第23回 NEDOイノベーション戦略の総括 その2
出口さんに最終稿第一稿を出してほっとしているうちに、梅雨も明けてしまい、ますます暑くなりましたね。そうこうするうちに、筆者もNEDOを辞職し、7月14日付で経産省に復職しました。そのうちに、皆既日食まで経験してしまいました。皆既日食は惑星物理学の原理を体験する素晴らしい機会だと思いますが、あまりそういった解説が報道に見られないような気がするのは残念です。
さて、前述のように、筆者は特許庁審査業務部長という大役を仰せつかり、緊張しつつ、改めて知財行政の勉強に精を出そうとしているところです。今後とも叱咤激励よろしくお願い申し上げます。
ところで特許庁といえば、「官僚たちの夏」では、杉本哲太演ずるフランスに行きたい牧課長が「避難」して仏語の勉強をしていたのが特許庁です。が、現在の特許庁は、ナショナル・イノベーション・システムの重要なパートで、とても避難できるような安穏なところではありませんね。特許庁の熱い夏については、そのうちにここで改めてご紹介を始めたいと思います。
「NEDOはどこへ行くべきなのか」
前回お話ししたNEDOの最近の対応ですが、もちろん、これだけで満足するべきではありません。時々刻々変化する世界の経済環境の中、これからNEDOはどこへ行くべきなのでしょうか。
ここで、NEDOの将来について、思いを込めた感慨を述べたいと思います。これは、過去および現在のNEDO関係者、政府関係者の思いを踏まえ、私なりに集大成したものですが、個人的な見解であり、組織を代表する意見ではないことは言うまでもありません(この連載全て「個人的」ではありますが)。
(1)一層のグローバル化の推進
ここ数年、NEDOのグローバル化の対応には目を見張るものがあります。前回ご紹介したとおり、NEDOは欧州事務所(吉本豊所長)を窓口として、欧州各国との協力を一層深めています。これは、欧州各国に設立されているNEDO同様のイノベーション推進機関(各国ごとに19機関存在します)が、地球環境問題の顕在化等に伴ってNEDO及び日本の技術力を真のパートナーと見る期待感が高まっていることが背景にあります。今後、フランス、スペインに続き、EU本体のほか、様々な技術分野で欧州をリードするドイツや英国、また高度なバイオや精密機械などで世界のイノベーションランキング上位を定位置とするスイスなどとの協力により、さらに日本のイノベーションを加速することが期待されます。
米国とは、スマートグリッドを手始めに、エネルギー環境分野を中心に一層の協力が進むことが予想されています。これまでも、NEDOワシントン事務所(高見牧人所長)は、米国のイノベーション政策ウォッチャーとして、昔から知る人ぞ知る組織でしたが(読者が多いNEDOワシントンデイリーレポートは同事務所の松山貴代子女史が長年手がけてきました。)、最近では、スマートグリッド等の具体的なプロジェクトフォーメーションを行っていることが日本のマスコミにも注目されるようになりました。
このほか、地球温暖化やイノベーションでも重要な位置を占めつつある中国、インドやバンコクのNEDO海外事務所が、日本との様々な協力を担っています。このような海外の出先機関を一層活用しつつ、シーズと市場の両面でのグローバル展開をNEDOは図っていくべきです。
(2)政府との一体感とスピード感の確保
前稿に示したとおり、NEDOは政府の一員として機能を果たしていかなければなりません。ここで重要なのは政府との一体感を確保しつつ、NEDOならではのスピード感をもっていくことです。イノベーションにはスピードが大切です。基礎的な研究開発でも、一刻の躊躇で世界をリードする機会を失うことがあります。iPS細胞を巡る国際競争は毎週のように新聞をにぎわせています。ましてや産業技術分野では、適時適切に技術開発を推し進めないと、大きなチャンスを失いかねません。図2に示すように、三層構造を貫いてイノベーションが進んでいくとして、最近のバイオやITという21世紀を支える技術をみると、過去と比べ、特に90年代を結節点として、イノベーションのスピードは格段に速くなっています。これに対し、従来の政策手法、つまり大学である程度の知識を授かった政策担当者が、高名な学識経験者及び大物の企業経営者(またはそのOB)からなる政策審議体制を用いて企画立案する方法は意味を持たなくなりました。最先端であればあるほど、直近の研究成果・知財・技術動向や、若い研究者の知見が重要だからです。例えば情報産業の将来を議論するのに、webに無頓着だったり、数年前のバージョンのOSを使っていたりする学者や経営者との議論は役に立たないでしょうから。
NEDOは幸い独法として、中期計画の範囲において臨機応変にプロジェクトを進めることができます。これを活かして如何に政府だけでは対応出来ないスピード感を確保できるかが課題です。
一方、政府との一体感というのは、かならずしも政府の指図に唯々諾々と従う、ということではありません。政府が、時には現場感覚から乖離したり、短期的思考になりがちだったりすれば、NEDOとしても臆せずしっかり意見して、一体となって戦略的に政策を進める、ということが必要です。
(3)NEDOの安定感
さらに、NEDOならではの特質は安定感です。
ここで、また「官僚たちの夏」の第一話に戻りましょう。原作にはない部分だと思いますが、風越自動車課長は、国民車構想の実現に邁進し、アケボノ自動車の社長を説得してすばらしい軽量自動車の開発を進めていく結果、名門ポストである秘書課長の内示を断りそうになります。役所の課長は普通長くて2年で異動してしまいます。大きな仕事を成し遂げるには十分な時間とは言えません。政策目的を遂行したいという気持ちはよくわかりますが、風越課長のように昇進を断ってまで実現しようとすることは普通あり得ません。たいていの場合、2年のうち、早ければ1年で成果を出そうとしがちです。このとき、弊害が顕れることがあります。こうした短期の政策立案は、時代の変化に対応して速やかに新たな政策を打ち出そうとするときは効果的に働きますが、大規模なプロジェクトや骨太の政策を実現するためには逆効果になることがあるからです。その点、NEDOには理事長をトップとした将来を見据えて安定した組織構造があり、また5年間の先を見通した中期計画があります。たとえ中間管理職が異動しても、組織としての目標は最適に維持できるのです。
(4)資源の集中
NEDOの本領は研究開発推進と新エネ・省エネの開発・普及にあります。特に最近はイノベーションの実現への体制強化を進めています。前回ご紹介した蓄電技術の開発体制などはその具体例です。本稿第20回「イノベーションとリーダーシップ」で簡単に紹介しましたが、イノベーションを実現すると言う観点では、シーズである大学等の基礎研究は、基本的に真理の探究を目的にしており、出口(新製品、新サービス)を求めているわけではありません。したがって、大学の行う研究に「選択と集中」を課すのは結果的にイノベーションの芽を摘むことになりかねません。なるべく幅広い層の」研究人材に資源を投入し、ある意味では、宝くじを当てるような気持ちで画期的な研究成果を求めるべきものです。選択と集中は、むしろそうして出てきたいろいろな研究成果の中から、国民経済上重要と思うものをピックアップしてプロジェクト、つまり「るつぼ」に投入していくときに課すべきでしょう。
一方、こうしたイノベーションターゲットの洗い出しには、しっかりした鑑識眼と、科学的な学術俯瞰の手法が必要です。NEDOは、東京大学イノベーション政策研究センターと科学的な俯瞰手法の開発に取り組んでいます。
(5)NEDOの底力の確保−人財力
NEDOには1000人に近い人材が産学官から結集しています。ただし、経産省からの出向者や企業からの出向者の多くは2〜3年で異動していきます。したがって、NEDOの屋台骨は、理事長以下役員と、それを支えるNEDO採用の職員たちと言えましょう。上述のようなNEDOの役割と機能を発揮していくためには、NEDOの中に底力を蓄えていくことが重要です。この場合、必要なのは、人財力・イノベーション力です。このような底力は、座学だけでは獲得できません。
現場の経験を積んで、周りの環境が厳しくなればなるほど、力を発揮する、そうしたプロセスが必要です。あるいは、火事場の底力、と言っていいでしょう。鉄火場の様な現場にいればいるほど、平常心で大きな仕事をやり遂げられるでしょうから。「官僚たちの夏」には出てきませんが、かつて通産省では、入省2〜3年目の係長が、企業の幹部と議論しながら独りで技術開発プロジェクトを企画して立ち上げる習慣がありました。現状では、業務が多すぎることもあり、そうしたことができる役人は少なくなってきている気がします。昔のNEDOは、そうしたプロセスで立案されたプロジェクトを通産省から引き継いで、その管理をしていく、という役割分担でした。しかし、プロジェクトの企画立案から関与していかないと、NEDOの本分は達成できません。
前述のように、革新的蓄電技術プロジェクトではNEDOの職員が川崎を出て、現場の研究マネジメントに携わります。こうした「現場」経験を経て、骨太の研究開発マネジメント人財がNEDOに育っていくことを期待しています。
(6)ふたたび、政府との一体感
ナショナル・イノベーション・システムは、学界、産業界、政府組織、規制など様々な要素が絡み合ったトータルとしての概念です。したがって、NEDOがいくら最大級の研究開発推進独法とはいえ、NEDOだけで、このシステムの革新が実現できるわけではありません。政策的には、政府の様々なツールを動員することが必要です。先行研究が示すように、米国はいち早くこの点に気づき(そしてそれは日本研究の成果でもありますが)、さまざまな方策を、政府、議会、学界、産業界一致して推し進めます。その一つがプロパテント政策ですが、今日はそこまでお話しする紙面の余裕がありません。
図3に示す図下方のイノベーションシーズのところは、政府の中でも、日本学術振興会やJSTが中心に担っています。真ん中のるつぼの創成は、これからもNEDOが中心に進めるべく努力していきたいところです。一方、図上方には誰が位置するのか。もちろん、ベンチャーをはじめ企業が存在するわけですが、それに対する政府の取り組みはなかなか難しいことでした。本年7月にいよいよ株式会社産業革新機構がスタートします。経済産業省の西山圭太産業構造課長、佐藤太郎企画官(役職は当時)が現場に立って制度設計をした期待の組織です。そこには、NEDOの業務の外縁にある、イノベーションの最終的実現のための支援業務、たとえば金融措置などが詰まっています。この機構と、たとえばNEDOのナショナルプロジェクトが一気通貫になることで、よりイノベーション実現の確立が増大することでしょう。(図4参照)同機構のCEO能見公一氏はじめとした皆様の頑張りに期待が集まっています。
「終わりに」
さぼりがちで出口さんに大変ご迷惑をおかけした、「イノベーション戦略とNEDO」も、本稿を最後に、筆を置きたいと思います。筆者は特許庁に異動しましたが、拙文により、少しでもNEDOのことをご理解いただけとすれば、望外の喜びです。
読者諸兄には、これまでのご愛顧を感謝するとともに、引き続きNEDOを叱咤激励していただき、日本のナショナル・イノベーション・システムがより一層すぐれたものになるようご支援いただきたいと思います。
短い三年間でしたが、ありがとうございました。これからは、知財担当として、ナショナル・イノベーション・システムの確立に貢献できればと思っています。
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