第10回「オープン・イノベーション実現のための戦略とは?」


 DNDで新しい企画「イノベーション25」への緊急提言が始まりました。イノベーション25は、もう新聞記事などですでに皆様ご存知だと思いますが、安倍政権の中心となる新しい政策です。座長には、皆様おなじみの黒川先生がつかれました。

 イノベーション25の正式な狙いなどは、DNDで黒川先生が「学術の風」という連載企画で述べられているので、そちらをご覧ください。

 出口さんから、イノベーション25への緊急提言を行いたいという至急メールが入りました。これから25年間を見据えた社会にイノベーションを起こす政策を決めるわけですから、これは大仕事です。出口さんは、さすがジャーナリスト出身で重要なポイントは見逃しませんね(その分、こちらは大変ですが)。

 今まで、誤解を恐れずにいうと、日本の政策は近視眼的に過ぎました。よくて、10年、大概は5年の計画を決めてきただけです。勿論、5年、10年という時間軸の計画も大変重要です(これまでにも大変重要な変革をもたらしてきています)。しかし、これは25年、50年という長期戦略を決めた上でないと意味がありません。その意味で、日本も変わったものだとしみじみ思います。

 今回のイノベーション25への提言を語る前に、まずは黒川先生の内閣特別顧問への就任の意味をまず考えたいと思います。ご存知のように、黒川先生は、日本学術会議議長を卒業されると、安倍内閣の特別顧問に就任されました。今回の特別顧問就任は、大きな意味を持っています。

 実は、今まで日本では内閣に科学技術担当の顧問はいなかったのです!中国やシンガポールでは、首相や主席自身がテクノラート出身ですし、フランスでもアメリカでも、科学技術特別顧問が必ず任命され、トップに意見具申しています。その意味で、日本もやっと先進国入りです。

 私も、フランスやイギリスの科学技術顧問の方にお会いしたことがありますが、皆さんある意味政治家以上の政治家?で科学技術を利用した国策に関して卓越したご意見をお持ちでした。科学技術の理解なくして政策運営はできないという当たり前のことに対処ができているわけです。例えば、北朝鮮が核実験を行いましたが、科学技術を理解できなければ、当然ですが、正しい政策判断は困難です。私も、色々な政府の方に科学技術顧問の重要性をお話して来ましたが、安倍総理の科学技術への理解があって初めての実現です。今回の黒川先生の颯爽とした登場をみて、日本の将来に希望を持ちました。今回の科学技術顧問の任命が安倍内閣だけでなく、今後恒常的に続くことを期待します。

 さて、本題のイノベーション25への緊急提言です。安倍総理は冒頭の挨拶で、「イノベーションは、単に新しい発明、技術の発明だけではなくて、新しい取組や技術的な考え方、そういう幅広いものではないかと思います。今まで日本においてはどちらかというと非常に目前の目的や目前の利益のために、その場しのぎ的な政策を行ってきたわけでありますが、是非、皆様方には長期的な視点に立って、将来、新しい考え方、イノベーションによってどのような社会が実現するか、それにどのように備えていくべきか、そのためにはこういう政策を考えていくべきだと。あらゆる角度から議論していただきたいと、このように思うところでございます。」と述べています。

 医学、工学、情報工学などの分野ごとに今後戦略がまとめられていくわけですが、社会が変わるようなイノベーションの戦略というのは、意外に?難しい。私も緊急提言という企画をみて、はたと?考え込みました。例えば、ヤフーやグーグルの誕生と現在のインターネット社会の到来が果たして25年前(1980年)に予測できたかどうか?私の専門分野である医学でも、25年前に現在の超高齢化社会の到来がどこまで予測できたか?正直、ほとんどの方は予測できなかったでしょうし、予測した方はむしろ馬鹿にされたのではないかという気もいたします。

 その意味で、個別領域の戦略を語るだけでは不十分でしょう。まず、イノベーションを持続的に生み出すためのシステム構築の議論が必要だと思います。今までの日本の科学技術は、会社や大学ごとのクローズドな閉じられた中での進歩でした。これからは、オープン・イノベーションを実現しなくては飛躍的な変革は不可能です。したがって、オープン・イノベーションを行うための社会システムの構築が第一の課題と考えます。特に、人材育成がオープン・イノベーションには必須ですので、イノベーションを生み出す人材をつぶさないで、伸ばし続ける場を提供することが重要です。良く言われることですが、ノーベル賞受賞者の多くは30代での仕事です。

 第二に、イノベーションを実現するためのツールの提供です。例えば、画期的な医薬品のアイデアが生まれたとしても、大学などのアカデミアだけでは持続的なイノベーションの継続は不可能です。また、製薬企業などの従来型のインダストリーだけでも不可能です。RNA干渉という技術がありますが、画期的な医薬品を生み出すのではないかという期待が持たれており、今年ノーベル賞を受賞しました。しかし、イノベーション誕生から社会での実現までには、イノベーション・ギャップが存在します。このギャップを埋めるツールが重要です。それは、何でしょうか?

 私は、やはりベンチャーがツールだと思います。IT技術が、社会にイノベーションを引き起こせたのは、技術が優れていたことだけではありません。伝道師たちがいたためです。マイクロソフト、ヤフー、グーグル、これらのベンチャー企業がイノベーションの更なる進化と社会への普及を促進しました。もし、これらの企業が存在しなければどうだったでしょうか?逆に、これらの企業群が存在しなかった日本でイノベーティブなIT技術は生まれたでしょうか?

 結局、イノベーションを生み出すヒトとその活躍する場、この両方をいかに準備するか?まずはこの社会環境実現のための政策を是非明確に打ち出していただきたいと思います。多くの大学発ベンチャーが誕生しましたが、イノベーションに挑戦している会社は多くありません。リスクをとるのが仕事であるベンチャーですら、まだ日本ではそこまで到達できていない現実があります。提言の第一として、私は、オープン・イノベーション実現のための社会環境整備の戦略を上げたいと思います。

 第二回は個別領域への提言を考えてみたいと思います。

大阪大学大学院医学系研究科臨床遺伝子治療学教授
知的財産戦略本部 本部員
アンジェスMG社取締役
森下竜一