第２回 「コオロギって面白い！」の巻
前回、出口さんとの初めての出会いが共に講演者として出席した会場であったことを書きましたが、このように、講演、パネルディスカッションや来賓挨拶等で管内各地に出向く機会が多く、そういう際、自分が話すだけでなく、多くの方々の話を聞く機会にも恵まれます。今回は、昨年１年間に聞いた話の中で、最も面白かったものに関してです。
昨年１０月に積水化学工業（株）京都研究所で、”自然に学ぶものづくりフォーラム”という催しがあり、同社の知人の方に誘って頂いて、京都研究所を見せて頂くことと併せて同フォーラムの講演を聴講しました。このフォーラムは、積水化学工業（株）が２００２年に始めた研究助成プログラムの当該年度分の決定に併せて、過去に助成対象となった研究について講演が行われるというものでした。講演者は長尾隆司金沢工業大学教授で、テーマはコオロギから学ぶ３億５千万年の智恵、副題がキレるコオロギ、飛べないコオロギとなっていました。素直に白状しますと、コオロギの話を聞いてもなあという気持ちで臨んだのですが、「私には２つ自慢できることがあり、一つは毎日３（２だったかも）時間しか寝ていないが元気でいるということ、もう一つは、九連宝塔を純粋な九面待ちで上がったことがあるということです。」というつかみで文字通りつかまれ、続く本題の間中、釘付け状態でした。
さて、本題についてですが、長尾研究室においては、コオロギを、自然界と同様に集団の中で育成するものと、１匹ずつ隔離して育成するものとの二種類の方法で育成しており、後者のコオロギをインターネットコオロギと呼んでいます。普通コオロギ（前者）の場合、オス同士を向かい合わせると、睨み合ったり威嚇的行動をし合ったりした後、敵わないなと思った方が相手に尻を向け、それで一件落着ということになるそうです。ところが、普通コオロギとインターネットコオロギとを向かい合わせて、普通側が尻を向けると、インターネット側は襲い始め、最後には普通側を殺してしまうのです。そのさまをビデオで見せられ、慄然としました。ちなみに、インターネットコオロギを普通コオロギの生育環境に入れると、次第に普通コオロギの行動様式になっていくということでした。
次に、飛べないコオロギの話ですが、本来、コオロギはアフリカの食糧が乏しい地域の原産なので、東京大阪間を無着陸で往復するだけの飛行能力を持っているのだそうです。ところが、何と長尾研究室のコオロギは飛べなくなってしまったのです。長尾先生曰く、７００万円以上もする空調設備による快適な室温、良好な餌、交尾も思うがままという至れり尽せりの生活環境にいることが、本来コオロギが持っているはずの飛行能力を失わせてしまったと。
更に、贅沢コオロギと貧乏コオロギへと話は続きます。コオロギが大好きなキュウリ等の生野菜を餌とすることを贅沢、そうでない飼料を餌とすることを貧乏と定義し、①常に贅沢、②基本的に贅沢だが、たまに貧乏、③贅沢と貧乏が半々、④基本的に貧乏だが、たまに贅沢、⑤常に貧乏の５つのグループに分け、コオロギを育成します。さて、どのグループのコオロギが、最も優れた生命力の強いコオロギとなるでしょう？と長尾先生が会場に向かって質問されました。
最後に、長尾先生は、「私は、コオロギ自体を知ることを最終目的として研究をしているのではなく、ヒトのことをより良く知りたくてコオロギを研究しているのです。」と述べて講演を締められました。先生によると、コオロギの脳は人間の脳の百万分の一の能力しかないが、神経系の情報処理の仕方は、コオロギも人間も基本的に同じだそうです。
実は、このフォーラム終了後、その足で京都駅から福井へ出張したのですが、夕陽に染まる美しい琵琶湖を眺めながら、ずっとコオロギの講演を思い出しつつヒトのことを考えていました。現在の日本で、キレてしまって引き起こされたと報じられる数々の事件、ベストセラーの”ケータイを持ったサル”にもあるような、携帯電話を活用しているというよりは携帯電話に依存し切っているように見える現象等々。けれども一方で元気を頂いた思いがしたのは、最後の質問の答（正解は④）。自分の生き方（そして、たぶん、多くの日本人の生き方も）をコオロギが裏書きしてくれたような思いがしました。大阪に戻って当局の職員たちにもこの講演の話をしましたが、皆、共感してくれたようです。先月末、そのうちの一人で産業人材政策を担当していた職員が産休を取るので送別会を催した際、かつて話したコオロギの教えを良く守り、強くたくましく、ゆくゆくは日本の役に立てるような人材に育てて下さいと言って送り出しました。GWに出産予定と言っていたので、改めて彼女にエールを送りつつ、私の方は、GWの一日ちょっと贅沢して、極めて美味しい近江牛を頂きに出かけようと思います。本当に、コオロギって面白い！
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