第70回「特許主題を限定し、パテントトロール対策を進める米国」


1.ホワイトハウス、抜本的パテントトロール対策の政策、法案を発表
2.AIAで最初のビジネス方法特許登録後レビューをめぐるVersata社/SAP社の攻防
3.CAFC(知財高裁)、オンバンクAlice判決で全判事が決裂してビジネス方法特許を否認
4.最高裁、Myriad判決で遺伝子の一部のDNAは否認、それから作ったcDNAは容認

1.はじめに


新米国特許法(AIA)が発足してから約2年となるが、ビジネス方法特許を中心とするパテントトロール戦争は益々激しさを増している。


その理由は、問題となるパテントトロール訴訟の多くは、機能的表現のビジネス方法特許を用いてソフトウエアを利用してビジネスを行っているハイテク企業に対して提訴するものであるが、そもそもクレームは機能の記載が中心なので特許事由となるほどの表現になっているか危しく、また、クレーム内容が明確でない記載にしてあるので有効性や侵害が判断し難い点にある。


その上、トロール訴訟は、従来の大企業に対する訴訟から今日はスタートアップ企業や小規模企業も対象になり、損害賠償だけでなく技術革新そのものが妨げられてきているという問題が生じている(アメリカの技術革新はシリコンバレーにあるスタートアップ企業が中心になっていると言われる)。


更に、その対策として導入したビジネス方法特許に対する登録後レビューは1年半前の2012年9月から発足したが、このビジネス方法は金融関係特許に限定されている問題がある。その典型として、下記のVersata事件では、非金融的特許を巡って@地裁での特許侵害訴訟、次にAビジネス方法特許登録後レビュー、次にB登録後レビューを許可した米国特許庁に対する訴訟へと発展し、米国特許庁自身がパテントトロール会社から訴えられるという事態になって、混沌とした状態になっている。


このような状況を背景にしてオバマ大統領のホワイトハウスは、金融業界や情報産業の強力なバックアップを基にしてこの6月4日に特許法や特許訴訟を更に改善するタスクフォースを発表した(下記項目3参照)。


一方、CAFCの方は2013年5月10日のオンバンクのAlice判決で、全判事決裂しながら銀行の取引リスクを防ぐビジネス方法特許を単なるアイディア、即ち抽象的アブストラクトであるので特許事由ではないとしてキャンセルしたので、これはビジネス方法特許に依存するトロール関係者だけでなく、真摯な関係企業にも驚きと失望と当惑をもたらしている。


しかし、特許事由の問題はビジネス方法だけでなく、自然物そのもの、あるいはそれを利用した技術、例えば遺伝子の一部を利用したDNAが果たして特許事由であるといえるかということが問題になっており、最高裁は6月13日のMyriad判決で、長い遺伝子から取り出した部分的DNAそのものは特許事由にならないが、それから作った人工的cDNAは特許事由になるという見解を出した。


このように、米国はホワイトハウス、議会、連邦裁判所全体が特許問題を抜本的に整理しつつあるが、ビジネス方法特許問題については、まず、Versata Software社とSAP America社のビジネス方法特許登録後レビューを巡る戦いを紹介する。


2.Versata訴訟


A.地裁/CAFC特許侵害訴訟


Versata社は、多数の体系的製品についての多数の顧客(小売、卸、消費者、遠隔者等)に対するそれぞれの適正価格をコンピューターを用いて決定する方法に関する米国特許第6,553,350号(350特許)を有している。そしてその製品であるPricerと呼ばれるソフトウエアを開発し、その評判は「画期的」と評価され、IBM、ルーセント、モトローラ等が購入した。一方、SAP社はPricerよりはるかに性能の良いソフトウエアを開発したところPricerの販売は激減し、市場から撤退せざるを得なくなった。


Versata社は2007年にSAP社を350特許の侵害で提訴した。SAP社は350特許はいくつかの先行技術から無効、特許侵害はないと争った。陪審員は評決で350特許は先行技術から無効ではなく、特許侵害があり損害賠償は約4億ドル(約400億円)と評決し、判事は更に全面的差止めも認めた。


SAP社は2011年10月11日に、特許侵害と差止めについてCAFCに控訴したが、何故か特許無効については争っていない。そして、CAFCのパネル(3人判事)は2013年5月1日に@特許侵害と損害賠償はそのまま容認したが、A全面的差止めは広すぎるので更に検討するようにと地裁へ差戻した(Versata Software, Inc. et al. v. SAP America, Inc., et al.; Fed. Cir. No. 2012-1029, -1049)。これに対し、SAP社はパネル判決をオンバンク(全判事)で見直すように求めている。


B.Versata 350特許のビジネス方法登録後レビューの開始


その一方、SAP社は2012年9月16日にAIAの金融関係特許が対象になるビジネス方法特許登録後レビュー制度が発足すると同時に350特許の無効の登録後レビューを請求した。これはCAFC控訴してから約1年後、パネル判決の8ヶ月前である。


Petition for Post-Grant review of U.S. Patent No. 6,553,350
Petition filed: 2012年9月16日


Versata社は、@350特許は先行技術から有効の地裁判決があるので登録後レビューは請求できない、そしてA350特許は、ビジネス方法特許登録後レビューでカバーされる金融(finance)に関するビジネス方法(321条付則(d))ではない、と争ったが米国特許庁は最終的にレビューすることを許可した。そこで、Versata社は350特許は先行技術から特許有効の判決が下されているのでこの点はレビューで争うことはできないと主張した。


最終的にSAP社は先行技術に基づく無効の主張は放棄し、その代わりに350特許は単なるビジネス方法であり、抽象的アブストラクに過ぎないので101条の特許主題ではないのでキャンセルされるべきであると主張した。Versata社はこのレビューでは102条(新規性)や103条(自明性)に基づく無効性ならともかく、101条の特許事由問題は争えないと反論したが、米国特許庁審判部は2013年1月9日にこの点について審議する事を認め、更に2013年2月21日にはSAP社の要求を受け入れ、審議を早急に行う事を決定した。


C.Versata対米国特許庁訴訟


そこで、Versata社は2013年3月13日に、米国特許庁をバージニア州東部地区連邦地裁(ロケットバケットで著名)で提訴し、@350特許はビジネス方法特許登録後レビューでカバーされる特許ではないのでこのレビューを認めた事は誤りである、A同レビューでは102条(新規性)や103条(自明性)は争えても、101条に基づく特許事由か否かの問題は争えない、B米国特許庁のレビュー許可は裁量権の濫用である等を争っており、地裁がどのような判決を下すか注目されていた。


Versata Development Group Inc. v. Teresa Stanek Rea, USPTO
1:13-cv-00328-GBL-IDD


D.Versata 350特許のビジネス方法特許登録後レビューの審決


米国特許庁審判部は、登録後レビュー開始決定から約6ヶ月目の2013年6月11日(火)に審議を終了させ、350特許の問題のクレームは101条の特許主題ではないのでキャンセルすると審決した。


この審決には、全米の特許業界がかなり驚いており、今後米国特許庁はソフトウエア特許出願のほとんど拒絶し、特許を無効にするのではないかと報じられている。但し、Versata社が本審決をCAFC控訴することは確実なのでこの審決がそのまま確定するかは不明である。


バージニア州地裁の訴訟の方は審決に構わず米国特許庁がレビューを行ったことは正しかったか否かを引き続き審議するか、或いはVersata社が審決をCAFCに控訴することはまず確実であるのでCAFCに判断を移譲するかのいずれかであろう。ともあれ、その結論が出るまでは米国特許庁はこの審決に従ってビジネス方法特許出願を審査することになる。


また、SAP社の約400億円の損害賠償の方は、普通であればもしSAP社が既に支払っていれば取り返しはできないが、支払っていなければ裁判所にモーションを提起して判決無効を要求できると考えらるものの、この新しい登録後レビューの結果の効果については特許法に何も規定がないので果たして訴訟やその判決にどのような影響を与えるかは不明である。


兎に角、ビジネス方法特許をめぐるこの事件は複雑である。


3.ホワイトハウス、ハイテク関係のパテントトロール対策政策を発表


Versata訴訟は様々なパテントトロール訴訟のほんの一部に過ぎず、ホワイトハウスはそれらの問題を総括し、抜本的策を発表した。


A.「特許主張と米国の技術革新(Patent Assertion and US Innovation)


大統領行政府は今日のパテントトロールの問題について2013年6月にその現状と問題点に関する15ページの報告書を発表した。その要旨は以下の通りである。
  • PAE(Patent Assertion Entities:パテントトロールとも呼ばれる)は特許を用いて損害賠償やライセンス料を求めるだけで発明者、技術開発や社会に対する還元はほとんどない。
  • PAE訴訟はこの2年間で3倍増加し、全特許侵害訴訟の内、2011年の731件、29% から2012年は2,500件、62%を占めるまでになっている。PAEは米国の約10万社に対して訴訟を提起しているか脅かしている。
  • PAEの特許の多くはソフトウエアに関し、クレームを機能(function)で表現し、その機能を実施するもの、装置、構造物、コンピューター等は特定し難いので何が侵害になるか常に不明で問題になる。
  • PAE訴訟の内、ソフトウエア特許による件数は、化学特許訴訟に比べると5倍であり、ビジネス方法特許による件数は14倍もあるというデータもある。
  • PAEの特許戦略は、シェル会社(ダミー会社)を作り、誰が本当の原告かわからないようにして多数の企業を訴訟するので、被告企業達は共通防御戦略が取りにくい。
  • PAEが特許訴訟によって得たライセンス料は2011年で290億ドル(約2兆9千億円)にもなるが、技術開発や製品開発にはほとんど使っておらず社会への還元がなく、その上、ハイテクやスタートアップ企業に対しても弊害をもたらしているのみであるので早急に対策を行う必要がある。


B.ホワイトハウスのハイテク特許問題におけるタスクフォース


ホワイトハウスが発表した重要政策、法案は以下の通りである。


    1.法案(具体的法案例は下記)
    a.米国特許出願における「真の権利者」の開示(米国特許庁は施行規則を作成中)
    b.特許訴訟の勝者に弁護士費用を与える裁量をより広く与える(PAE訴訟に勝訴した被告にPAEが弁護士費用支払う事を認めさせ易くする)
    c.カバーされるビジネス方法特許登録後レビューの対象特許のカテゴリーをより広くする(金融関係以外にも広める)
    d.汎用商品を購入した消費者や末端企業には特許侵害の責任がなくなるようにする
    e.ITCの排除命令や停止命令の基準をeBay最高裁判決の4つの基準に合うようにする(現在は、地裁が差止めを認めなくてもITCは排除命令を認めるのでPAEには有利である)


    2.行政のあり方
    a.米国特許庁は出願の「新の権利者」について施行規則を作成中で、これを推進して行く
    b.機能的クレームのあり方を明確にする
    c.PAEは益々末端の消費者やユーザーをターゲットにしつつあるがこれらの者を守らなければならない
    d.この問題に関する啓蒙普及活動、ラウンドテーブル、ワークショップ、米国特許庁エジソン・スカラー・プログラム等を活用
    e.ITCの排除命令、停止命令のレビュー


4.具体的法案例


A.Goodlatte議員のH.R. Discussion Draft
以下にの点に関し、約40ページに亘る非常に多くの改正提案であるが、また討議用ドラフトで、具体的提案内容のコンセンサスはない。

    1.連邦裁判所
  • 特許侵害訴訟における和解の推進
  • ディスカバリーの制限、軽減
  • 訴訟マネジメント
  • 訴状をより詳細にさせる(訴訟濫用を防ぐ)
  • 訴訟における末端消費者、小売業者の保護
  • 破産した場合のIPライセンスの取扱い問題
    2.米国特許庁
  • 出願の「真の権利者」の開示、特定
  • 中小団体の啓蒙教育
  • 米国特許庁情報へのアクセス容易化
  • 米国特許庁の改善
    3.AIAの修正
  • 登録後レビューの問題点の修正
  • ダブルパテントの排除


B.S. 866

ビジネス方法特許登録後レビューの対象特許を現行の「金融的生産物(financial product)」から「事業(enterprise)、生産物(product)」に拡大する。


C.S. 1013(特許乱用低減法:Patent Abuse Reduction Act)

特許訴訟を行う時に真の原告や収入受領者を特定させ(identity)、訴状に特許侵害の根拠等を詳細に記載させ、訴訟の透明度を高める法案である。


    §285条A:

    訴状、反訴等には下記を記入
    1.侵害特許の特定
    2.侵害クレームの特定
    3.イ号、方法等の特定
    4.イ号のモデル名等の特定
    5.侵害論の特定
    6.直接侵害、間接侵害の特定
    7.侵害主張者の権利の説明
    8.侵害主張者の主要ビジネスの説明
    9.訴状のリスト
    10.ライセンスの有無
    11.その他の特許権者


    §285条:

    訴訟の勝者はリーズナブルなコスト、費用、弁護士費用を得ることができる


    §299条:

    利害関係者の定義、訴訟参加に関する規定


    §300条:

    ディスカバリーの制限、拡大


D.H.R. 845(SHIELDS法)

これは原告が@発明者でも、A特許を利用して開発する者でも、B大学又は技術移転組織でもない場合は、原告は敗訴した場合の保証金を供託し、被告に弁護士費用を含む賠償を支払わなければならないとする立法である。


    1.現行米国特許法285条(現状のまま):

    裁判所は例外的事件において、勝訴当事者に適切な弁護士費用を与えることができる。


    2.現行米国特許法285条に以下の条文を追加する。

    285条A
    a.一般−
    1.特許の有効性又は侵害の事件において
    特許無効又は非侵害を主張する者(被告)は、相手側(原告)は下記サブセクション(d)の条件の内、1つも満たしていないことを確認する判決を要求できる;
    2.上記パラグラフ(1)の判決を要求した後の90日以内に、相手側(原告)はサブセクション(a)の条件の内、少なくとも1つを満足していることを立証する機会を有する;
    3.パラグラフ(2)の機会が与えられ、パラグラフ(1)の判決要求から120日以内に裁判所は同条件の少なくとも1つを満足しているか決定しなければならない;そして
    4.相手側が同条件の1つも立証できなかった時は、裁判所は285条の規定に係わらず、特許無効又は非侵害を主張する者(被告)が全コストを回収できるように相手側(原告)賠償を課し、それにはリーズナブルな弁護士費用を含む。但し、そのような賠償を課すことは正義に反するという例外的状況にあった場合を除く。

    b.保証金の要求
    サブセクション(a)(3)の条件を満足できなかった者(原告)は、サブセクション(a)(4)に記載された額の全てを回収できるようにするために、裁判所が決定する保証金を供与しなければならない。
    c.モーションのタイミングと効果
    サブセクション(a)(1)に係わるモーションは、いかなるものも下記の規定に従う:
    1.モーション要求者のイニシャル・ディスクロージャーが始まる前にこのモーションが要求された場合−
     A.裁判所はディスカバリーを、このモーションを処理するためのディスカバリーに限定する
     B.裁判所はこのモーションを処理するまでスケジューリング・オーダーを遅らせることができる
    2.モーション要求者のイニシャル・ディスクロージャーの後にこのモーションが要求された場合は、裁判所はモーションの決定を最終判決まで遅らせることができる
    3.最終判決の後にこのモーションが提起された場合は、訴訟勝者が得られる賠償のためのモーションと一緒に提起されなければならない
    d.条件
    このセクションにおける「条件」とは、侵害を主張する者(原告)は以下のいずれかの者であることである:

    1.原発明者
    発明者、共同発明者又は譲受人が特許を得た場合は原譲受人
    2.特許を利用開発する者
    そのような者は裁判所に対して、特許を利用開発するために、特許製品の生産又は販売により実質的な投資を行った資料を提出できる。
    3.大学又は技術移転組織
     A.1965年の高等教育法101条に規定される高等教育機関;又は
     B.高等教育機関によって開発された技術の商業化を行う事を主目的とした技術移転期間
    現行特許法の29章は目次「285条A 特許の訴訟コストの回収」を入れる

    C.有効日
    本改正は議会の承認と同時に発効し、その日以降に提起された全ての訴訟に適用される


    以上のように様々な法案が出されているが、これらは重複するものも多く、今後議会での議論の後に何らかの形に統合整合されて行くのであろう。ともあれホワイトハウスや議会がいかにパテントトロール問題を重視しているか示す動きである。


5.CAFC Aliceオンバンク判決


ビジネス方法特許の問題点は、突き詰めるとビジネス方法特許が機能的表現が主体で、101条の特許事由になるかならないか(単なるビジネスを行うアイディア、即ち、抽象的アブストラクトは特許にならない)のギリギリの線で特許が許可されている事から特許侵害や有効性が明確でないことから生じているともいえる(この点は、正にトロール企業の拠り所となっている)。


どのようなビジネス方法のクレームが特許になるかはCAFCの判事の中でも大きな差がある。これを示したのがCAFCの2013年5月10日のAliceオンバンク判決である。


CLS Bank International, et al. v. Alice Corp.
Fed. Cir. No. 2011-1301
判決日:2013年5月10日


Alice社の米国特許第5,970,479号(479特許)等は銀行の取引リスクをエスクロー(第三者信託)を利用して回避するビジネス方法である。クレームには、@エスクロー方法を入れたビジネス取引そのもの(普通は特許事由にならない)、Aそのビジネス方法にコンピューター可読媒体を入れた方法(微妙になる)、Bその方法に更に種々の装置を入れた方法(特許事由になる可能性は高い)があった。


これらのクレームが特許事由となるか否かについてオンバンクの10人の判事は結局は5対5で決裂したので地裁の特許無効を維持するに至った。しかもその判決にはどのようなビジネス方法が特許になるかの明確な統一基準を示さないままで終っている。


そのためトロール関係者のみならず、真摯にビジネス方法特許に依存する関係産業界や特許業界も非常に驚き、失望し、当惑するとともに今後のビジネス方法特許の有効性に大きな不安を持つようになっている。


ムーア判事は「本判決は、多数のコンピューター実施特許及び通信特許、そして全ビジネス方法特許及び金融システム特許及びソフトウエア特許を含む数十万件にものぼるビジネス方法特許の死を意味することになろう。」と嘆いている。それが本当になるかは今後CAFC控訴があった時の3人の判事の構成次第となるかもしれない。


2. 最高裁、Myriad判決で単離DNAそのものは特許事由にならないと判決


最高裁は、6月13日、Myriad判決で乳がんの原因となる単離DNA(長い遺伝子の中で、乳がんを発生する原因となる部分を取り出したDNAで、BRCA1,BRCA2と表示される)そのものは、たとえ遺伝子の一部で、それ自身だけでは自然界に存在していなくても、所詮は自然の創造物であることは間違いないので特許事由にならないと判決した。


ASSOCIATION FOR MOLECULAR PATHOLOGY ET AL. v. MYRIAD GENETICS, INC., ET AL
Cite as: 569 U. S. ____ (2013)
2013年6月13日


しかし、同時に、単離DNAを元にして作ったcDNA(単離DNAの遺伝子情報を供給する重要部分のみを取り出し、相補的に組み合わせた特殊なDNA)は自然界に全く存在していない人工DNAであるので特許事由になると判示している。


また、DNAが特許事由になるか否かの基準は、要するにDNAが保有する情報(タンパク質を作るための情報)そのものをクレームしているような場合は特許事由はならないが、DNAを化学的に表現すれば特許事由になり得ると示唆している。よって、単離DNAでも、化学的に表現すれば特許可能であるのかもしれない。


最高裁は以上のような一般論を述べただけで、Myriad特許のどのクレームは特許事由であり、どのクレームは特許事由にはならないというように具体的に記載していないので、この基準の詳細は分からず、今後CAFC等の連邦裁判所がこの判決をどのように解釈していくかによるのであろう。


6.今後の行方


米国では憲法に「発見(discovery)」が特許になり、米国特許法も「いかなる新しく且つ有用な装置、製造物、組成物そして方法」が特許になると規定しているので、ほとんど何でも特許になる可能性がある。しかし、80年代から始まったプロ特許政策から怪し気な特許が乱発され、それを利用したパテントトロール訴訟がはびこり、多額の損害賠償が要求されるだけでなく、技術革新そのものが阻害されるようになってから、特許政策の全面的見直しが進んでおり、米国新法(AIA)の成立はその最も重要な一面であるが、それだけでなく、ホワイトハウス、最高裁やCAFCの全体が適正な特許のあり方を探求しているといえる。そのため米国特許制度、政策、審査のあり方はまだまだ変革期にあるといえる。


そして、上記した色々な訴訟はビジネス方法と遺伝子という一見両極端のような技術であるが、実は根底にある問題は全く同一である。それは、ほとんど何でも特許になるものの、最高裁は例外として「自然法則、自然現象、そして抽象的アイディア」あるいは「自然物」そのものは技術にならないと判示してきたので、特許対象物が果たしてそれらの例外に属するのか、という問題である。ビジネス方法は、単なるビジネスそのものは抽象的アイディアであるので特許事由とはならず、なんらかの装置やコンピューターを限定に入れても、それらの装置やコンピューターが汎用的装置では限定としては意味がなく、専用的装置になって始めて抽象的アイディアから脱却して特許事由となって行く。


遺伝子の一部の方は、自然物そのものであるか、又は人工物なのかというやはり特許事由の問題である。しかし、前者のビジネス方法特許は危しげな技術を特許にする純粋な(?)トロール問題と発展し、後者の方はあまりに高度な自然界の根底に係わる技術で、特許で独占されると研究者の基本的研究活動や治療活動が阻害されるという異次元(特許権者も研究開発とビジネス活動を行っている)の問題となっている点で異なる。


ともあれこれらの両極端の技術にどこまで特許を認めるかという問題はやはり基本技術開発や新しいビジネス活動が発達するアメリカならではの問題であろう。



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