第72回「更に変わる米国特許制度
オバマ大統領、一般教書演説で特許訴訟法改革をうながす」



 米国特許制度は先願主義を含めた大改正(A IA特許法)が2012年9月16日にあり、先願主義の運用は昨年3月16日から施行され始めたばかりであるが、その後、A IA特許法の誤りの改正が2013年1月にあり、さらに昨年暮れの12月18日に世界的に特許出願方式を統一する特許法条約を導入すると同時に、同時に工業デザインの国際出願を行うヘーグ条約も導入したためこれらに伴う改正があった。


 何故、米国は米国特許法をこのわずか2、3年でここまで大きく変えてきたかというと、それは特許訴訟の最もターゲットになりやすい情報産業(中でも特にマイクロソフト)が、誰でも彼でも特許訴訟をおこし、しかも天文学的に高い損害賠償をもたらすので問題である、また世界の国々が別々の特許制度を有しているのでコストがかかりすぎるので国際的に統一せよと8年位前から議会と特許業界に訴えてきたからである。


 情報システム技術は、細かな部品や各種小システム技術の集大成である。例えばウインドウズは莫大なシステムであるがそのほんの一部(例えばコピーをさせないためのセキュリティーロック)でも特許侵害があるとウインドウズ全体の価値から損害賠償を要求されることが多いので問題になる(ウインドウズはその本来の機能が良いから販売されるのであって、セキュリティー・ロックのためではないはずであるが、陪審員どころか判事でさえも2、3週間という短い公判では中々判断できない)。これをエンタイアー・マーケット価値という(部品特許だが製品全体の価値の損害賠償を得る)。


 これを示したのが添付の表1、2である。アメリカの損害賠償は1000〜1500億円位は当たり前で、日本の数億円に比べていかに巨額かわかる。しかもマイクロソフトはワースト10件の内、4件も入っているが、いずれもウインドウズが侵害対象になっている。


 一方、バイオ技術はそもそも開発投資が巨額であるから損害賠償が高くてもそう大きな問題にはならない。


 こうしてマイクロソフトを中心にした情報産業が特許法改革を推進してきた。ところが最近のトロール訴訟は零細企業さえも対象になってきている。


 米国の民事訴訟は基本的には通知訴答(notice pleading)といって訴状や答弁は簡略に記載し、ディスカバリーで特許侵害等の実態を追及、把握して特定していくことが許されている。しかし、最近のトロール訴訟はこれを悪用し、侵害が不明でもとにかく威嚇的レターや訴状を零細企業に送り、被告に立証責任を負わせるような戦略を展開している。


 特に特許がe-m ailシステムに関するような汎用技術で誰もが使っていると考えられる場合、特許訴訟に疎い零細企業やレストラン、食料品店、ゲームセンター、コンビニ等にやみくもに送り、ライセンス料を強要することが発生している。しかも、強要レターや訴状には真の特許権者(トロール企業)を示さず、法律事務所が影武者の代わりに追求するので対応が容易ではない。


 このため、州司法長官が州消費者保護法を中心にして地元の零細企業の保護の対応に乗り出してきたが、連邦裁判所は州司法長官がトロール訴訟を一律的に禁止する命令を出すことは米国憲法の「表現の自由」に反するという判決(特許権者が侵害訴訟を通知するのは表現の自由の一つ!)を出したりしたので、特許訴訟は連邦法事項のため州では抜本的対応は困難なので、ホワイト・ハウスに働きかけ特許訴訟に関する特許改正が提案されてきた。このためのトロール対策の改正法の内でも総集といえるものは下院のH .R .3309のイノベーション法であり、あっという間に2013年12月5日に325対91という圧倒的多数で下院で承認された。


 改正案の視点は、以下の通りである。
@敗訴者(原告でも被告でも)は勝訴者にリーズナブルな弁護士費用等を必ず支払わなければならない(トロール企業は勝訴する見込みを度外視したギャンブル的訴訟提起はできなくなる)
A訴状には侵害理由を詳しく記載する(トロール企業は事前調査もしない、いい加減な訴訟はできなくなる)
B訴訟では真の原告、利害関係者の特定させる(真の特許権者がトロール代理人(成功報酬で仕事をする)影に隠れて訴訟を操らせないようにする)
C特許技術を使用している末端の消費者・顧客の訴訟を中断させる(代わりに特許侵害技術を提供している大企業(マイクロソフト等)に訴訟をさせる)
D質の良い特許を生み出すためのA IA特許法の問題点の改正等である(先願主義特許法を更に充実させる)。


 上院にもこのイノベーション法に対応する改正法が2つに分けて提案されているので、2つの上院案が承認されると両法の整合性の調整がされた後に成立する可能性がある。


 但し、イノベーション法は下記の点で、上院議員には慎重に検討するべきであると警告している者もいる。
@ イノベーション法はパテントトロール訴訟対策のみならず、全ての特許訴訟に適用されるので、まともな特許訴訟にも多大の影響がある。
A 現行特許法285条は例外的に悪質な訴訟の時のみ弁護士費用の支払いを認めてよいとしているが、改正法では訴訟勝利者に一律的に認めなければならない(shall aw ard)というヨーロッパ法的概念を更に強化したドラマチックな改正であるので特許訴訟は著しく提起し難くなる恐れがある。
B 特許訴訟が激減すると関連する特許出願、侵害鑑定、ライセンス交渉等の仕事も減る。


 ところがよく考えるとこのイノベーション法は単なるトロール対策の法律ではないことが分かる。


 米国企業はコピー製品を作る東南アジア企業に対して勝訴すれば(陪審員裁判であるから比較的簡単)、損害賠償だけでなく、ほぼ自動的に訴訟費用(弁護士・専門家証人費用)も回収できるので、タダで訴訟できるのと同じになり圧倒的に有利になる。これはコピー会社相手の訴訟だからトロール訴訟ではない。


 アップルは900億円の損害賠償判決を得たが、今のところコー判事(韓国系アメリカ人)はこのサムスンの行為を例外的に悪質とは認めていないのでアップルは何10億円と推察される訴訟費用を回収できない。しかし、これが成立すればアップルは、莫大な訴訟費用も今後はサムスンから回収可能になるのである。


 日本企業も、コピーキャットの東南アジア企業に対しては損害賠償と訴訟費用も回収できるのでかなりのメリットがある。但し、米国企業から訴えられる確率も高まろうが、それに対してはとにかく、しっかり侵害回避を十分対処しておけばたとえ訴えられたとしても、侵害なしと勝訴さえすれば訴訟費用は回収できるから問題はない。


 このイノベーション法で減少する訴訟は、どちらが勝訴するか寸前まで分らない米国企業同士の訴訟位のものである。


 こうした背景から米国大企業、特にコピーに悩む情報産業の強力なバックアップがあるため昨年12月に325対91という圧倒的多数で下院を可決され、オバマ大統領も絶対に成立させると1月の一般教書で演説している。


 W e know that the nation that goes all-in on innovation today will ow n the global econom y tom orrow . This is an edge America cannot surrender. Federally-funded research helped lead to the ideas and inventions behind G oogle and sm artphones. (中略) A nd let’s pass a patent reform bill that allow s our businesses to stay focused on innovation, not costly, needless litigation.(そして特許改革法案(注:イノベーション法のこと)を成立させようではないか。これにより我々のビジネスは技術革新に専念でき、コストがかかる不要な訴訟が避けられる。)


 これは下院では承認されたものの、審議がはかどっていない上院に早く審議して承認せよと促すことになる。よって、何らかの形で今年中の会期で特許訴訟改革法が成立するのはほぼ間違いないであろう。


 とにかく、アメリカ大統領が一般教書演説で特許問題を述べたのは、歴史的にこれが始めてであり、これはいかに特許問題が深刻になっているかを示すものである。


 これが制定されると米国特許訴訟のあり方は抜本的に変わることになろう(恐らく2015年から)。


 



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