第10回 「地域ブランドって面白い!」の巻

 梅雨の季節です。梅の実が熟する時期に降る雨なので、梅雨と言うのだと思いますが、「梅雨の季節ですね。」と言われて、「良い季節ですね。」という反応をされる方はあまりいないのではないでしょうか。けれども、文字通り、梅が、それも大粒の南高梅が、天から雨のように降ってくる様を、想像してみて下さい。豊かな気持ちになってきませんか?現に、今、書いている私がそうなのですが、豊かな気持ちになるとともに、口の中にはアミラーゼが満ちてくるのがわかります。梅雨でうっとうしいなあという思いにとらわれている方は、一度、お試し下さい。本日は、地域ブランド、地域団体商標についてです。

 先程の南高梅、和歌山県のみなべ町にある南部高校の先生が研究された梅なので、南部高校の梅という意味で命名されたそうであり、現在、地域団体商標を取得すべく出願が行われています。私は名前の由来こそ関西に赴任してきて初めて知りましたが、この美味なる梅については、かなり前から知っていました。私は、一度これを食べたら他のものは食べられないという表現がTV番組等で使われると、何だか嫌な感じがしますし、実際、そこまでの思いをした経験はほとんどありませんが、この南高梅に限っては、初めて食べた時、そう思いました。甘く、酸っぱく、濃厚な味のする果肉。従来の梅干しとは全く違う食物に思えました(おっと、また、アミラーゼが)。南部梅林は日本一の梅林ということで、3月初めに観梅に出かけてみましたが、山また山が真っ白な梅に覆われ、梅の香りが満ちていて、どうして梅源郷という言葉はないのかなと思ったほどでした。

 地域団体商標制度は、地域名と商品名からなる商標(地名入り商標)について、事業協同組合や農業協同組合によって使用されてきた結果、例えば、複数都道府県に及ぶ程度に知られている場合には、地域団体商標として登録を認めるという形に法改正が行われ、今年度からスタートしています。法改正前は、全国的な知名度の獲得が必要だったので、夕張メロンや西陣織といった少数のものにしか地域団体商標が認められていなかったのですが、今回の改正により、より早い段階での登録が可能になりました。新制度が始まって以来、全国各地から出願が行われていますが、歴史と伝統と文化を誇る関西からの出願シェアは断トツで約4割を占めています。

 私ども近畿経済産業局では、今年度からの上記改正を見越して、昨年度から、地域ブランドの確立による地域経済の活性化に向けた動きを関西各地で盛り上げるべく努力してきました。その過程で出会った地域ブランド確立に情熱を燃やされている方々の中から、お二人を御紹介しようと思います。

 まず、大阪の泉州タオル。泉州と言えば、美味なる水茄子が有名です(またアミラーゼが)が、タオルもそれに負けないブランド作りを目指しています。中心人物は、大阪タオル工業組合の重里(’じゅうり’とお読みします)豊彦理事長で、泉佐野市のツバメタオル(株)社長でもいらっしゃいます。当局が行った地域ブランドフォーラムでの素晴らしいプレゼンテーションに感激し、同社に伺わせて頂きました。同社のタオル作りの基本姿勢は、身体に安全なタオルを、環境への影響を最小限にしながら作るということです。枯葉剤等が使われていないエジプト等の手摘みの綿だけを用い、糸を織る際に使用する糊はジャガイモから作った天然糊とし、糊落としや精練等の工程では、化学薬品を使わずにアミラーゼ(!)類似の酵素を用いるというやり方で、タオルを製造されています。確かに、タオルって素肌や口元に触れるものなのに、重里氏に出会うまで、その身体への影響には全く思いが至りませんでした。こうした健康と環境のためのタオル作りを泉州全体で行おうとしておられ、また、アンテナショップやHP等を通じての消費者への直接の働きかけ、同じ泉州にある関西国際空港の開港記念日における泉州タオルの無料配布キャンペーンの実施等、泉州タオルのブランド確立のため大車輪の働きをされています。

 もう一つは、兵庫の播州織。播州織は約200年の伝統を誇る織物ですが、安価な輸入製品による打撃を乗り越えて、高付加価値の製品作りによる産地の復活を目指す動きが進められています。中心人物は、西脇市の(株)片山商店の片山象三社長です。消費者ニーズの多様化が進む中で多品種少量生産を行いたいものの、従来の作り方では、縦糸の取り替え作業に3日かかり、時間やコストの面で大きな課題になっていたところ、片山社長は、1本の糸に異なる種類の糸を最大9種まで自動的につなぐことが可能な革新的な機械を開発されました。西脇市にある兵庫県の繊維工業技術支援センターに毎日通い詰めだったんですよと、にこやかに語って頂きましたが、播州織、さらには、国内の繊維産業全体への熱い思いをひしひしと感じました。この世界初の複数柄同時生産システムは、昨年の第1回ものづくり日本大賞内閣総理大臣賞を受賞しましたが、他にも、当省の技術開発予算を活用された斜め織織機の開発等、挑戦を続けていらっしゃいます。ちなみに、このコラムで何回か御紹介した「元気なモノ作り中小企業300社」の本にも掲載されております。

 さて、最後に、関西の方ではありませんが、地域ブランドと言うと、私が真っ先に思い出す方のことを。ゆるりとお休みのところ恐縮ながら、暫し天国から降り立って頂いて御登場頂くのは、中田鉄治元夕張市長です。石炭産業で栄えた夕張の、石炭産業なき後の再生を、次々とプロジェクトを展開してぐいぐいと進めて行かれました。冬の夕張映画祭に夏のスポーツ合宿招聘。炭鉱跡地を活用した”夕張石炭の歴史村”の博物館では、炭鉱労働の模様がジオラマになっていて、労働者をかたどった人形が喋るんですが、おや、この声は?と首をかしげた途端、「それは私の声。」と中田氏。そして、やっぱり夕張メロン。夕張の自然条件を徹底的に研究してメロン産地を目指すことを選択し、品質管理を徹底してブランドを確立して行かれました。一度、中田氏に、「夕張の周囲の地域でも似たような自然条件だと思うところ、それらの地域で作られたメロンと夕張メロンでは価格は全然違いますが、味もそんなに違うのですか?」と質問したら、笑いながらあっさりと「味は違いませんよ。」とお答えになったのが印象的でした。それでもやっぱり夕張メロンをというのがブランドの持つ価値なのだなと思いました。中田氏に教えて頂いた夕張メロンの最高の食べ方というのも忘れられません。夕張メロンを半分に切って、種を取り除いた半球状の空洞に、夕張メロンで作ったブランデーを満たせば準備OK。あとは食べるのみです(またまた、アミラーゼが)。約10年前、当時の通商産業大臣が夕張を訪れた際、随行者(私もその一人でした)も含めて、このレシピで夕張メロンを頂きました。頂いた後、千歳空港に向かう随行者用のバスの中で、空港に直行ではなく、もう一個所、寄る場所がある旨をアナウンスした私と某当省幹部(当時)とのやり取りで今回は締めたいと思います。その幹部、にやっと笑いながら、「山城君、まだ仕事が残っているのかい?」「はい、あと一件。」「普通、メロンを頂いたら、それでフルコースは終わりだよな。」本当に、地域ブランドって面白い!