第22回 NEDOイノベーション戦略の総括−官僚たちの夏は熱い!


 梅雨明けもまだだというのに、東京も暑くなってきました。暑い夏といえば、日曜日のTBS「官僚たちの夏」ご覧になっていますか?風越課長、かっこいいですね。もちろん、演ずる佐藤浩市がかっこいいことも言うまでもありませんが、個人的実感からすれば、通産省の課長や課長補佐にはこういう熱くてかっこいい人が多かった(多い、といいたいところですが)。


 佐藤浩市が腕まくりして、夜の本省庁舎の雑然とした執務室でたくさんの部下と一緒に仕事をしている風景は、番組スタッフがちゃんと「時代」考証をしているな、と印象深いものがあります。私が最初に通産省に配属されたのは、この時代より20年後のことですが、今は取り壊された旧・本館(現経産省の中庭、農水省側にレトロなビルが建っていました)の、むし暑く、心も熱い夜を鮮明に思い出しました。佐野史郎扮する新聞記者が言っていた「通常残業省」という言葉は、我々の時代も生きていたのです。そして、佐藤浩市たちが叫ぶように、我々は国のためなら何でも出来る、しなくてはいけない、そういう気概だけで冷房の切れた暑い夏を乗り切っていたような気がします。


 さて、この連載を始めてから足かけ三年、つまり私がNEDOに来てから丸三年が経過しました。このあたりで、これまでご紹介してきたNEDOイノベーション戦略を総括していきたいと思います。


「NEDOの機能と役割」
 復習すると、NEDOは、2003年に独立行政法人(独法)に生まれ変わり、その機能がそれまでと大きく変わってきました。さらに言えば、2001年の政府の行政改革により、通商産業省が経済産業省に再編されるに伴い、産業技術政策を担っていた工業技術院が廃止され、その業務の一部が同じく独法・産業技術総合研究所とともにNEDOに移管されたことがあって、NEDOは日本最大級の研究開発推進独法となりました。


 正直申し上げて、私はNEDOに出向する前は、NEDOのやることがよくわからず、あまり気に入っていませんでした。何故なら、経産省の原課が汗をかいて財務省からとってくる予算が、NEDO計上の運営費交付金になったとたん、執行の権限は全てNEDOに移るものですから、NEDOが虎の子の予算を「勝手に」遂行してしまうと思っていたからです。これは、ある意味正しい感情、ある意味誤解でした。NEDOに来て初めて理解したことです。


 独法は、独法通則法に基づき運営されます。通則法では、それまでの特殊法人などの政府機関と異なり、いくつかの特色ある規程があります。  大きな仕組みとしては、以下の3点です。(2005、「改訂 独立行政法人制度の解説」p.7-8、第一法規株式会社)


・ 業務の効率性・質の向上
 中期的な目標管理、第三者による事後評価、企業的経営手法など
・ 法人の自立的業務運営の確保
 法人の長への権限の集中、主務大臣の過剰な関与の排除など
・ 業務の透明性の確保
 情報の公開


 具体的にはどういうことか。NEDOは、国立大学法人と同じく、「運営費交付金」が主たる財政基盤です。この資金による業務の執行は、主務大臣の定める中期目標、同じく認可する中期計画に基づき行われ、毎年度及び中期目標期間終了後第三者委員会による事後評価が厳しく行われます。年度ごとの計画は、主務大臣に届け出をします。言い換えれば、中期計画の範囲内で自立的に業務を執行し、その状況を逐一公開し、業務の終了後には、第三者(現行法では経済産業省独立行政法人評価委員会NEDO部会)から厳しく評価され、その結果必要があれば、業務の見直しをする、ということになります。


 この制度は、我々のような研究開発の最前線に携わる独法には、極めて適したものでした。すなわち、研究開発は生き物であり、現場で刻々と動いています。あらかじめ決められた通り開発が進むこともありますが、たまにはとてもうまく進んだり、あるいは滞ったりして、予定通りには進まないことが常です。こうした現場の状況に合わせて、予算の執行を含め臨機応変に対応することは、特殊法人時代にはできないこと、ましてや経産省本体には制度的に難しいことでした。上述の「ある意味正しい」というのはこうした点です。独法通則法により、経産省は研究開発の執行をNEDOの責任に委ねたのです。従って、個別のプロジェクトの採択は、それが与えられたNEDOの目標に沿い、認可された計画に基づき、その責任に於いて行われる限り、原課の課長といえども、その決定に委ねることが法の精神です。


 一方、「ある意味誤解」というのは、NEDOが行う事業は、国家政策、経済産業政策の一環であるということです。NEDOの目標や計画は、国、経済産業省の大きな政策の方向に沿っています。NEDOはあくまで政府の一員であり、あたりまえのことですが、同じ船に乗っています。NEDOが予算を勝手に遂行するということはあり得ません。国家戦略に則って行うことはもちろんです。しかしながら、現場レベルのマネジメントは、第一線で戦っている現場の兵隊に任せなさい、ということではないでしょうか。


 もう少し解説します。本稿第12回「イノベーション「戦略」とは」(図1参照)に示すように、ナショナル・イノベーション・システムの戦略においては、国家のリーダーが国家理念としてイノベーションの重要性を示す大戦略から、国としての資源配分方針を定める軍事戦略が本省、内閣府及び官邸の主な役割分担と言えます。一方、独法や大学の配置と運用(作戦戦略)、研究開発プログラムの執行(戦術)、具体的なプロジェクトマネジメント(技術)にかかるレベルはその道に長けた独法に委ねることが妥当と言えます。


 予算を運営費交付金としていただいたからには、それを効率的・合理的に執行していくのは、NEDOの役目であります。本省の方々は、国家の理念を示し、大きな政策の方向を定めることに専念して、ミクロなプロジェクトマネジメントはNEDOを信頼してお任せ下さい、ということです。NEDOはその信頼に応えるだけの力を蓄えているかどうか、これはまた別の問題で、次稿に譲りたいと思いますが。


「NEDOへの厳しくも適切な評価」
 こうして、「自立的に」業務を行った後、独法において最終的に評価を受けるプロセスでは、我々としては業務の質の向上の確認ができるというメリットがあります。NEDOはおかげさまで独法化以来「A」評価をいただいてきました。独法を巡る厳しい経営環境の中で、NEDOは期待以上に業務を遂行している、NEDO部会長の岸輝雄先生のお言葉をお借りすれば、「この5年間、NEDOとしては、よく変化に対応しつつというか、自らを変化しつつ、非常によくやってきていただいたのではないか」との評価です。この「よく変化に対応しつつ...自らを変化しつつ」というところが、お褒めの言葉としてはとてもうれしく感じます。NEDOの経営が世の中の動きに対応して、一日も滞ることなく、日々改革、向上していることをご評価いただいたと思っています。この専門家の委員からなる第三者評価のプロセスがあることが、NEDOの様々な業務改革推進に役立っていると言えます。なお、我々としては最高評価のAAを目指して日夜頑張ってきたところですが、主要な業務である研究開発執行のところはいざ知らず、例えば、制度上不可避ではあるものの見かけ上「欠損金」が生ずる点など、財務面等の評価の比重も低くないため、全体としてはこうした評価になっています。なお、人件費の抑制、一般管理費の抑制等は、20年度では優等生でした。


「NEDOには何が期待されているのか」
 こうした「優れた」独法制度のもと、NEDOへの期待は何でしょうか。昨年度の独法評価委NEDO部会では、第一中間目標期間(2003〜7年度)においては総合でA評価をいただきつつも、研究開発については、「この方向で本当にいいのかどうか。特に技術シーズの発掘というところは非常にうまくいっているという気がする一方、これが本当に産業につながり、国際的な力になっているのかということの非常に強いチェックが必要になるのではないか」との指摘をいただきました。また、新エネルギー・省エネルギーに関しては、「これは国の政策、経済産業省の政策そのものであるので、それについては非常によくやってきたが、全体は若干総花的になってしまっており、今後は政策の実施から、政策へフィードバックするNEDOの活動が必要になる」という指摘を受けました。僭越ながら、非常に的を射たご意見をいただいたと思います。


 これを受け、最近行われた20年度評価においては、委員の皆様にNEDOの新たな展開をご理解いただくよう努めました。


 第一に、エネルギー環境分野の強力な推進体制の確保です。世界的にも喫緊の課題である地球温暖化問題。これに対し、NEDOは技術開発を中心に一層貢献していきます。例えば、20年度から準備を開始した「革新蓄電技術開発」は、従来の仕組みと異なり、NEDOがプロジェクトリーダーを雇用し、マネジメントチームを派遣して自ら研究開発を進める形で行うことになりました。 https://app3.infoc.nedo.go.jp/informations/koubo/press/FA/nedopressplace.2009-02-18.9630692147/nedopress.2009-06-09.4618695028/


 第二にグローバル化の推進です。欧州のNEDOと同じようなイノベーション推進の政府機関との協力、具体的にはスペインのCDTI、フランスのADEMEとの協定を締結し、また、EU委員会本体との具体的な協力関係についても重要な進展がありました。米国とはオバマ政権のグリーン政策強化の方向を受けて、スマートグリッドの日米協力を官民挙げて進めつつあります。 https://app3.infoc.nedo.go.jp/informations/koubo/press/BA/nedopressplace.2009-04-08.8480825114/nedopress.2009-04-08.8636528732/


 これらは、日本企業のガラパゴス化を解消し、イノベーションの出口を提供しうるものと期待しています。


 また、政策当局へのフィードバックについては、例えばNEDOが研究開発、実証を手がけてきた定置型燃料電池について、国が政策的に導入補助を進めるなどの対応を進めていただいています。NEDOが国の下請けではなく、政策のパートナーであることを示した好例ではないでしょうか。もちろん、こうした対応だけで十分だと主張するつもりはありません。時々刻々変化する世界の経済環境の中、NEDOはどこへ行くべきなのでしょうか。(以下、次稿に続く)