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第9回 変貌する米国特許制度




●実情に即した特許出願料金の改定

 ブッシュ大統領は昨年12月に米国特許庁の審査制度を抜本的に変える新料金体系法案にサインした。従来の出願料金は一律780ドル(約8万円)であったが、これは途中で特許出願を放棄しようがしまいが料金に関係なかった。しかし新しい出願料金体系では300ドルのみであり、これに調査費500ドル、そして審査費200ドルを加え、合計は1000ドル(約11万円)になるというものである。

 これは合計でみると、一見220ドル、つまり約30%の値上げだけのようにみえるが、実は別のメリットがあるのである。それは特許を出願して審査官が審査に着手するまでは1年半位かかるがその頃に出願人は特許出願を放棄すると決定する場合がある。技術開発が日進月歩で猫の目のように変わる分野の場合には特にそうだ。その場合審査官は先行技術を調査したり、その結果に基づいて審査する必要がなくなるので出願料金の300ドル以外の調査・審査費の700ドルを返還要求できることになる。あるいは逆に出願時にとりあえず300ドル払って出願し、1年後に様子をみてからそのまま放棄するか、あるいは特許を取得したい場合には調査費500ドルと審査費200ドルを支払って審査を進めるというコースを取ることもできる可能性がある。

 つまり実質的に審査請求制度が出来るようにした料金改正であるということになる。但し、現在の移行期間では米国特許庁は出願時に1000ドル全額納めることを要求しており、どのような運用になるのかはまだ検討中である。

●世界と米国の特許制度の相違点

 いずれにせよ、米国の特許制度は世界で最も異なる制度を有している。異なる点は大きく分けて3つあり、@世界で唯一の先発明主義である、A世界のほとんど全ての国は全ての出願を出願から1年半後に公開する完全公開制度となっているが、出願人は、米国のみに特許出願をする場合には公開させないことができる、B世界のほとんど全ての国は無駄なコストを削減するため審査請求制度になっているが、米国は今回の料金改正でもまだ完全な審査請求制度になっていない。

 以上の内、Bの点は米国も曲りなりにも実質的に審査請求制度になったといえるが、どのような手続きで調査料金や審査料金を返還するのか詳細な規則はまだ作成中で、明らかになっていない。Aの公開制度は数年前に米国議会に法案が提出された時は全面公開制度の案であったが、中小企業や個人発明者の反対があって結局妥協案として米国のみに出願する場合(個人発明家はその場合が多い)は、公開しないという制度になった。米国においては大企業よりも中小企業や個人発明家の方が議会に対する圧力が強いのである。これは連邦政府や議会が限られた権限しかなく、市民や州の方が基本的人権に関する権限は強いという合衆国独特の社会構造からきている。

●先発明主義と先願主義の間で揺れる米国

 @の先発明制度は先に出願した者でなく、先に発明した者に特許権を付与するという、いわば理想的なシステムではあるが、先発明日を立証するためには相当の資金と時間を有する訴訟に近いシステムであり、個人発明家には本来は不利な制度といえる。しかし、それでも米国が先発明主義を脱却できないのは、やはりこの独特の制度で建国以来200年間の米国の技術発展と経済的成功を納めてきたことからくる自信と先願主義に対する不安なのであろう(先発明主義では発明を発表してから特許出願しても問題はないので米国発明家は知名度を上げるためすぐ発表したがるが、これは先願主義では致命傷になることがある。そこで議会は制度改正にためらっている)。

 しかしいずれにせよ今回の料金改正により、米国の特許制度は世界の他国により近くなり、異なる主な点はこの先発明主義という点のみになったといってよい。

 この最後の砦ともいえる先発明主義については米国内でも色々批判はある(大企業は世界の各国に出願しているので先願主義でも問題はなく、コストが安いのでむしろ好んでいる)ものの、これを変更するには200年の歴史から脱却しなければならないので、新し物好きの米国人でさえも簡単ではないが、21世紀も5年目を迎えて米国は動き出したともいえ、今後先発明主義をどうするのか注目される。