010年5月6日、中国航天科技グループの袁家軍副総裁は中国宇宙飛行基金受賞大会に参加し、中国2機目となる月周回探査機「嫦娥2号」を2010年10月に打ち上げ、月面に向けて衝突体を発射し、月の土壌も探査することを初めて明らかにした。しかし、袁氏は「嫦娥2号」について、「このミッションは中国月探査計画において重要な一歩である」と強調したが、衝突体や月面衝突時の観測の詳細などについては、まだ明らかにしていない。


 2010年9月10日、中国月探査プロジェクト総設計士の呉偉仁氏は「月探査衛星『嫦娥2号』の任務は、「嫦娥1号」と比べて、新しい技術を取り入れて難度が高まり、システムはさらに複雑となっている。また、以下の6つの面で技術イノベーション・ブレークスルーを実現する計画だ」と明らかにした(科技日報、人民網)。


 第一に、早く月に着く。「嫦娥1号」は、まず地球付近の軌道に打ち上げられ、幾度にもわたる調整を通じて月軌道に入ったが、「嫦娥2号」はキャリアロケットで地球から約38万キロ離れた月軌道(月面から200キロ)まで直接送られる。こうすることでさらに効率が高まり、「嫦娥1号」は軌道に入るまで約14日間かかったのに対し、「嫦娥2号」は7日以内に到達できる。


 第二に、Xバンド深宇宙制御システムを検証する。「嫦娥2号」の任務においては、中国が新たに開発したXバンド深宇宙制御システムの検証がはじめて行われる。「嫦娥1号」で使われた、Sバンド衛星制御ネットワークに比べると、Xバンドのほうが無線信号の周波数が高く、遠距離通信の感度も良い。


 第三に、衛星を高精度にコントロールする。「嫦娥1号」が月面から200キロの周回軌道に入ったのに対し、月面から100キロの地点から探査を行う「嫦娥2号」は、飛行速度がさらに速く、軌道は低く、制動容量も大きい。また、月の不均等な重力が、衛星軌道にもたらす摂動も大きくなるため、衛星のコントロールは、さらに高い精度が求められる。


 第四に、軌道調整能力をテストする。呉総設計士によると、「嫦娥2号」の任務においては、月面から100キロ-15キロの軌道移動と、急速な軌道測定技術の検証も行われる。月面から100キロの円軌道から、100キロ-15キロの楕円軌道へと調整する能力をテストするというものである。


 第五に、月面画像取得の能力をテストする。「嫦娥2号」はさらに落下カメラを搭載し、「嫦娥3号」の月面軟着陸に向けた準備として、月面画像取得の能力をテストする。データ転送速度も嫦娥1号の1秒あたり3メガから1秒あたり6メガに高まり、さらに1秒あたり12メガの高速伝送テストも行う。


 第六に、高解析度画像取得の特別任務がある。「嫦娥2号」にはさらに、「嫦娥3号」の着陸予定地点の高解析度画像取得という特別な任務がある。「嫦娥1号」が搭載したCCDカメラの解析度は120メートル。「嫦娥2号」は月面から100キロの円軌道と、100キロ-15キロの楕円軌道の月に最も近い地点で、それぞれ「嫦娥3号」の着陸予定地域の画像を取得する。解析度はそれぞれ10メートル、1.5メートル以上となり、大幅に高まっている。


 月探査といえば、1960年代には、アメリカと旧ソ連が国力をかけた有人月探査競争を繰り広げられたが、1980年代には月探査は全く行われなかった。しかし、1990年代半ばとなると、関係諸国が再び月を目指す動きが強まってきており、そして2000年代に入ると、ヨーロッパ(2003年)、日本(2007年)、中国(2007年)、インド(2008年)、アメリカ(2009年)が次々と月探査衛星を打ち上げてきた。


 日本においては2007年9月14日、日本初の大型月探査機がH-UAロケットによって打ち上げられた。この計画は「SELENE(セレーネ:SELenological and ENgineering Explorer)」と呼ばれ、アポロ計画以来最大規模の本格的な月の探査として、各国からも注目されている。中国の「嫦娥-2号」によるイノベーション計画はどのような形で国内外の各方面に影響を与えるか、関係者の注目を集めるだろう。




<了>



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