第10回 楊凌、農耕文明の発祥地からアグリビジネスの創出へ


 9月22日夕方、筆者は立教大学「ビジネスデザイン立教会」設立総会後の懇親会に参加した。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科(MBA)委員長・亀川教授が「変化に敏感なゼネラリストこそが次世代のビジネスリーダーになる」ことを提唱し設立された本科も、去る3月に卒業された4期生も含むと、のべ300名を超える卒業生を輩出してきた。筆者の講義でも、関連省庁や大手企業の事業部長、公認会計士や税務官、中小企業の経営者や若手コンサルタント、独立予備軍など多彩な方々が聴講され、いつも予定終了時間を延長しての議論が続けられていた。

この懇親会の場で、「張先生ですよね!数年前、仕事の都合で先生の講義を取れなかったのですが、いまはDNDの連載、毎回読んでおります・・・」と、ある立教大学MBA卒業生の方が筆者に話し掛けて来た。「そうですか!?ぜひ遠慮なくご意見下さいね!」と筆者は先方にビールを満杯まで注いで「乾杯」したので、周りの方も思わず興味深く「DND集中連載コラム」の話題について耳を澄ませていたように感じられた。

 この集中連載コラム執筆者にはお馴染みの前立教大学ビジネスデザイン研究科特別兼任教授だった石黒氏が居られ、筆者など同氏にはとても足元にも及ばないのだが、DND連載のお陰で上記のように声を掛けられたり、筆者に会いたいがために筆者の講義を選んだりする方も居られた。最近、「中国のイノベーション」を読んで頂いた方からのご質問等も増えてきており、別途、一度「回」を設けてお答えしようとも考えている。

本題に入る前に、まずこの場を借りて、読者の方々、またこのような機会を与えて頂いたDND主宰の出口氏には、もう一度、心より感謝を申し上げたい!

楊凌、中国最大の農業博覧会の開催準備を急ぐ

 中国「楊凌(イャンリン)」と言われても、ご存知の日本の方は少ないであろう。筆者も数年前までは、楊凌は中国4大ハイテク博覧会(原語「交易会」)の一つ「農業ハイテク成果博覧会」の開催地であること以外よく知らなかった(他の三つは北京の「ハイテク産業国際週間」、上海の「国際工業博覧会」、深センの「国際ハイテク成果博覧会」である)。しかし、つい1ケ月前、そこへ自分の足を延ばしてみる機会を得たこともあって、「中国のイノベーション」を書くならば、この楊凌に触れないと意味が薄くなる、との考えを持つに至った。

 楊凌では、中国最大の現代農業に関する国際博覧会がこれまでに13回も開催されてきた。第14回となる今年は、2007年11月5日(月)〜9日(金)の日程で開催される。中国最大のこの農業博覧会であるが、今年の展示スペースは延べ20万平方メートル近く(幕張メッセ国際展示場の3.7倍)、予想来場者は100万人を超える規模になると予想されている。さまざまな農業関連分野の人々、同博覧会事務局の言葉を借りると「国家主席から農民まで」が訪れる国際イベントである。

 海外企業等についても、毎回20の国と地域からの出展があり、全出展の1/6程度、100ブースあまりを数えるという。このうち日系企業は現在10ブース程度で、農業肥料分野で進出を果たしているコスモ石油さんを始めとする出展が今年も予定されている。

 筆者は9月下旬、幕張メッセにて開催された過去最大規模、初の4日間開催となった「東京ゲームショー2007」を視察してきた。臨時に増設したチケット売り場はもとより、会場内また通路及びその両側の空地もすべて人々に埋め尽くされていた。社団法人コンピュータエンターテインメント協会の統計によると、今年の合計来場者は19万3千40人に達し、昨年に比べ500名余り増えたという。

 この東京ゲームショー2007の5倍の来場者があり、個人ベースでも中国各地から車に乗り合いで人々が押し寄せる中国最大の農業博覧会の今年は、何に主題を置いているのであろうか。

 今年は「科学技術のパワーを活かした現代農業の推進」というテーマで、国内外の多彩な関連分野の展示、テーマ別フォーラム、専門家によるトレーニング、多様な商談や表彰などが企画されている。また、「中国〜オーストラリア農業協力週間」や、「一村一品」(一村に一つのブランド) などのイベントも予定され、農牧育種、農業機械、バイオ農業など、幅広い展示や商談内容が予定されている(中国では、博覧会は即「商談」の場である、との感覚が強い)。

 筆者が思わず「展示ブースの空きはまだどの程度残っているか」と博覧会開催事務局である展覧局副局長韓氏に聞いたところ、「9月上旬現在、展示ブースの95%は既に予約が取られている」と即答してくれた。これまでに10数回が開催されてきてもなお、中国における農業分野への注目は引き続き上昇気流にあるようである。

楊凌、4000年前からの中華農耕文明の発祥地

 さて、ここまでの話を読まれて、読者のみなさまも多くの関心を寄せられたのではないだろうか。

 楊凌は中国のどこに位置されている地域だろうか?なぜ楊凌で中国農業ハイテク成果博覧会を開催することになっているだろうか?なぜ楊凌がたた5日間で100万人も集めることに自信満々だろうか?

 楊凌は中国陝西省都、世界遺産・兵馬俑で世界的に知られる古城西安市内から西へ80のキロのところにあり、西安からは高速バスかタクシーで1時間程のところに位置している。古来、楊凌は『中華農耕文明の発祥地』であるといわれ、4000年前、中国歴史上初の「農官」(現農業大臣相当)と称される後稷氏が楊凌にて農地を開拓し始めたことが、中華農耕文明のスタートになったと伝えられている。

 本連載第4回「中国国家ハイテク産業開発ゾーンとは?」で中国国内にある54の国家ハイテク産業開発ゾーンに触れたが、その中で唯一農業に重点を置き、1997年7月13日に国務院が設立を決定した「農業国家ハイテク産業モデルゾーン」(総面積は22平方キロ)もまさに、この楊凌に設けられている。

 ここでは、中国でいう「産学研連携」を通じて、農牧良種、バイオ農業、グリーン食品(農薬や環境に配慮した安全な農作物)、バイオ製薬といった四つの特色のある産業の形成に取り組み、1997年と比較した2006年の総工業生産高 は1.2億元から20億元になったように、年 20%から60%までの高成長振りを見せたことになる。

 現在、19の国家省庁と陝西省政府の共同指導・支援の下で設立された同産業モデルゾーンは、中国における農業ハイテクの先頭で走る現代農業のモデルだけでなく、全国の「観光モデル地域」や「衛生地域」としても認定されている。楊凌市内にそびえ立つ「白菜」「トウガラシ」など農業をテーマとした彫刻が同市の「農業ハイテク産業モデルゾーン」としての特徴を際立たせている。

楊凌、アグリビジネスの創出に国際交流を求む

 読者の中で、「アグリビジネス」という用語をご存知の方も多く居られると思うが、それは種苗、種畜、飼料、肥料、薬品、農業用施設・装置などの農業用資材のほか、農産物や食品の貯蔵、加工、流通など幅広い分野/ビジネスを指す、農業関連産業のことである。日本でも、今年の11月27日、28日、東京国際フォーラムで農林水産省主催「アグリビジネス創出フェア2007」が開催される予定であり、農林水産・食品産業分野の研究成果の実用化・産業化が図られ、アグリビジネスの更なる発展・創出が期待されている。

 ある意味では、中国最大の農業博覧会も上記のような趣旨を含んでおり、「楊凌モデルゾーンから全国へ」、「アグリビジネスの創出へ」と狙って、日本も含む海外の農業分野に関する生産、流通、加工技術のライセンスなどに強く期待し、数年前から、農業博覧会と同様な期間、毎年一カ国と「協力週間」の特別イベントを設けて活動を展開し続けている。既に行われた「中国〜日本」、「中国〜カナダ」のほか、今年は「中国〜オーストラリア」というテーマでさまざまな活動の準備が着々と進められているという。

 2005年に開催された第12回中国農業博覧会では「一村一品」(一つの村で一つのブランド)国際セミナーが行われ、中国副国家主席の曽氏とともに村山元日本首相、前大分県知事の平松氏等も内外の来賓として出席された。一つの村で一つのブランドをつくるという「一村一品」運動は、実は前大分県知事の平松氏が1979年に提唱した農村振興のための活動で、日本で成功し、そしてその考え方を中国に持ち込んだといってよかろう。

 楊凌の有機カリウム肥料が米国の有機農業市場に進出していること、レストランにオレンジ色の白菜を素材にした料理を登場させた楊凌発の「カラー白菜」の栽培成功、楊凌のスーパーハイブリッド米の実用化への前進、そして、なによりも、楊凌市は世界でも重要な胚胎クローン山羊の研究拠点となっていることは特筆すべきであろう。楊凌では、世界で最初の成年体細胞クローン山羊の育成に成功し、1995年には世界最高となる45匹の胚胎クローン山羊を生み出している。2000年6月には世界最初の成年体細胞クローン山羊「元元」と「陽陽」が誕生した。2004年2月には「陽陽」から4代目の山羊も生まれ、体細胞クローン山羊が後代においても一般の山羊と同じ機能を持つことが実証されたという。

 また近年、中国国内でも「安全な食品(グリーン食品)」への注目が高まってきており、日本に比べ、中国の農業の広大さと規模の大きさ、そして人件費の安さについてはいうまでもなく、今後の飛躍的な成長も予測される中国の農業関連マーケットの中でも本分野は拡大され続けることに間違いない。

 ここで、技術、流通、マーケットで先行している日本関係者はどう行動すべきか?技術を活かした現代中国の農業関連の実態は?中国の農業、グリーン食品、工作機械、バイオ産業等の現状は?中国の農業関連分野ではいま何が求められているか?等々、中国最大の農業博覧会(楊凌)について、一部写真も含めてさらにお知りになりたい方は下記サイトをご参照下さいませ。

http://www.tb-innovations.co.jp/CHBW/link.0.01.expo.caf0.htm

<了>





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