第17回 「イノベーティブな人材の育成」その3【二題話】



 イノベーション戦略において、人材は何より重要です。

 日本の人材育成については、歴史的に誇るべきものがあります。教養の世界では万葉の時代から歌人を育て、無骨と言われる武士の世界でも歌や舞踏がたしなまれ、各藩の俊英をとりたてる藩校や地域の教育に資した寺子屋、さらに、明治以降の義務教育制度など、世界に冠たる人材育成制度がありました。

 戦後、こうした制度のもと、高いレベルにそろった国民からなる社会が「日本株式会社」の基盤を構成してきたとも言えます。一方、現状の教育現場を見ると、必ずしも将来を楽観できない課題が山積しています。

 最近、私のまわりで人材育成を巡る楽しい出来事が2つありました。

 ひとつめは、工藤啓氏との出会いです。共通の友人である大正大学教授、赤羽良剛氏のご紹介で、NPO法人「育て上げネット」理事長である工藤さんと、なぜか私のホームタウンの中央線沿線の駅近くの沖縄料理屋でご一緒したのです。

 「育て上げ」ネットはニート自立支援のため工藤さんが立ち上げたNPOです。今年5月21日からの東京新聞「人、街に生きる」で特集になるなど、名前を聞かれた方もおられることでしょう。お会いする前にHPを見たところ、写っている姿はいわゆるイケメンで、「なんかなー」と思いながら出かけて行ったところ、本当にイケメン。しかし(?)中身はとても確実・信念堅固でかつ情熱あふれる方でした。(詳しくはNPO法人「育て上げ」ネット | HOME参照。)

 工藤さんの、荒れている高校に直接指導に行かれ、そこの若者がなんとか立ち上がる話など聞いているうちに、社会で人材不足など嘆いている暇に、こうした若者を助けていく方が早道で政策として正しいのではないか、と考えていました。また、子供たちに「ニートになるな」と指導する前に、サバイバル技術である「金銭基礎教育」をするのだ、という話も新鮮でした。我々がMOT(技術経営人材育成)を始めたときの気持ちに似ているかもしれません。また、妹さんがフィリピンで貧しい子供たちの育児園を立ち上げているとのこと。このボランティア家族には頭が下がる一方です。

 工藤さんとは、私がサービス産業課長時代に経験した非営利法人の経営話で盛り上がりました。NPOは非営利と訳すので「儲けちゃ行けない」との迷信が国内にあります。一方、米国ではビジネススクールで「非営利法人の経営」の講義が盛んに行われるなど、非営利法人の経済社会での位置づけは明確です。要は、儲かってもいいが、(資本家に)再配分しないというのが非営利法人の原則です。学校法人、医療法人を見ればわかりますが、収入を確保し、経営基盤を確立しつつ、収益を学校事業や医療事業に再投資するというのが、こうした非営利法人の考え方です。こうした分野に規制改革の考えから株式会社参入の議論が行われましたが、これは「非営利=経営マインドが不用」との誤解を解くために、あえて仕掛けた議論とも言えます。いずれにしろ、「経営が安定している(儲けている)」非営利法人という概念は、近代社会に不可欠と言えます。ただし、どこかの介護会社と混同しないようご注意下さいね。

 もうひとつは、私が幹事役を仰せつかっている、いつものメンバーでの月一の放談会です。今回たまたま経産省の理系人材研究会の話題が提供され、理系エリートの育成問題で活発な話が行われました。会のルールでどなたの発言かはお教えできませんが、メンバーのほとんどが高等教育現場で指導をされたり、そのマネジメントをされたり、またその政策に携わっておられたりという方々ですので、その具体的な議論は大変楽しい(?)ものでした。時代の最先端を行く技術者、科学者をどう育成していくのか、日本の博士課程の教育は如何にあるべきか、企業の現場では何が起こっていてどう対処しようとしているのか、日米の人材の差はどうやって克服していくのかなど、いろいろな具体策の議論がありました。(黒川先生、今回ご参加されなかったのはきっと残念ものですよ)

 こうした議論をするにつけ、かたや高度人材、かたやニートといえども、人材育成にかかる課題には共通するもの(たとえば、どうやって水飲み場に連れて行った馬に自ら水を飲んでもらうのか)があり、また最も大切なことは、めげずに教育に情熱を燃やすことということを改めて認識しました。

 工藤さん、皆さん、どうもありがとうございました。