第19回 上海体育場、北京オリンピック、嵩山少林寺


「鳥の巣」に次ぐ上海体育場の一角
 出口氏は「2008変調の夏」(DNDメルマガvol.287, 2008/08/06)の中で次のように述べた。「8月8日は北京オリンピックの開幕、テロ警戒のピリピリした緊張ムードが伝わってきます。平和の祭典は、テロの標的にさらされています。何はともあれ晴れの祭典の無事成功を祈るばかりです。オリンピックが中国のそのさらなる飛躍の起爆剤になることは、確かでしょう。開会式の舞台となる鳥の巣から、どんな度肝を抜く仕掛けが飛び出すのでしょうか。・・・」

 2008年8月8日夜8時、第29回を迎える2008夏季五輪は、1988年のソウルオリンピック以来20年ぶり、アジアで3都市目となる中国・北京で華麗に開幕された。花火、歌曲、舞踊、歓声で天と地、昼と夜、内と外の境界線が一瞬なくなったかのようにも思われるほどの開幕式会場の盛況ぶりはテレビ中継で世界に走り、世界のトップアスリートがしのぎを削る「暑い夏」が始まった。

 筆者は日本の多くの方々と同様、テレビで北京オリンピックの開幕式を見たが、場所は日本ではなく、上海だった。現地時間夜7時過ぎ、コンビニショップへ買い物に出かけた際、道路にはいつものような車の走る煩い音がなかったが、コンビニで買い物をする人は余りにも多くて大変な混雑だった。「早く会計してくれ、頼む!」、「もうすぐオリンピック開幕式だよ」、「ちょっと待ってもう少しビールを」、「お宅はどこで見るの・・・」。みなさんの気持ちは一緒だ。

 実は8日午後5時頃、筆者は上海体育場に行ってみた。上海体育場は浦東空港から50キロ、虹橋空港から20キロに位置する上海市内の陸上競技場であり、収容人数が8万人であることから別名「8万人体育場」とも呼ばれている。1997年第8回全国スポーツ大会の開催のために建設されたが、2008年に完成された北京国家体育場、いわゆる「鳥の巣」に次ぐ中国で2番目のスタジアムとなった。「上海市のNo.1の競技施設」として、北京オリンピック期間中はサッカー予選の会場と指定されている。

 つい先日、16日にはアルゼンチンとオランダとの準々決勝が同体育場で行われた。敷地面積は19万平方メートルで、建築面積は17万平方メートルだという同体育場、筆者はその付近の休憩地一角で作られたシンボル(下記写真)が気にいった。いつの試合でも激しく動かされるサッカボール、そこにはいつの時代となっても実際に不動(不変)なものはないのか、それがあるとすればいったいなんだろうか、と筆者は思わず考えてしまう・・・。



夢、テクノロジーでできた北京五輪の開幕式
 北京オリンピックの開幕式が絶賛されるその一方で、幾つかの問題点も指摘され議論がもたされている。筆者はかならずしもその議論の全てに共感しているとは限らないが、拙稿はこの連載の主旨から、ここでは「テクノロジーと北京五輪」という観点、すなわち「歴代五輪で最も複雑な技術システムと、世界最先端の新技術を大量に採用した」(于建平・技術制作チーム長)点から拙稿を続けたい。

 みなさんの記憶にはどのようなシーンが残っているのだろうか。北京オリンピック開会式の視覚的・感覚的効果の1つ1つに、観衆はまさに「1つの夢」を感じた。いったいどんな魔法を使ったのだろうか?中国新華社をはじめとする関連報道の一部を引用して紹介したい。

 開会式成功の基礎を支えたのは、並外れたライティング効果だ。公演に幅広く用いられるLED(発光ダイオード)を歴代五輪と比べ最大限に利用した。無数のLEDがデジタル時代のマルチメディア空間を会場に現出させた。開会式は長かったが、バッテリーなど技術上の難関を攻略して、電源の難題を解決した。

 開幕式の掛け軸は巨大なLEDスクリーン上に映し出された。スクリーンは長さ147メートル、幅22メートル、LEDは4万4000個。テクノロジーを最高に詰め込んだ、歴代開会式で最大の巨大ステージだ。LEDのライティング効果とパフォーマンスが緊密に結びつき、変化に富むさまざまな模様を現出して、観衆を夢のような世界へと引き込んだ。LEDのステージはテストを重ね、出演者が上で踊っても水に濡れても大丈夫なことを確認した。

 演出の柱となったセンターステージは直径20メートルの昇降ステージで、体育場中央の巨大な「地坑」に隠されていた。フィールドでは、アテネ五輪の創意は巨大プールでエーゲ海を再現したことだったが、北京では地下ステージを使って「掛け軸」を上昇させることにした。

 巻物と「地球」は共にその「地杭」から浮上した。巻物はあらかじめ覆いの下に用意されていたが、直径18メートルの「地球」はどう隠していたのだろう?実は地下に圧縮されていたのだ。このため球体構造は柔らかくする必要があった。出演者の安全と効果を確保するために上昇後も高い安定性が必要とされた。ハイテクのアルミニウム合金感光材のおかげで「地球」は伸縮が可能になった。

 「地球」のアイディアは非常に斬新で、「1つの世界、1つの夢」を最もよく表現するハイライトとなった。「地球」には9つの軌道が備え付けられ、58人の出演者がワイヤーを使い、無重力状態さながらに逆立ち歩きや宙返りなどの難しい動作を行った。この技術は中国国内で初めて使用されたもので、海外でもあまり見られないものだ。

 中国科学技術省の支援プロジェクトには「微煙花火」(煙の少ない花火)もあった。専門家らは花火の配合を調整し、伝統的に使用されてきた原料を変えることで、燃焼後の煙による汚染を大幅に減らすことに成功した。北京五輪開会式では40000発余りもの花火が使用されたが、それによる汚染は過去数回の五輪開会式で最も軽微だったという。

 開幕式で使用されたテクノロジーは数10以上もあった。幅広い分野にまたがり、宇宙開発関連の素材も使われた。掛け軸に使用された紙は「蜂の巣」状の新素材だ。フィールドの昇降ステージ、マルチメディア、LEDシステム、指揮システム、通信システムなどの多くの装置でもハイテクが用いられたという。「各種効果は革新的なアイディアとハイテクの無数の結合によるもの」(同前、于建平氏)であることに理解できる。後日、いろいろと検証したい。



嵩山少林寺、およびそこの「音楽大典」か
 8月はじめ、筆者は河南省の省都所在地に設けられた、鄭州国家ハイテク産業開発ゾーンから約1時間余りの距離にある嵩山少林寺(「嵩山少林」)を訪ねてみた。北京オリンピックの開幕が近くなった関係か、北京にだいぶ離れているが、ここでもやはり北京オリンピックムードが漂っている(下記写真)。



 北魏孝文帝太和19年(紀元495年)に建てられた嵩山少林寺(すうざん しょうりんじ)は、中国の河南省登封市にある中岳嵩山の中の少室山の北麓にある寺で、少林拳の総本山であり、禅宗の発祥地でもあると称されている。敷地がとても広く、気勢軒昂としている建物も少なくない。入口に入ってから、内部の建物は幾つかのブロックに分かれており、年代のある松や檜が高くそびえていて、歴代の石碑があちこちに建てられている。

 まだ日本に来る前、中国のカンフー映画「少林寺」が大ヒットになり、多くの観客の憧れと探究心をもたらした時から、一度は少林寺に行ってみたいという気持ちを持ち続けた。1988年から少林武術ショーを行なっており、現在では世界各地で公演が催されているが、自らそういう現場の雰囲気を感じたかった。

 ご存知の方も居られるかと思うが、中国の拳法は古来「南拳」と「北拳」の言い方があるが、「南拳」とは湖北省にある武当山の拳法を指す言葉であり、「北拳」の発祥地はここ少林寺である。寺内のある部屋には、当時の武僧たちが毎日少林拳を練習する時床の煉瓦に刻んだ深い足跡が現在でも残っている。少々驚いたのは、現在毎日大勢の観光客が国内及び世界各地からやってくるほかに、武術を修得するために少林寺に殺到した若者も多く、寺の外には数10軒の少林武術学校ができてしまった繁栄ぶりである。朝から露天の練武場で「ハァー、ハァー、ハァー」と子供たちの元気よく練習する映画のシーンを想像する。

 筆者が嵩山少林寺に訪ねたいと思ったもう一つの理由は、3.5億元(当初日本円で40億相当)を投資して、少林寺の隣で「禅宗レジャーゾーン」が建てられたことと、そのうちの1億元近くを持って、アカデミー賞音楽創作賞の受賞者譚盾氏、有名なダンサーの黄豆豆氏、禅学顧問易中天氏等を招聘して創作された「禅宗少林・音楽大典」の鑑賞である。

 いや〜、忘れ難いショー!との一言である。嵩山少林寺の一部商業化的な運営に賛否両論を引き起こしているのは確かだが、文末のショーのワンシーンをご覧いただきたい。それは少林大劇場や嵩山スタジォオというバーチャルなステージではなく、嵩山「待仙溝」の自然な山や地形を生かした「露天ステージ」上で演出された「禅宗少林・音楽大典」である。そのステージはあまりにも広いし立体的であるため、よい(高価な)チケットの座席はステージの近いところではなく、その逆の観客台の最も後ろだ。

 禅宗の歴史、文化、歌唱や舞踊に合わせたカンフー、ユニークなストーリ、高山、流水、人や動物、自然景観、またも多彩なライティング・・・、さまざまな要素が有機に交錯している中、第一幕、第二幕、第三幕・・・が続く前例のない「音楽大典」、貴方も一度行ってみてはいかがだろうか!?



<了>





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