第1回 「大学発ベンチャーそれぞれの課題」
 この10年、我が国経済が長期に亘り停滞を示す中で、ベンチャー企業に対しては経済活性化につながるような新規事業、新規産業を生み出す特効薬として大きな期待が持たれ始めた。とりわけ、米国のシリコンバレーやボストン地域において、大学からスピンアウトしたベンチャーが次々と成功を収める中で、先端的な技術をベースとする大学発ベンチャーに対する期待が我が国においても高まったことは当然であろう。

 そのような中で、平成13年に「大学発ベンチャー1000社計画」が出されたことは皆様も良くご案内の通りである。この計画は、政府が大きな予算を付けるわけでもなく、大学教員、産学連携関係者等に対する強力なメッセージ、さらには、大学自身の変革を呼びかけるものであったといえる。それに加えて、役員兼業、株式会社の最低資本金規制特例措置(いわゆる1円起業)といった周辺の環境の変化もあり、昨年3月の時点で1,112社まで急速に拡大して来た。勿論、大学教員等のこれまでの蓄積が前提であったことが、このような急速な進展をもたらしたことは事実である。そして、金余り状態にあると揶揄され始めたキャピタリストも含め、ベンチャー支援者達が大学発ベンチャーに関心を持ち始めたのも大きな変化である。一言で言えば、これまで押さえられてきた関係者達の内なるエネルギーを解放したことは、まちがえもない事実であると言えよう。

 1,112社まで拡大した大学発ベンチャーであるが、その全体としての活動状況を見ると、既に売上げで1,600億円、雇用者で1万1千人にまで上っている。そして、現時点でIPOまで至ったベンチャーは12社あるなど、それなりのレベルまで達していると言っても良いのではなかろうか。そして、よく大学発ベンチャーが拡大したと言っても、多くは政府資金で丸抱え出はないかとの指摘もあるが、期待先行だとしても、既に1400億円の民間からの投資を集めているという点は注目に値しよう。

 一方で、多くの大学発ベンチャーにおいて、現時点では経営面で必ずしも順調に展開しているという状況にある訳でもなさそうである。経済産業省の行ったアンケート調査では、半数以上の大学発ベンチャーが主要製品の研究開発段階にあり、未だ収益を上げるどころか収入を得る状況にもあるということが明らかになっている。更に、大学発ベンチャーの中には、ビジネスを展開していくという訳ではなく、教育の一環として学生にビジネスの場を経験させることを目的に設立されたものもある。これ自身、各種の規制・慣習が残る現在の大学を取り巻くシステムの中では一つの割り切りかもしれない。ただ、企業からのコンサルタントの受け皿的なものについては議論の余地があろう。また、大学発ベンチャーそもそも大学との緊密な関係が売りでもある訳だが、逆に、大学における研究の成果を当該教員が役員兼業をする大学発ベンチャーのものにしてしまう等の問題も指摘されている。

 大学発ベンチャーは、約25%が大学教員や学生が社長を務めており、ビジネスの経験が不足しているが故に抱え込む問題も多いようである。これはある程度仕方ないことかもしれないが、例えば、立ち上がりの段階で周りに適切なアドバイザーもおらず、考えられない株主構成になっていたり、急速に成長を遂げIPOを急ぐあまり、一般投資家の信頼を無くしてしまう状況を招くようなことがあってはならない。これは、大学発ベンチャーのみの問題ではなく、周りで支える関係者、支援者達の大きな課題でもある。つまり、大学発ベンチャーは、周りから積極的な支援を受ける状況にある中で、アカウンタブルである必要がある。

 物事は、常に"光と影"の側面を有しているが、このコーナーでは、大学発ベンチャー取り巻く色々な要素について読者の方々も含め共に議論し、日本的な環境の中で如何にうまいシステムを形作っていくべきかについて考えて行きたい。