第11回 イノベーションと:技術経営力



 原山先生の論文に触発されて、理系文系の呪縛からの解放手段としての「技術経営力」について論じたいと思います。

 原山先生の「科学技術の推進力として新領域、融合領域が台頭しつつある今日、明確な線引きは不可能に近い。そもそも、すべての学問を二つの箱に押し込めることの意義がどこにあるのか、一考に価する。」との主張には深くうなずくものがあります。NEDOという、技術開発現場に近いところにいる者にとって、近年のイノベーションの創成に必要なものは、融合領域そのものと感じる毎日です。今日、技術における従来の分野区分、例えば大学における工学部の中の機械工学とか、電子工学などの学科構成が、それぞれ独立に産業分野と一対一に対応することはあり得ません。自動車を見れば、これが明らかに様々な科学・工学分野に支えられていることはすぐわかるでしょう。これは、かつて製鉄業が冶金工学科と一緒に育ってきた時代とは明らかに違っています。さらに、例えば最近のサービス・イノベーションの議論を踏まえれば、人文・社会も含めた様々な科学がイノベーションのエンジンになることを多くの方が気づき始めています。

 以前「イノベーション政策の系譜1」でご紹介したように、経済産業省では、21世紀に入って「技術経営(MOT)」人材育成をイノベーション政策の一環として進めてきました。この背景には、90年代に日本の製造業が研究開発投資も行い技術力も十分あると思えるのに、収益が落ち込み、米国企業と大きく差がついたことの一因が「技術経営力」にあるのではないかとの問題意識がありました。

 さらに、当時の担当者としては、まさに原山先生の指摘する「オープンでイノベーティブな社会を目指すのであれば、この二分法は足かせとなる。」ということを改革したいとの考えを有していたことをここに白状します。技術経営は、科学技術の知識を有する技術者が、技術開発の特性と経営者として必須のイノベーションモデルの特性を十分理解した上で経営を行うための基本的なスキルで、融合分野のひとつでもあります。

 MOTの発祥地のひとつといえるMIT(*i)では、現在、究極のMOTといえる、「Leaders for Manufacturing」という大学院コースがあります。これは、MITのエンジニアリングスクールとビジネススクール(スローン校)のダブルディグリーを2年間で履修するというとてもチャレンジングなコースです。もともと理系文系の区分がない欧米では、理工系や医学部を出た学生がMBAをとることも当たり前のように行われていますが、その中でも最も厳しいコースの一つでしょう。

 変革への動きの緩やかな日本の大学において、こうした融合的教育を行うには、大学院におけるMOTの創設は有効な手段ではなかったかと思います。その後、米国のヘルスケアサービス経営を調査した際、大病院では病院長が医者であってもMBAの教育を受けていることを知り、理系文系の分け方はますます合理的ではないと知りました。

 もちろん、技術経営人材が、原山先生の問題設定を大きく改善するとは言えません。しかし、大学と学生の意識改革の一助にもなれば幸せです。

 折しも、今国会に「産業技術力強化法」や「NEDO法」などの改正案が提出されます。この法案の中で、新たに「技術経営力の強化に関すること」が産技法の基本理念に追加され、さらにNEDOは「技術経営力の強化に資する助言」を業務追加しています。

 技術経営力は、解釈すれば、イノベーション創成能力そのものといえます。NEDOがそうしたことに助言する能力があるかどうか、若干自信がありませんが、今後、NEDO内に「技術経営・イノベーション戦略」の推進体制を強化するよう、様々な手だてを講じていくつもりです。


*i. 現在MITスローンにはMOTと名の付くコースはないが、スローンの教授曰く、「MBAのほとんどがMOTになってしまったので、MOTという必要がなくなった」とのことでした。