第9回 「カナダって面白い!」の巻

 ワールドカップが始まりました。日本は初戦、残念な試合を落としましたが、次のクロアチア戦、ぜひ勝利をもぎ取って欲しいと思います。前回のワールドカップの時、読者の皆様の多くは、リアルな興奮を伴いつつ、日本及び韓国での試合を観戦しておられたことと思いますが、私は当時、外務省に出向して在カナダ日本国大使館の参事官を務めており、カナディアンロッキーの一角のカナナスキスという場所で行われた先進国首脳会議(G8サミット)の準備及び本番のさなかでのワールドカップでした。ドイツが決勝まで残ったので、当時のシュレーダー独首相が、サミット終了後日本に行って決勝戦を応援したいので日本代表団の帰国便に同乗させて欲しいと希望されたのを、小泉首相が快諾されて、サミットの全日程が終了した翌日、シュレーダー首相と小泉首相を相次いでお見送りした爽やかな朝のことを今でも鮮やかに思い出します。今回は、国際的なブランドの確立という観点から、我が懐かしの任国カナダと関西とを関連づけつつ書いてみたいと思います。

 カナダという国は、隣の超大国との関係を抜きにしては語れませんが、国際的なブランド確立という観点からのカナダの悩みは、世界中の多くの人々が、カナダ人やカナダの産業・技術を、ともすると米国人あるいは米国の産業・技術と思ってしまうことにあると思います。私もカナダに赴任して知ったのですが、歌手のセリーヌ・ディオンや俳優のマイケル・J・フォックスはカナダ人です。先年、惜しくも亡くなった米ABCの名キャスターのピーター・ジェニングスもカナダ人ですが、米国の放送界では、最も美しい英語を喋るのはカナダ人という定評があるそうです。また、カナダのIT技術が無ければ、ジュラシックパークを初めとする特撮映画はどれも作ることができないと言われています。しかしながら、こういう人々や技術が生かされて世の中に出てくるときは、ハリウッドやニューヨークといったところが舞台になっているため、大概の人々は、米国のものとして認識してしまいがちです。

 また、そもそも北米大陸で隣り合う米国のカナダ認識にも、改善の余地が大いにあるように思います。私、一度、米国人の1/3(2/3だったかも)は、カナダという国の存在を知らないというテレビ番組を見て仰天しました。しかしながら、米国の教育現場の見聞経験があるカナダ人から聞いた話で、信じられないという思いを抱きつつも納得した次第。彼女曰く、ある米国の学校で用いられていた北米の地図を見て驚愕した由。なぜなら、その北米の地図には、米国しか無かったそうです。

 さて、実のところ、カナダと関西とは経済規模ではほぼ同じですが、だからと言って、この国際的なブランド確立という課題に関し、国家であるカナダとそうではない関西とを同列に論じるのは不適切かもしれません。日本人が、カナダという国はもちろん知っているし、トロントやナイアガラは知っていても、それらのあるオンタリオ州についてはあまり知らないのと同様に、カナダ人も、日本という国はもちろん知っているし、京都や大阪は知っていても、関西についてはあまり知りません。しかしながら、親しくさせて頂いているマクレラン在大阪カナダ総領事が仰っているように、「多種多様な経済・文化を持ち、沢山の魅力を有する関西が、もっと国際的にアピールできるようになることは、日本全体のためにも良い。」と思います。同総領事は、かつて東京のカナダ大使館にも勤務されたことがありますが、彼曰く、「関西は東京圏に比べ、ずっと多様性に富み、魅力的」とのことで、この関西の良さを少しでもカナダの経済界に浸透させていきたいと仰っています。

 関西の国際的ブランド化に際しては、この多様性のアピールというのが一つのヒントかなと思います。もちろん、関西という統一されたコンセプトの中での多様性アピールということですが、その際には、カナダという国の行き方は参考になるかもしれません。カナダには、多数派である英語系の国民と少数派であるフランス語系の国民がおり、また同じ英語系の国民でも、太平洋岸の地域と中央部の地域とでは、支持政党が伝統的に全く違い(本年1月の久々の政権政党交替をもたらした総選挙では、少しは違いが減少したかもしれませんが)、日本列島で例えて言うと、北海道・東北地方の方々の支持政党がA、関西地方の支持政党がB、それ以外がCという感じでくっきり分かれている状態で、そういう国民が、メイプルリーフの旗の下では結集するように統治されているという国です。もちろん関西は、各府県毎の言葉や支持政党の違いがカナダほど大きくはないですが、一方では東京圏にはない多様性があるように思えます。それでは、関西を括るコンセプトとは何でしょうか?

 これに関し、先日、川勝平太国際日本文化研究センター教授の興味深いお話を伺いました。私が特に面白いと思った点を要約すると、「日本の経済規模はカナダの約6倍。そこで、カナダ並みの経済規模を持つ6つの地域に分けていくとすると、北海道プラス東北、東京を除く関東、東京、中部、関西、中国以西の西日本となる。しかし、東京とそれ以外の関東とは、関東平野に属するという文化的景観に鑑みれば、分けられない。また、3大関所の関ヶ原、鈴鹿、安宅に代表される関所が関西以西にはなかったことに鑑みれば、関西とそれ以西も分ける必要はない。それなら、関西以西の西日本の文化的景観とは何か。海である。瀬戸内海を取り囲む津々浦々である。」文化的景観とは、一昨年、紀伊山地の霊場と参詣道が世界遺産に登録される際に、国際的に通用することになった言葉だそうで、人間の生活と自然の景観とが融合された概念だと私は理解いたしました。4月6日の日本経済新聞の経済教室に川勝教授が書かれていますので、詳細はそちらを御覧下さい。ちなみに、同教授は、北海道プラス東北の文化的景観を森とされ、国家としてのカナダに擬しておられますが、カナダ人と話すときには、森と湖に囲まれた美しい国ですねと言うだけでは物足りない思い(カナダ人はできた方が多いので、物足りなげな顔はされませんが)をされますので、私が上述したことの他、美味なアイスワインとか、バラード社の燃料電池とか、オイルサンドとか、ボンバルディエ社の航空機(最近、トラブル話を良く聞きますが、しっかり!)とか、併せて語って頂けると良いかと思います。

 そうは言いつつも、森の国というのは、私のカナダの首都オタワでの生活実感にぴったりです。何せ、自宅の庭に毎日リスが現れるんです。夜はしんと静まりかえって、風が揺らす微かな木々の音が良く聞こえるし、冬だと、雪の青白い光に囲まれます。6月及び7月は世界最高水準の生活環境だと思いましたが、長〜い冬は、正直、赤提灯が恋しかったし、都会の雑踏すら懐かしく思いました。けれども、皆やはり祖国が良いと言うことか、日本での勤務が終わって帰国したカナダ政府の知人は、「日本は素晴らしい国だった。だけど、一点だけ克服できなくてある病気になった。オタワに帰ってきてほっとしている。」「病気ってホームシック?」と私が冗談で返すと、「いや、スペースシック(space-sick)。」本当に、カナダって面白い!