第25回 松島先生とビジネスモデル・イノベーション



 3月18日午後2時過ぎ、筆者は急いで東京大学に直行した。松島克守教授の最終講義「俯瞰工学のはじめと展開―技術経営学、地域クラスター、知の構造化」を聴講するためである。開演直前に入ったこともあり、筆者はさまざまな年齢層の方々で埋め尽くされた会場の全体を見渡しやすいように後ろの方の席に着き、ゆっくりとカバンからカメラを出し、周囲の人々と同じようにステージの講壇に視線を集中し、松島先生の登壇を待った。


 司会者からのご紹介があり、満場の拍手の中、松島先生がご登場された・・・、そこで筆者は写真を取ろうとした。しかし、なぜかカメラの調子がちょっと変で、いつものように焦点を合わせられない。よく見ると、「電池がすぐ切れるよ」という表示が出た。なんでこういうときに、と思いつつ、仕方なく携帯に電源を入れざるを得なかった。


 松島先生は、出口氏のメルマガで何度も登場された方であり、最近では石黒氏が第129回のコラム「祝一万人突破」の中で書かれたDNDサイトの立ち上げに重要なかかわりを持つ方の1人で、東京大学総合研究機構俯瞰工学部門の教授であり、日本におけるビジネスモデル研究の第一人者として知られている。松島先生はビジネスモデル学会の会長であって、筆者は同学会の運営委員の1人であるという関係もあり、関連学会や、運営会議、海外コンベンションといった場でご一緒させて頂く機会があり、感銘を受けることが多かった。


 思うように写真が取れない状況であったため、じっくりと拝聴しようと決めた。松島先生の講演について、スライドのタイトルを例示すると、「ドイツ留学そしてベルリン」「マーケティングの仕事」「マイクロソフトとの戦い」「IBMの時代」「ビジネス教育の試行」「俯瞰工学研究室」「ビジネスモデル学会」「動け!日本」等、興味深いものばかりであったが、他の方々と同様、示唆に富んだ内容には筆者もメモを走らせ、また時に笑いに巻き込まれるという、非常に内容の濃い時間であった。


 航空機エンジンの生産技術者を経て、東京大学で生産システムの知能化の研究に従事され、そして西ドイツ・フンボルト財団の奨学研究員としてベルリン工大でCAD/CAMの研究に従事された松島先生は、その後日本IBMへと転進し、多様な業務に取組んで来られた。筆者も松島先生の多彩な経歴とユニークな発想に惹かれる1人であり、共に学会やその運営委員会の定例会議に参加できることをいつも楽しんでいる。


 数年前の北京のコンベンションで、松島先生がご講演の冒頭に発した「結論と決心の隙間」という言葉や、「MOT(技術経営)はManagement of Technology ではなく、Management On Technology、すなわち、of ではなく、on であると考える」という見解、また「技術経営学、地域クラスター、知の構造化」に関する俯瞰工学というアプローチからの松島先生のご研究からは、いつも予想外の示唆が与えられると改めて実感する。時々、運営委員会定例会議での議論がその後の懇親会の席まで飲んでも酔わなく続けられるのはなぜであろうか。


 ちなみに、松島先生は日中テクノビジネスフォーラム(JCTBF)が主催した第1回日中ネットシンポジウムの開会挨拶の中で、「日中間のテクノビジネスの振興に当たっては、『日本から中国へ』という視点だけではなく、日本の産業の活性化につながるような『中国から日本へ』という観点や、学際的、業際的、国際的、かつ実証的なアプローチで進めていくという観点が、今後、より重要になってくる」と述べられた。


 東京大学イノベーション政策研究センター長も務められる松島先生は、同センター等が主催しDND研究所等が後援する「東アジアイノベーション政策カンファレンス〜ナショナル・イノベーション・システム連携と協創〜」等を通して、中国、韓国、日本のイノベーション政策の研究者及び関連の専門家が一同に会し、研究成果を交換するとともに、ナショナルイノベーションシステムの新しいモデルへと追及する風を巻き起こす起点にいる1人といえよう。


 そのような「充電」機会を逃がしてしまった方にはよいお知らせがある。ご存知の方も居られるかと思うが、来る4月22日(水)午後3時より「今こそオープンイノベーションの時代」と題する第3回KSPフォーラムが、かながわサイエンスパーク(KSPホール)にて行われる。


 基調講演は松島先生による「オープンイノベーションの時代〜ビジネスモデルのパラダイムシフトを目指して〜」であり、パネルディスカッションにはサイオステクノロジー株式会社代表取締役社長の喜多伸夫氏、このサイトでお馴染みの独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)企画調整部長の橋本正洋氏、ソニー株式会社オープンイノベーション部門企画部統括部長の津山学氏といった方々である。


 同フォーラムの案内には、「昨今の激しいグローバル競争の中、技術革新(イノベーション)の停滞は淘汰されることを意味するため、企業内部(自社)と外部(他社)が持つ技術やアイデア等の資源を活用し、研究開発や製品化を進めていく『オープンイノベーション』に期待感が高まってきています。」とあり、イノベーション創出の「先導役」が期待されるベンチャー企業、中小企業を中心に、大手企業、大学などイノベーションにご興味のある方々へと呼びかけている。このフォーラムの詳細についてご関心を持たれる方は、下記サイトをご覧いただければと思う。


 URL:http://www.ksp.or.jp/kspforum/3rd/


 今回は少々久しぶりの執筆なのに「中国のイノベーション」に直接的ではない随想を書かせて頂いたが(出口様、お許しくださいませ!)、 次回からは引き続き「中国のイノベーション」を「俯瞰」していきたい。


 中国は、国によって4兆元の内需拡大政策が打ち出されたものの、「2009年のGDP成長率を8%以上に保つ」という目標にははるかに及ばないようである。このような状況の下、企業の負担を少なくし、収入を増やすことを目的とした、新たな「10大産業振興計画」が打ち出された。中国でも「オープンイノベーションの時代〜ビジネスモデルのパラダイムシフトを目指して」というのが必要かと考えられる中で、どこにどのよう光が見えてきているか。 

 みなさん、またぜひ次回でお会いしましょう!


<了>



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