第11回 万能細胞、あなたは何をもたらしているのか?(上)


今年最終回、予定の執筆内容を変更
 12月23日深夜2時、今年最終回となる一稿目を書き終わろうとしていたところ、筆者も加入している某協会メーリングリストから以下のメールが届いた。「最近、『万能細胞』が日本のマスコミをにぎわせていますが、ある中国の教授が自身のブログでこの『万能細胞』を厳しく糾弾しています。・・・専門外ですので、どちらの言い分が正しいのか良くわかりません。どなたか解説してください。」

 日本では全国紙が11月21日(水)の朝刊で一斉に報道し、とくに「ヒト皮膚細胞から万能ES細胞を作り出すことに京都大学山中伸弥教授らが世界で初めて成功、再生医療用途に画期的成果」(四国産業技術研究会、2007年11月21日)と報道されたことに筆者も関心を持った。「ノーベル賞級」や「再生医療向け」と言われるこの素晴らしい成果の誕生を喜ぶ心情は確かにある。

 しかし、去る12月9日、前述した中国の教授が自身のブログでこの『万能細胞』について持論を展開してから、筆者もその議論を読み続けており、現在は違う角度から本件について考えを持つようになった。筆者は万能細胞、ひいてはバイオテクノロジーや生命科学の専門家ではなく、どなたが「世界初」の成果を創出したかを判断できる立場にいるものでもない。しかし、「本件ついて何かを述べたい」という心情が湧いてきて、なかなかこれを抑えきれない・・・。

 去る11月28日から2日間、「アグリビジネス創出フェア2007」が東京国際フォーラムにて開催された。農林水産省が主催し、農業・食品産業技術総合研究機構、JST、日本経団連、全国農学系学部長会議、日経バイオテク等19の関連団体が後援した。筆者はそこで設けられた特別セミナーで「中国におけるアグリビジネスの最新動向とチャンス」について講演させて頂き、多くの方が中国アグリビジネスに興味を持っていることが実感された。

 また12月19日、文部科学省専門職大学院教育推進プログラムの一環として、大阪にて開催された「知的財産流通シンポジウム〜創薬知財の活用〜」で「中国における創薬特許流通」についてお話させて頂いた。大阪工業大学大学院知的財産研究科長・前特許庁技監石井氏の下で、経済産業省中国経済局長・前内閣官房知的財産戦略推進本部内閣参事官杉田氏、大阪大学サイバーメディアセンター客員教授坂田氏、大阪商工会議所経済産業部長中川氏、大阪工業大学大学院教授・国際的な標準化専門家平松氏、大阪工業大学大学院准教授山名氏の方々のご講演や、パネルディスカッションで得られた本音は、実に貴重なものであった。

 もともと今年の最終回はこの二つの会合を素材として執筆する予定であった。しかし、前述したことから予定の執筆内容を急遽変更し、以下に冒頭で述べた話題を続けることにしたい。

万能細胞「iPS細胞」と呼ばれる成果は世界初?
 2007年11月21日、JSTサイエンスポータル編集ニュースは万能細胞の研究開発の進展について報じた。その一部は下記のとおりである。

 すなわち、「人間の皮膚細胞から、さまざまな細胞に育つ能力を持つ人工多能性幹細胞(iPS細胞)を作り出すことに、山中伸弥・京都大学再生医科学研究所教授、高橋和利・同助教の研究チームが成功した。」「・・・中略。山中教授らが昨年8月、世界で初めてマウスの細胞で作り出すことに成功して以来、ヒトのiPS細胞をつくる激しい研究開発競争が世界中で繰り広げられている。」

 「今回、山中教授らは、マウスで成功したのと同様、ヒトの皮膚細胞から得られた線維芽細胞に4個の遺伝子を組み合わせて導入する方法でiPS細胞を作り出した。・・・」「・・・中略。この研究は科学技術振興機構・戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)と、医薬基盤研究所・保健医療分野における基礎研究推進事業の一環として行われた。」

 また、JSTと京都大学の共同発表プレスに書かれた「研究の背景」の最後には「これらの実験結果は、iPS細胞の分化多能性がES細胞と比べても遜色がないことを示しています。その後、国内外の多数の研究チームが、ヒトiPS細胞の樹立を巡って、熾烈な競争を行ってきました」と締め括られている。  前述した中国の教授は、本件のために開設したブログで去る12月9日付けで以下のことを述べている(一部)。

 「私は医者の1人として、また生命科学のファンの1人として、私及びわれわれの研究チームはこれまで、生命科学の発展方向とは逆の研究アプローチを用いて生命科学について20年余りに渡り模索し続けてきた。その結果、有益な応用的研究成果を得て、生命の新たなささやかな秘密を探索することができた。われわれはこれらの成果を国内外において発表してきた・・・。」

 2000年に掲載された中国「科学日報」の特別インタビュー記事、臨床治験関連のさまざまな写真、出席し発表を行った国際会議、1995年から2000年の間に国内外で取られた特許・・・。同教授のブログでは、関連情報として多様な記録が提示されている。

 「最近、世界のマスコミは日米の研究者が行われたヒトのiPS細胞の研究について大量に報道し、世界の生命科学の方向が180度変わるほどの大転換が起きたと見られている。しかし、これは完全にわれわれの研究領域と重なっている。日米の研究者が得たという初歩的な成果は、奇しくもわれわれの生命科学に対する研究アプローチこそが正確であることを証明したことになるが、この成果そのものは現段階では単なる人類に夢を与えたというべきであろう。」

 この記事を読まれて皆様はどのようなご感想を持つであろうか。さらに続く中国の教授による以下の指摘にも留意して頂きたい。

 本件に関しては、「日米の数人の研究者はわれわれが設定した概念や基本的なアプローチを用いながら違った方法で展開したにもかかわらず、当方に関する引用や注記はない。」・・・中略。われわれはヒト細胞→幹細胞→器官(体内体外)→臨床治験→・・・という研究や応用の複数の段階を辿ってきたが、「日米の成果はまだヒト細胞→幹細胞という段階の半歩だけ」を示したものであるのに、「なぜ世界のマスコミがそれほど騒ぎするのだろうか」と同教授は指摘している。

 さらに、議論は24日の「生命科学最前線クリスマス宣言」まで続いている。

拙稿の目的、当否の論評ではない!
 もし中国の教授が述べた以上のことが全くの事実であるならば、「・・・人の皮膚から作成することに世界で始めて成功した新しい万能細胞『iPS細胞』」(日本某大手新聞等)というような報道に用いられている表現が適切か、と考える点も出てくるかもしれないのではなかろうか。

 しかし、繰り返しとなるが、筆者は万能細胞、ひいてはバイオテクノロジーや生命科学の専門家ではなく、「ノーベル賞級」な成果かどうかを判断できるものでも毛頭ない。拙稿(上)は日米の数人の研究者による論文の発表、または日本における万能細胞への支援施策、あるいは中国の教授による指摘の当否などを論評する目的で記したものではない。

 拙稿(上)は日本で報道されている万能細胞関連を見る際の参照範囲を広げた上で、関連の現状や動向の一角を提示しようとするものである。また、一部は次回で続きを述べたいと思うが、中国において、通説とは逆のアプローチで進められてきた万能細胞の研究や応用はまさに一種の「アプローチ的なイノベーション」ではなかろうかと思うからである。各国の研究者方々のルールや礼儀に沿った良い意味での「協力と競争」によって、人々の健勝に資し、現実の世界がよりよい魅力的になれればそれ以上の喜びはない!

 毎年、心温まるクリスマスを演出し、幻想的な世界を創り出しているイルミネーション、多彩なライトが放射されているクリスマスイブの夜は、眩しいというか素晴らしさ以外、楽しさや暖かさも確かに感じられた・・・。

 では、皆様におかれましても、良いお年をお迎えできますように!

<了>





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