第5回 イノベーションの実現に向けて
(その2 研究成果の活用と普及−研究評価の機能)



「ある日の非公開会議」

 11月16日の午後、東大医科研の近くにあるNEDOの研修センターにおいて、大企業10社の中堅の技術者を集めた会議が開催されました。この研修センターでは、頻繁にこうした企業との会議が行われていますが、この日の会議は若干趣が異なるものでした。

 集められたのは、日本を代表する電機、機械メーカを中心に、いずれもNEDOの委託先・助成先の企業で、NEDOにとっては、いわばお客さんの方々です。(委託先、助成先を資金供給側のNEDOが「お客さん」と呼ぶのは違和感があるかもしれませんが、NEDO内では意識して相手先の企業をそう見るようにしています。彼らが気持ちよく研究開発を行い、高い成果を出していただくことがNEDOにとっても大変重要なのです。大学も、同じく「お客さん」です。)

 会議の目的は、NEDOの研究開発プロジェクトの追跡調査結果をもとに、研究成果が実用化に結びつくにはどうしたらよいか、大企業内に埋もれてしまった研究成果の活用や成果普及にはどのような対策があるか、非公開でフリーな議論を行うものです。このため、NEDOのプロジェクトに従来から関わっている「お客さん」の方々にお願いして忌憚のない意見を求めました。


「研究成果の活用と普及−研究評価部の機能」

 事務局の笹岡賢二郎研究評価部長の司会のもと、会議が始まります。NEDOに、研究評価部という独立した組織があるのは以前紹介しました。

 研究評価部とは、その名も地味に見えますが、NEDOのプロジェクトの中間評価、事後評価、追跡調査・評価(成果普及調査のようなもの)などを一手に引き受ける重要な部署です。我が企画調整部と並ぶ、機構内の「きらわれもの」でもあります。特に研究評価部による中間評価の時には、各技術部の担当やプロジェクト実施者はとても緊張するのではないでしょうか。NEDOのプロジェクトの計画は5年程度のものが多くなっていますが、原則的に3年目に中間評価を行い、事業を継続すべきかどうか厳しい判断を行うのです。高い評価を得られれば事業を拡大しますが、問題が見つかれば、事業の改変、縮小、さらには本当に終了もあり得ます(*i)。こうした、評価システムの重要性は最近の政策現場では強く認識されており、経済産業省でも「政策評価広報課」が大臣官房に設置され、政策の評価に厳しい目を配っています。予算要求ヒアリング時には、会計課長のとなりに政策評価広報課長が陣取り、政策の費用対効果、過去の政策との整合性、実現性など、厳しい質問を要求原課の課長に浴びせかけます。議論の視点が論理的で、熱意や勢いだけでは論破できず、会計課長より苦手に思っている課長連中も多いのでは。


「製品・市場化率21%」

 さて、会議の様子に戻りましょう。今回のNEDOの追跡調査は、網羅的、大規模なもので、平成16年度(追跡調査は平成17年度の活動分について翌年18年度にアンケートを実施するため現時点では平成16年度終了分までが最新のもとなる)までに終了した110プロジェクト、のべ1089機関についてアンケートによる追跡調査を実施して、研究成果の活用ステージ(研究開発、技術開発、製品化、市場化)を把握しました。さらに、うち36件について詳細な追跡調査を実施しました。また、企業による活用の取り組みが進んでいない13プロジェクトについては、評価部が運営・管理上の改善点について指摘し、実際にプロジェクト推進部にその解決策を検討させました。

 アンケート調査では、13〜15年度に終了したプロジェクトのうち、386機関(591機関中) が研究を継続し、うち21%の企業ですでに製品化、市場化に至っていました。16年度終了プロジェクトについては回答の76%の企業が研究開発を継続し、59%が製品化をめざし、同じく21%が製品化、市場化を達成していることがわかりました。

 この21%というのは、中長期、ハイリスクの研究開発分野としては極めて高い比率だとの評価が出席者からありました。通常の企業研究所では、5%がやっとであると。確かに、研究評価部の若手職員がAEA(American Evaluation Association)などが欧米の学会でこの数字を発表すると、「高い数字だ!」との驚きの声とともに、「実はハイリスクはやっていないのでは?」との声も出たほどだそうです。もちろんそういうことではありません。なお、NEDOは実用化開発では40%以上の実用化を目標にしています。

 この調査の結果、事業者が、研究開発成果の製品化を達成するポイントとして、以下の4点を上げています。相当「人材」に依存していることが見て取れます。

・技術開発課題に関連する高い技術ポテンシャル
・中間評価を契機とした実用化意識の向上
・研究部門と事業部門を橋渡し、または研究から実用化までを担当するキーパーソンの存在
・責任所在の明確化、強力なリーダーシップを有するリーダーの存在

 本調査の分析などが更に進められて、近い将来、NEDOが中長期ハイリスクで20%前後の製品化、実用化率を上げている訳が、NEDOがリスクを避けているわけではなく、中間評価を契機とした「事業継続の可否のチェック」や「実用化意識の向上」のためであるとか、NEDOによるプロジェクトマネジメントの成果であると堂々と言えるようになりたいと思っています。


「成果とは?」

 会議では、成果に関する様々な考え方が議論になりました。研究開発の成果を定量的に示すのは実は大変難しいことです。上述の製品・市場化率はわかりやすい成果の尺度ですが、これも研究分野によっていつ評価を行うべきかが違ってきます。例えば通常市場化まで10〜15年かかるジェットエンジンなどは、5年後ではまだまだ製品化できたかどうかわからないし、一方数ヶ月単位で製品が変わっていく情報家電に用いるチップの開発などは、ハイリスクの研究でも1〜2年で見通しが立たなければ次の目標に進まざるを得ないのです。 

 また、テクノロジープッシュの分野、例えばマイクロマシンやナノテクノロジーでは、 研究目標も基礎的なものが多く、最初からは事業化が見えていないため、プロジェクト終了後もまだまだ事業化には遠いものがあります。こうした研究開発は成果がなかったのか?事業者側からみれば、ハイリスクだから、ハードルは高いが戦略的に重要であるとしてプロジェクトに参加しますし、新しい分野なので、ナショプロとして行うことで、潜在的ユーザーやアカデミアへの啓蒙価値が極めて高く、将来の事業化まで見据えれば、ナショプロの存在そのものが重要、との考えもあります。NEDOのプロジェクトは単に企業への補助が目的ではなく、国全体としての競争力強化が大きな目標なので、単なる製品化だけが大きな価値ではないということです。ナショプロに参加するということだけでも、外国の顧客からの信頼を得ることにつながり、成果の実現に効果があるとの議論もあります。分野によってはそれもいえるかもしれません。

 プロジェクトのターゲットを高くすればするほど、世の中より先に行きすぎるものができて、まだ市場化がむずかしいといった点も指摘がありました。「早すぎる技術開発はイノベーションにはならない」、そうした警句にもなります。


「ネイチャー掲載は10億円の価値?」

 一方、別の観点から成果を考えるべきではないか、例えば、ある研究成果によりネイチャーレベルの雑誌に論文が掲載されたら、その効果は1億円、いや10億円としてカウントしてもよいのではないか、また、研究開発の失敗も成果として捉えていて、そもそも企業の研究では失敗は日常茶飯事で、むしろこれをどう活かすかがMOT(技術経営)の主要課題、95%失敗しても、その失敗が他に活かせれば良いし、技術移転もありうる。また、こうした失敗による人材育成効果も重要だとの議論もあります。

 たかだか数時間の会議でしたが、さすがに研究の現場におられる方々です。日頃感じていること、思っていることをわかりやすい例を引きながら丁寧にご意見くださいました。

 以前にお話ししたスピンオフベンチャーに関係し、企業の研究成果を製品化しない場合の対応を個別にお聞きしました。大企業の中枢におられる方ばかりだったのせいか「会社をやめる」例はあまり聞きませんでしたが、ねばり強く市場開拓をがんばってみる、あきらめて開発を中止したテーマに関しても、売却や技術移転など、コストを少しでも回収する努力をする、とのお話が何人かからありました。多々ますます弁ず、の研究開発分野でも、最近の研究開発効率化、製品化の結果重視の考えの中で、企業が厳しくコスト意識を有していることを改めて感じました。

 独立行政法人であるNEDOにとって、国からいただいた予算で研究開発を進める以上、その成果実現は最も大事なことのひとつです。NEDOとして、ナショナルイノベーションシステムの中で果たすべき役割を認識し、関係者と協力しながらイノベーションを実現する、言葉で言えば簡単ですが実は難しい、このことを、ひとつひとつこなさなければならない、そう感じた一日でした。



(i) 17年度までに99件中11件が中止又は抜本的な改善、延べ66件が改善を実施。これらの研究評価結果の反映は筆者が部長を務める企画調整部で行っています。