第18回 長沙、中国バイオ産業の鼓動を加速する


長沙にて、第2回中国バイオ産業大会が開催!
 6月21日朝8時、筆者は大会専用の車には乗らず、予定より1時間早くタクシーで中国湖南省国際展示センターへ出発した。土曜日だったためか、湖南省の省都である長沙市のホテルからおよそ15分で目的地付近に着いた。交通規制の関係で少し歩いて正門まで行き、空港で受けるような安全検査を受けて早速入場した。

 第2回中国バイオ産業大会(China Bioindustry Convention 2008)の開幕式は9時半から行われる予定だったが、会場にはすでに、大会スタッフはもちろん、中国各地から、バイオ医薬、バイオ農業、バイオエネルギー、バイオ環境保護、バイオ製造といった関連分野の産官学関係者やメディア関係者が集まってきており、さらに貴賓ルームには、カナダ、ドイツ、韓国など海外からの専門家達も来場されていた。初対面の方も多かったと思われるが、自己紹介や近況報告などコミュニケーションに花を咲かせていた。

 9時20分を過ぎたころ、33℃の高温に熱される会場でおよそ1000人近くの来場者が開幕式を待つ中、突然一人の男が開幕式のステージに登場し、何キロ先まで遠くに居ても聞こえそうな高音で民謡の独唱を始めた。一曲目、二曲目、そして「祝賀」という三曲目を迎えるころには、筆者も思わずその歌声に引き込まれてしまった。急遽ステージの前に移動し、少々むりやり?数10台のカメラ取材陣の間に入って、いかにも中国式なワンシーンを撮ろうとした・・・。

 9時30分頃、湖南テレビの有名アナウンサー梅さんによる紹介アナウンスの中、中央から来た多数の副大臣クラスの方、湖南省長、長沙市長、大会協賛団体や企業の代表、著名専門家代表がステージに上がられた。全国人民代表大会(日本「国会」に相当)常務委員会、国家発展改革委員会、科学技術省、衛生省、中国科学院、中国科学技術協会、国家開発銀行、国家自然科学基金委員会、国家輸出入銀行、国家林業局、国家漢方薬管理局、中国石油化学グループ・・・。中国バイオ産業大会にこれほど多くの政府要人や、全国から100名余りの中国アカデミーメンバーや知名専門家も来場したことから、本大会の重要性、大会またバイオ産業への期待、注目があらためて感じられた。

 大会組織委員会委員長、中国エンジニアリング・アカデミーメンバー、及び中国バイオエンジニアリング学会理事長でいらっしゃる楊氏が司会を務め、湖南省の省長・周氏、中国科学技術協会副主席・黄氏、国家改革発展委員会副大臣・王氏等が歓迎挨拶や開会挨拶をなされた。33℃の高温と千人一堂の体温が相まって会場の熱気が上昇し続ける中、国家改革発展委員会により、10のバイオ領域の「国家工程実験室」(国家エンジニアリング実験室)が新たに設立すると発表され、開幕式閉会を迎えた。そして、国際展示センターの正門がゆっくりと開かれた。

 4年前にある調査検討業務を受託してからずっと、いまはIT産業に続き「戦略的な重点産業」と位置づけられる中国バイオ産業には多様な関心を持ち続けてきた。また、バイオ医薬テクノコンファレンスといった分野別の産業展示会に視察したことも何度かある。しかし、包括的な中国バイオ産業大会、あの展示センター正門の中に何があるか、筆者も前へ足を伸ばした。



1歳ではない、長沙国家バイオ産業基地
 中国バイオ産業大会は、昨年から毎年、中国「国家バイオ産業基地」(National Biomedical Industrial Base )が設けられている都市にて順に開催するという方式をとっている。昨年の第1回目は石家荘国家バイオ産業基地が設けられている河北省石家荘市にて、第2回目にあたる今年は長沙国家バイオ産業基地を有する湖南省長沙市で行われた。

 一口に「湖南省長沙市」といってもご存知ない方も多いかと思うが、上海から飛行機で2時間もかからない距離にあり、中国「中部振興戦略」の中に位置づけられる中部6地域の一つである。長沙市は湖南省の省都で、人口は約600万人余りだという。漢代・三国時代など、中国の歴史に度々登場し、多くの文化的な遺産が観られるところである。また、湖南省は新中国の「建国の父」毛沢東の故郷でもあることを特記すべきであろう。

 長沙市内には「湖南省博物館」という観光名所があり、新石器時代からアヘン戦争までの出土文物を中心とする「湖南歴史文物陳列館」と、馬王堆漢墓からの出土文物を中心とする「馬王堆漢墓陳列館」からなっている。馬王堆漢墓陳列館のメインは朱色の液に浸けられた漢代女性のミイラであり、弾性を保った皮膚の他、内臓等もほぼ完全な形で発見されたため、1972年に発掘された当時は日本の新聞でも大きく報じられたという。

 ところで、長沙国家バイオ産業基地は2007年6月12日に国家改革発展委員会より基地認証牌が授与されたことから、2008年6月21日現在はまだ1歳になったばかりである。しかし、これは「国家レベル」のバイオ産業基地に格上げされてから1年という意味であり、「地方レベル」として取組み始めたのはその10年前。アメリカ、カナダ、ドイツ、香港など海外や中国各地からの投資資金が長沙に流入し始めたのがその頃で、それに伴い北京、上海、天津、石家荘、広東、武漢などの人材が長沙に創業にやって来たという。その歴史は決して短くはない。

 2008年6月現在、長沙国家バイオ産業基地にはバイオ製薬や食品関連の企業110社が設立されており、年間生産高が億元を超える企業は26社に上る。バイオ製薬産業群のほか、健康食品産業群、バイオ農業産業群、バイオ環境保護やバイオ材料産業群が形成されつつある。たとえば湖南バイオ産業グループの2008年生産高は20億元になると予測されており、2010年には50億元という目標が策定されている。

 もともと、1991年の中国国務院の批准により、長沙国家ハイテク産業開発ゾーンが設立され、先進的製造業、IT産業、新材料産業、バイオ製薬産業という四つの産業群の形成に取組まれてきた。長沙国家ハイテク産業開発ゾーンと長沙国家バイオ産業基地は、長沙市、また湖南省のバイオ産業、ひいてはハイテク産業のエンジンになると期待されるのは理解できよう。

長沙は世界第三位のインフルエンザのワクチン基地になるか
 話は第2回中国バイオ産業大会に戻る。開催地が毎年順次変わっていくというのは前述したとおりであるが、大会の内容は?というと、主に「ハイレベルフォーラム」(高層論壇)や「分野別フォーラム」(主題論壇)といった「論壇」と、全国各地に設けられている22の国家バイオ産業基地からの出展または来場による展示会&商談会といった「展示」から構成され、白熱した議論と多彩な展示が中国バイオ産業の「いま」を示し、「今後」を提示している。

 今年の大会テーマは「引領生物産業発展、助推両型社会建設」(バイオ産業を牽引し、「両型」社会の建設を推進する)であり、ここでいう「両型」とは省エネルギー型、環境保護型という意味である。このコンセプトの下で、国家要人も臨席される「ハイレベルフォーラム」を始め、「バイオ医薬技術及びバイオ医薬産業の先端フォーラム」、「製薬工業の省エネと環境保護フォーラム」、「バイオアグリ産業フォーラム」、「バイオエネルギーと工業バイオ技術フォーラム」、「バイオ産業、投資融資及び知的財産保護フォーラム」などが開かれるとともに、「中国とドイツの経済とバイオ技術の協力に関する第一次会議」、「中国と韓国のバイオ産業交流会議」という国際会議も行われた。

 筆者の記憶に残っている、というよりは少々意外?と感じたことを例示すると、ハイレベルフォーラムや、バイオ医薬技術及びバイオ医薬産業の先端フォーラムなど大型のフォーラムが1000人前後座れる会場で行われただけでなく、他の分野別フォーラムも100名から数百人が座れる会場で実施されたことである。ハイレベルフォーラム以外のフォーラムはほぼ同時に開催されたが、どの会場も参加者がほぼ埋め尽くす、その様子には「長沙の熱気」を実感した。



 もう一つ印象的だったのは、中国科学院アカデミーメンバー、国家稲エンジニアリング研究センタートップ、中国では「稲の父」とも称される国際的な専門家・袁氏が高級フォーラムで講演されたときである。登壇した瞬間、会場には大きな歓声が一斉に上がり、取材カメラが殺到する。この風景は開幕式の際も同様であって、袁氏のお名前が紹介されたときの拍手は、副大臣のお名前が紹介されたときよりも大きいほどであった。「いや〜、多くの人々に心から尊敬されている専門家の1人だ」と確信した瞬間である。

 また、展示について、大会組織委員会委員長・楊氏は「第1回目のときに見られた各地の国家バイオ産業基地の建設方向や基地紹介というイメージ展示に比べ、今年は各地の国家バイオ産業基地の産業現状や代表的な企業紹介という実態展示に変わってきた」という。この辺については別途「中国ハイテクの窓」にて写真つきで詳しく紹介する予定であるが、ここで特記しておきたいのは、長沙国家バイオ産業基地とカナダMicrobix社とが調印したプロジェクトについてである。

 第2回中国バイオ産業大会で調印された投資契約の金額合計は100億元超であるが、その半分近くにあたる47億元を長沙国家バイオ産業基地との契約が占める。カナダMicrobix社は、長沙国家バイオ産業基地でインフルエンザのワクチン生産基地を建設するため、まず14億元を投資すると調印した。これは中国とカナダとの国交関係樹立以来もっとも大きな二カ国間協力プロジェクトであり、同ワクチン生産基地は世界第三位のインフルエンザのワクチン基地になると予測される。中国中央テレビ(CCTV)の取材に対する前カナダ駐中国大使、現カナダ中国貿易促進会主席の落ち着いた表情からも、また長沙国家バイオ産業基地の関係者の笑顔からも、その期待感を感じるところである。

 筆者は2日間、各地からの産官学関係者と色々な話を交わした後、大会主催機関の一員であり、中国科学院、中国工程院及び国家自然科学基金委員会に直轄される、中国サイエンスタイムズのネット版「科学網」(ScienceNet)の編集長・趙氏とも懇談し、「第2回中国バイオ産業大会は中国におけるバイオ産業の鼓動を加速することになるのは間違いない」と共感した。バイオ医薬、バイオ農業、バイオエネルギー、バイオ環境保護といった中国バイオ産業の鼓動は、日本も含む海外関係者にとってさまざまなビジネスチャンスとなるものが実に多い。



<了>





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