第20回 「イノベーションとリーダーシップ」
「イノベーション・ジャパン5周年」



 今年も9月16日から三日間、東京国際フォーラムでイノベーション・ジャパンが開催されました。今年で5周年、おかげさまで日本では最大の大学見本市として定着してきました。来場者は昨年を上回る45千人以上となりました。
 今回は特別に5周年記念シンポジウムとして、イノベーション25を世に示した安倍晋三前内閣総理大臣に基調講演をお願いし、また、イノベーション25戦略会議座長の黒川清先生をはじめ、日、米、中そしてOECDの有識者をお招きし、ナショナルイノベーションシステムについて議論をしていただきました。

 安倍前総理の基調講演「国家としてのイノベーション戦略」は、大変力強いものでした。特に産業革命以降19世紀から20世紀にかけての「化石燃料文明」を担ったパックスブリタニカ、パックスアメリカーナに代わり、21世紀は「低炭素革命」の時代であり、これを制するのは新エネルギー・省エネルギーのイノベーションを制するものである、日本の新技術によるパックスジャポニカも夢ではない、と壮大なお話をいただきました。また、イノベーション・ジャパンを意識されて、大学の人材育成機能のさらなる強化など、大学改革への期待も述べていただき、満場の拍手を受けておられました。前総理の講演内容は、これも黒川清先生が中心となって編纂されている雑誌「イノベーション・クーリエ」第2号に特集される予定です。ご高覧下さい。

 安倍前総理の演説は、いまさらながら、国家のリーダーがイノベーションを深く理解し、国民に理念として示すことの重要性を想起させてくださいました。この国の行く末を案じているものであれば、イノベーションの重要性は自ずと明らかであると思いますが、必ずしも最近のマスコミの論調や将来の国のリーダーたるべき人たちの主張の中にそういう印象を受けることが少ない事を心配しています。

「ナショナルイノベーションシステム」


 安部前総理ご講演の後のパネルディスカッションでは、「目指すべきナショナルイノベーションシステム」を課題として、講演と議論を行いました。まず、OECD(経済協力開発機構)科学技術局の東條審議官より、「変容するイノベーションの実態と新たなイノベーション政策のあり方」と題し、各国のイノベーション政策やイノベーション資源の分析をもとに、講演をいただきました。最近のイノベーションの特徴として、オープンイノベーションなどのほか、ITの進展による「イノベーションの民主化」、「隠れたイノベーション」としてのサービスイノベーションの視点を指摘していただきました。次の米スタンフォード大学のProf. Dasherは、産学連携の論客として日本でも有名で、日本語で講演していただきました。米国の最近のイノベーション政策をコンパクトに紹介するとともに、日本通のDasherさんならではの日米の比較をご講演いただきました(若干伝統的な視点も混じっていましたが)。さらに、中国科学技術部(科学技術省)のJin国際司長(国際局長)は、中国のイノベーション政策を、これもわかりやすくご紹介いただきました。これまでNEDOは、中国政府とエネルギー協力を進めてきましたが、今回産業技術に関しても意見交換を始めています。そして、我が日本代表として東京大学の政策ビジョンセンター教授坂田さんからは「イノベーション学の俯瞰」をご紹介いただきました。

 これらを総括して、黒川清政策科学大学院大学教授から、イノベーションにかかるいくつかの話題提供をいただきました。特に、90年代から21世紀に向けたパラダイムの変化、すなわち、internationalからglobalへ、人材(human resource)から人財(human capital)へ、企業家から起業家へとの三題噺は、先生の持論でもありますが、わかりやすく、当を得ていましたので、その後の議論がスムーズに展開しました。

 パネルでは、不肖橋本が議事進行を行い、黒川先生の課題を基にして、国家の競争力におけるイノベーションの重要性の確認を行うとともに、最後に大学の役割の重要性をご議論いただきました。詳細は別稿に譲りますが、限られた時間の中としてはなかなか良い議論が出来たのではないかと思います。

 今回のディスカッションを通じて私個人として勉強になったと思うことは、一つには、これも黒川先生のご指摘にありましたが、globalな時代において、"national"な観点だけでイノベーションシステムの構築を目指しても意味がないということです。これは、このテーマを設定しようとしたときに石倉洋子一橋大学教授から「もう古いんじゃないの?」とご指摘を受けたことと多分同じ事だろうと思います。国家としてのイノベーションシステムの構築は重要な課題ですが、今それを超えてglobalなイノベーションシステムの中に如何に自分たちのシステムを位置づけ、組み入れていけるか、それが競争力の源泉ではなかろうか、ということではないでしょうか。

 例えば、いわゆる「ナショナルプロジェクト」はNEDOの主要な業務ですが、海外の有力な大学などの「研究資源」と協力することにより、プロジェクトの価値は数倍大きくなる可能性があります。現在NEDOでは、EUなどとの協力関係構築を進めています。これを奇貨として、globalなイノベーションシステムが日本にも構築されることを期待しています。

「イノベーションと大学の価値」


 もう一つは、Dasher教授のご指摘にあった、「大学が企業と同じ事をやりはじめたら産学連携の意味はなくなってしまう」「大学としてやるべき基礎研究があり、これが大学の価値を高めている」ということです。また、他の先生からは、大学の研究者が慣れない大学発ベンチャーなどを手がけることで、結果的に研究がおろそかになってしまう、とのご指摘もありました。産学連携はあくまで連携であって、一緒の立場ではなく、それぞれの立場から連携することに価値があるということです。

 この点、ある企業の経営者から、「昔、我が社の機械の開発には、大学の現場からの提案、指導が非常に役に立った。先生方が最先端の開発を支えてくれた。最近、日本の大学では、一部のトップレベルの先生を除き、理想の性能を出す「仕様書」を示すだけで、一緒に開発しようとの気概がうすれている。その結果ノウハウなども企業側に蓄積されて大学と組む意義がなくなってしまっている。むしろ、欧米の大学と組んだ方が意義が高い。」というご指摘をいただきました。これは、上述の事と相反するようにも見えますが、大学が大学としての機能を果たしていないことが、結果的に産学連携を沈滞させるという、同じことを指摘しているものではないでしょうか。

 これまで大学発ベンチャー1000社計画など産学連携の旗振りをしてきた筆者が何をいまさら、とお叱りを受けるかもしれません。しかし、90年代後半の産学連携の必要性を一から議論していた時代と、産学連携は当然のものとしてその内容の是非について議論出来るようになった現在と比べれば、議論が深化、進化してきたことが見て取れるでしょう。

 大学が行う(基礎)研究の意義については、こういう話もあります。大学の研究は、基本的に真理の探究を目的にしており、出口(新製品、新サービス)を求めているわけではない。したがって、大学の行う研究に「選択と集中」を課すのは結果的にイノベーションの芽を摘むことになりかねない。選択と集中は、むしろいろいろな研究成果の中から。国民経済上重要と思うものをピックアップしてプロジェクトに持っていくときに課すべきである。

 この指摘は、イノベーション戦略において、重要な意味を持っています。
 「イノベーションは三層構造になっている」というのが私の研究成果ですが、その基盤層である知の創成にかかる学術の階層と、中間層である技術を産業化する階層において資源配分方針を明確に分けていないということが上述の指摘です。
 知の創成は、学術の世界から起こるものであり、結果的に何が実現するか予測不可能な世界です。当然、成果も予見できない。一方、技術の産業化は、シーズの確かさと革新性を踏まえ出口を見据えることにより、ターゲティングして行うべきものです。このまったく異なるイノベーションプロセスを同一の重点分野基準で資源配分する意味はありません。政策の各階層に対する資源配分方針を決定した上で、その中の重点分野選定は各階層毎に異なる基準で行うべきでしょう。

 イノベーションの三層構造については、また後日ご紹介しますので、今回は図を一つお見せするだけにします。






イノベーションの戦略の三層構造

 以上、イノベーション・ジャパン2008の5周年記念シンポジウムからの啓示でした。安倍晋三前総理、黒川清先生をはじめとして、シンポジウムに関わっていただいた諸先生方にこの場をお借りしてお礼申し上げます。