第2回 イノベーションとベンチャー企業


 イノベーションと言うのは、人それぞれに定義があると思われます。が、何らかの技術開発が前提にあって、それを製品にしていく、サービスをもたらす、あるいは社会にインパクトを与え、社会がそれを受容するプロセスを言うのだろうと、私は思います。

 「イノベーション25」でとりあげるべきテーマとしてのイノベーションといえば、一定の技術開発群が経済社会のあり様を変えるぐらいの大きなインパクトを持つものを想定すべきではないでしょうか。

 なぜなら、歴史を振り返ってみると、産業革命以来、資本主義社会がそのあり様を大きく変えてしまうような技術革新は蒸気機関の発明、鉄道の敷設、自動車の発明等々枚挙に暇がありません。これから2025年までの期間を考えた時に、そういった、社会システムを変えるぐらいのインパクトを持つイノベーションに焦点を当てて、議論を深めるべきだと思います。では、具体的にそれは何かと考えると、ひとつはITで、もうひとつはバイオの分野だと思われます。

 しかし、我が国で科学技術の議論をする際には、この2つだけが重要分野として絞り込まれることは普通ありません。例えば科学技術基本計画の策定作業のプロセスでは、必ず基礎分野が大事という指摘があり、その一方で逆に応用分野が大事という風に論争が始まって、結局は両方とも大事でバランスよく進めていきましょう、という結論に落ち着くケースが目に付きます。また、重点分野についても、これも大事、あれも大事ということで、抜けているものはないかというような視点からチェックする人がいて、せっかくの計画が総花的になることが往々にしてあります。

 そうした構造がどこから来るかといえば、大学の学部・学科の構成とか学術会議の学会とかに非常に古い科学技術分野が残っていたりすることが背景にあるのだと、思います。最近の国立大学の独法化や少子化の影響で経済社会の変化に対応した学科構成は、急速に進みつつあると思いますが、それでもやっぱり抵抗勢力は頑強でオールドインダストリーを切っていくっていうのは、なかなか難しい。

 こうしたことは行政サイドにもあって、例えば経済産業省の個別産業を所管している原課と呼ばれる課の構成をみても時代の変化にベクトルを合わせていますが、それほど劇的ではなく、配分されている技術開発予算も各々の原課の課長が頑張ってしまう結果、重点化がなかなか進まないという弊害に陥ります。

 すなわち日本では市場メカニズムが働かないという分野では、イノベーションの変化に応じて大きな構造変革が起こりにくい。これに対して、アメリカでは大学の研究者の数なんかも、バイオが重要というと急速にバイオ学者が増えたりというように、ダイナミックな社会です。中でも端的に現れるのは、ベンチャーキャピタルの分野別投資先で、これは市場メカニズムが完璧に働いて、すなわち儲かるところにしかお金が動かない、ということで重点のバイオとITを足すと80%にもなってしまいます。

 VECのベンチャーキャピタル調査でも、アメリカのNVCAの調査項目をそのまま翻訳して使っていますから、去年までは「バイオ・IT・その他産業」っていう分類になってたように、アメリカではもうそれ以外は調べる価値がないぐらいの状況になっている訳です。平均的には年間2兆円の投資額がある米国VCの資金の8割がこの2分野に投入されてるということは、画期的なイノベーションというのはここで起こっていて、それがここ数年のうちに大きなビジネスになるという企業群がそこに集中しているということの裏返しな訳です。

 ナノテクノロジーという分野は、一応重点分野だと言われてますが、これはITやバイオを支えるパーツであって、それ自身が世の中そのものを変えるというふうには直結しない技術です。市場メカニズムが働かなくて組織の改廃がなかなか進まないって言う構造を維持している日本経済においては、ベンチャーキャピタルの投資先でみても、結構バランスしていていろんな産業に満遍なく投資がなされ、しかもシーズ、アーリー段階からレーターステージまで、これもバランスしているという際立った特徴を見せています。

 ただ、アメリカの場合は極端で、オールドインダストリーには設備投資の資金が行かない。例えば、製油所なんか、この30年間設備投資されていないので、ちょっとハリケーンが襲って壊れてしまうと、たちまちその余波でガソリン価格が高騰するというような現象が起きてしまいます。アメリカが全て良いということは決してないのですが、少なくとも世界のフロントランナーであるアメリカ経済が前進を続けていくためには極端に重点化して知の最前線に資源配分しているという状況を見ていくことは非常に重要じゃないかと思います。

 ちなみに、我が国においても、市場メカニズムがかろうじて働いていると思われるデータは、大学発ベンチャー1500社のうち、バイオ関連が40%、IT関連が40%となっているという点です。我が国の知の最前線にいる大学の先生方が起業しようとする時、その優位性が発揮できるのは、技術革新が急速に進んでいる分野に限られてくるのは当然ですので、この2分野に大学発ベンチャーが集中するのは偶然ではありません。

 しかし、大学発ベンチャーは、我が国のコンセンサス重視社会の中では突出した試みである故、注目を浴びるとともに、我が国イノベーション環境の問題点も象徴的に表れているという側面は否めないことと思います。次回以降、各分野毎に将来展望と問題点を指摘していきたいと思います。



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