第73回「敗訴者は勝訴者に必ず弁護士費用を支払わなければならないという米国特許訴訟改革案、突然流れる見込み」



 米国議会の下院は、パラント・トロール訴訟対策として昨年12月に、特許訴訟の敗訴者は勝訴者の弁護士費用を必ず支払わなければならないという、トロール特許権者は軽々には特許訴訟をできなくなる抜本的な特許訴訟法案であるイノベーション法をあっという間に可決し、オバマ大統領は年頭の一般教書演説で上院に対し「早く成立させよ」と異例の掛け声をかけていた。大統領が一般教書演説で特許問題に言及したのは米国史上初めてといわれている。


 この勢いからしてこのイノベーション法が成立するのは時間の問題と見られていたが、上院のLeahy議員(先願主義A IA米国特許法を成立させた議員)は突然法案を成立させることを諦めたと発表した。その大きな理由は、最近最高裁の抜本的判決が2件、立て続けに出されたからである。あまりにアメリカらしい訴訟大国ともいうべき現象であろう。


 まず、背景から簡単に説明しよう。特許訴訟法で巨額の損害賠償が得られることは最近のアップル対サムスン訴訟で、アップルは第1回陪審員公判で930億円、第2回陪審員公判で130億円の評決を得たことからも明らかである(第2回公判ではサムスンもアップルから1500万円の評決を得てはいるが)。


 アップルの特許技術はiPhone、iPad等という画期的製品のための特許であるから価値が高いのは当然である。問題はこのプロ特許の風潮を利用して、技術内容が不明なものや、あるいは他の特許権者が用いていない特許を買収して特許に疎い零細企業、レストラン、コンビニ等を脅迫してライセンス収入を得ようとするいわゆるパテント・トロール訴訟がはびこりだしたことである。


 とにかくファックスやe-m ailや電話関係の特許であれば誰でも用いているから闇雲の恐喝的特許訴訟が可能になる。米国特許法285条は「例外的に悪質な訴訟」の場合のみに敗訴者弁護士費用の支払いをさせてもよいと規定しているが、現在の連邦裁判所は訴訟に違法行為があるほど悪質でないと弁護士費用支払いを認めないので、この条文ではトロール訴訟の歯止めにならない。


 そこで零細企業は州の司法長官に助けを求めだし、司法長官もそれなりに対応したものの、特許は連邦法なので米国議会が動かないことには抜本的対策は不可能なので、州はホワイトハウスに働きかけオバマ大統領も動き出していた。


 同時に、トロール訴訟に悩むアップル等の情報産業は特許訴訟のあり方を抜本的に変えるべきであるとホワイトハウスと議会をプッシュしてきたため、議会の下院はあっという間に昨年12月に特許訴訟での弁護士費用支払いを抜本的に変えるイノベーション法を成立させたわけである。


 そのイノベーション法の要点は、以下の通りである。

    @敗訴者(原告でも被告でも)は勝訴者にリーズナブルな弁護士費用等を必ず支払わなければならない(トロール企業は勝訴する見込みを度外視したギャンブル的訴訟提起はできなくなる)
    A訴状には侵害理由を詳しく記載する(トロール企業は事前調査もしない、いい加減な訴訟はできなくなる)
    B訴訟では真の原告、利害関係者の特定させる(真のトロール特許権者が代理人(大体、成功報酬で仕事をする)の影に隠れて訴訟を操らせないようにする)
    C特許技術を使用している末端の消費者・顧客の訴訟を中断させる(代わりに特許侵害技術を提供している大企業(マイクロソフト等)に訴訟をさせる)


 敗訴者は必ず勝訴者の弁護士費用を支払わなければならないという考え方は、英国法とよばれ、欧州の国々では大体そうである。しかし、欧州国での弁護士費用は米国のように法外ではないのであまり問題にならない。


 ともあれ、上院にもこのイノベーション法に対応する改正法が2つに分けて提案されていたので、2つの上院案が承認されると両法の整合性の調整がされた後に一気に成立する可能性があった。それをオバマ大統領が促していたわけである。


 しかし、特許訴訟を重視するシリコンバレーの小発明家、新興企業、そして米国学会とバイオ関係企業は下記の点で、イノベーション法はドラスチックすぎると今年始め位から警戒していた。

    @ノベーション法はパテントトロール訴訟対策のみならず、全ての特許訴訟に適用されるので、まともな企業でさえも特許訴訟ができなくなる恐れがある(特に、シリコンバーレーの小発明家、新興企業)。
    A現行特許法285条は例外的に悪質な訴訟の時のみ弁護士費用の支払いを認めてよいとしているが、改正法では訴訟勝利者に一律的に認めなければならない(shall aw ard)という英国法的概念を更に強化したドラマチックな改正であるので特許訴訟へのインパクトの予想が困難である。
    B特許訴訟が激減すると関連する特許出願、侵害鑑定、ライセンス交渉等の仕事も減る。


 以上のことから上院が追従するか、多少修正するとどのような法案にするか注目されていた


 ところがこのディレンマを考慮してか、最高裁がこの4月末に歴史的判決を立て続けに出したのである。


 その1つはO ctane判決である。特許訴訟の控訴審であるC A FC は、285条の「例外的に悪質な訴訟」をこれまで厳格に解釈して、@訴訟に不法行為があった場合か、又はA客観的に訴訟の根拠がない場合のみにしか弁護士費用は認められないと解釈してきた。そうすると、トロール訴訟でもよほどの悪質な訴訟でないと弁護士費用は支払わなくて良いので形だけ整えて恐喝的訴訟を行えるわけである。このようなC A FC の厳格解釈のためトロール訴訟が蔓延してきたともいえる。


 そこで、最高裁はこのO ctane判決で、285条は「例外的訴訟」について何らの定義をしていないので単純に解釈してよく、C A FC の厳格解釈は誤っている、訴訟行為が他の訴訟に比べて相当異なれば(stands out from others)弁護士費用を認めてよいと大逆転判決したのである。この新基準によれば悪質なトロール者が敗訴すればまず相手側(零細企業)の弁護士費用を支払わなければならなくなる可能性が強くなるので、トロール者は軽々には訴訟できなくなることはまず間違いない。


 最高裁で同時に出されたもう1件のHighmark判決では、まず地裁は特許権者の訴訟行為はC A FC のこれまでの厳格基準でさえ「例外的に悪質」であるとして弁護士費用支払いの判決を出した。ところが高裁のC A FC は全面的見直し(de novo)で地裁判決の見直しを行い、それほど悪質でないと地裁の弁護士費用支払いを破棄してしまった。


 そこで、最高裁は、C A FC が地裁の弁護士費用支払いの判決を全面的見直しでレビューしたことは誤りであり、地裁に裁量権の濫用があったか否かという低い基準で判断すべきであると逆転判決した。これにより地裁が弁護士費用を認めるとC A FC はこれまでのように簡単に破棄したり逆転させることが出来なくなることになる。


 つまり、以上の最高裁の2件の判決により、今後はトロール訴訟は大幅に抑制され、且つ、例え訴訟があったとしてもまともな訴訟になることが予期できることになった。このため上院のLeahy議員は、イノベーション法をサポートする情報産業/州小企業と、イノベーション法を疑問視するバイオ産業等の両者に折中案を出すように要求していたがまともな折中案は出されてこなかった。議会は7月から夏休みに入り、この秋には選挙があるためもう時間がないと判断したLeahy議員は、当面2件の最高裁判決で凌ぐことができる可能性もあることから最近になってに上院は法案を出さないと発表したのである。


 下院が成立しただけでは法案は成立しないから、米国特許訴訟改革法を2015年1月までの今期中に成立させることは事実上なくなったと見られている。しかし、特許訴訟改革法が永久になくなったわけではなく、とりあえず最高裁判決が2件も出されたので、今後トロール訴訟がどのように抑制されるか様子をみて、それでも問題があれば来年にでももう一度法案を出す、ということなのであろう。


 それにしてもトロール特許訴訟に対してこの2年間で下院はイノベーション法をあっという間に承認し、オバマ大統領も早く成立させよと一般教書演説で強調していたにも関わらず、最高裁の2件の判決で全てがやり直しになったのである。米国は訴訟社会であるということを改めて認識させられる一連の動きである。



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