第8回 「イノベーションとアカデミア」



 皆様しばらくご無沙汰でした。

 さて、学界のお歴々もおられるDNDの中で、挑戦的な題目ではありますが、最近のイノベーションを巡る一つの側面をご紹介したいと思います。

 イノベーション、特に技術を基盤とするイノベーションは、その技術そのものが質的に変化しており、サイエンスまで遡り理論限界近くまで突き詰め、解明することの重要性が増大していることが、NEDOのプロジェクトにも内包されつつあるということです。次世代燃料電池技術開発を例に解説します。

「水素社会の到来」
 NEDOのフラッグシッププロジェクトのひとつに、燃料電池の研究開発があります。イノベートアメリカ(パルミサーノレポート)においては、第一章の中の「イノベーションの領域」において「21世紀のイノベーションのチャンス:水素社会」と題して燃料電池社会の到来を記述したコラムがあります。

・ 水素燃料電池自動車は、通常の乗用車の2倍効率がよく、しかも排ガスは水蒸気のみである
・ 水素はたくさんのエネルギーから抽出可能であり、エネルギー供給源の多様化を確保できる

等、水素社会の到来に期待するコメントを紹介しています。しかしながら、現実には、まだまだイノベーションが必要な分野でもあります。

「アカデミアへの期待」
 現在NEDOでは、固体高分子型、固体酸化物型の燃料電池の実用化開発を進めつつ、燃料電池自動車用のリチウム電池の技術開発を進めるとともに、水素を安全に利用するための基盤技術開発などを推進しています。一方、将来の本格的な水素社会の到来に向けては、燃料電池の根本的なコストの低減、耐久性・性能の向上を実現する必要があります。

 これまで、NEDOは、主に民間企業による燃料電池技術開発を実施してきました。しかし、上述の根本的な性能改革には電解質膜における電荷物質移動現象の解明や電極における触媒反応の解明が必要となってきています。このため、企業研究に先導して、現状技術のブレイクスルーを図る新材料・技術の基礎的研究を大学、国研を活用しながら推進していくことが必要になってきているのです。

  一方で、アカデミアで一般に行われる研究は、学術的観点から原理的なレベルの科学的論証、推論に取り組む基礎研究や、必ずしも燃料電池への応用にこだわらず、材料の物性を深く調べ、広く利用方法を考えるような発想で行う基礎研究が中心です。

 このため、燃料電池の実用化のための産業技術の確立という「出口」を見据えた開発が必要な段階にある当該分野において基礎研究の場として大学を活用する場合は、産業化、実用化の課題を明確に設定し、産業界との技術情報交換を積極的に行い、効率的かつ企業研究先導型の基礎研究を行うようにマネジメントする工夫が必要です。このため、NEDOでは、産業界側が大学、国研等に期待する基礎研究テーマを提示し、公募等により、燃料電池としての実用的な観点から研究を推進すべきものを採択しているのです。

 また、@研究スタート時の研究計画発表会の開催、A1年毎に産業界を中心とするテーマ評価の実施及びB産業界向けの成果発表会の開催、C大学研究者と自動車メーカー等の産業界の研究者との情報交換会の開催*を積極的に行い、基礎的研究の推進と大学側と産業界側の問題意識の共有化やコラボレーションの推進のためのマッチングの機会の提供を一体として実施しています。

 こうした産学協働については、前東京農工大学長の宮田シニアプログラムマネージャーに強力なリーダーシップを果たしていただいています。

 このほかの分野として、例えば、半導体の微細化(hp45nm超)を進めていく上で、ポストCMOSのための新概念の構造、新材料による素子の高性能・高密度化が求められています。これにもアカデミアによる新しい発想が必要だといわれています。

 このように、従来産業技術は、一連のイノベーションの出口近くとして、アカデミアとは距離があると認識されていたわけですが、技術の進歩が科学の領域により近づいてきて、基礎概念の根本的な変更を求められる産業技術分野が増えてきています。まさにKlineの連鎖イノベーションモデルやChesbroughのオープンイノベーションモデルそのものです。このため、NEDOでは、分野ごとに提案公募式の研究を増やし、企業では思いつかない新しい発想の研究を実用化のため組み込んでいこうとの意識が高くなっています。

 産学協働の新しい時代が、もうすでに開きつつあるということですね。


*これまで燃料電池関係で産業界の要望でおこなった情報交換会:「触媒」「膜(MEA)」「計算科学(分子科学計算)」「計算科学(熱流体解析)「評価・解析技術」