第68回「アップル対サムスン訴訟の地裁判事、1,000億円評決を修正する命令を次々と下す」


アップル対サムスンのスマートフォンをめぐる訴訟で、2012年8月25日に陪審員が約1,000億円の評決を下したことは記憶に新しいであろうが、韓国系アメリカ人のKoh判事はその後次々と評決を修正する命令を下している。


(1)1,000億円評決


まず、評決の結果は表1に示されるとおりであるが、陪審員は@サムスンの28のスマートフォンはアップルの特許3件、意匠特許4件、トレードドレス(iPhoneの外観の識別力)2件のいずれかを侵害しており、Aその侵害は故意であり、B損害賠償は合計約1,000億円という評決を下した。


より詳細には、例えばサムスンのCaptivateはアップルの381特許、951特許、そして305意匠特許を侵害しているが、163特許と2つのトレードドレスは侵害していない。そしてこれらの侵害による損害賠償の額は約8,084万ドル(約80億円)と評決し、同様にContinuumスマートフォンは約1,640万ドル(約16億円)…というようにサムスンの28のスマートフォンについてそれぞれの侵害と損害賠償の額を決定しその合計が約10億4,939万ドル(約1,000億円)となり、更に侵害は故意であったと評決したわけである。


Koh判事はこの判決の後に、そもそもこの損害賠償を支持する実質的証拠があるか、永久差止め処分があるか、故意侵害は正しいか、陪審員にバイアスはなかったか等を審議してきた。この評決は韓国社会では問題視されているので韓国系アメリカ人のKoh判事がどのように審議していくか注目されていた。


果たしてLucy Koh判事は、その後、評決の効力を弱める判決を次々に下している(勿論、アップルに有利な命令もあるが)。


(2)永久差止めの否認


アップルが28の侵害品の永久差し止めを求めたのは陪審員は故意侵害を評決したことからも当然である。特許が有効で侵害があれば普通は差止めを認めるのが特許制度である。日本は十数年前まではあまり差止めを認めなかったが、米国の影響を受けてか、最近は認める事が当たり前になっている。


アメリカでも2006年のeBay最高裁判決前までは必ず差止めを認めていた。しかし、最高裁はeBay事件で差止めは自動的ではなく衡平法(正義公正)の観点を考慮して決定すべきであると方向転換を示した。


特に重要になる点は、差止めを認めないと特許権者に取り返しのつかない被害が生じる事を立証しなければならないと判示した点である。これはそのような取り返しのつかない被害が生じなければ損害賠償の救済で十分であるはずである、というのがその根拠の一つである。


但し、そのように方向転換したのは理由がある。それは特許を取得しても製品を作らず、特許侵害訴訟を提起してもうけようとするトロール会社がはびこってきたためで、特許製品を作らない会社に何故差止めを認めなければならないのか、という批判が生じたためである。つまり、特許製品を販売している会社の差止めが問題になったわけではない。


このアップル事件では、アップル自身はiPhoneという超人気スマートフォンを製造販売しているので差止めは当然認められると見られていた。しかし、Koh判事は、eBay判決を限定的に解釈して、アップルは差止めを認めないと取り返しのつかない被害が生ずることを立証していない、という理由で2012年12月6日に差止めを認めなかった。


アップルは勿論直ちにCAFCという高裁に控訴した。そしてアップルから特許ライセンスを購入しているノキアも、この事件で差止めを認めないとすると、実質的に強制ライセンスを設定する事と同じになる(特許侵害をどんどん行い、損害賠償を支払えばよい)、と差止め否認判決に反対する意見書を提出している。


最高裁はeBay判決で確かに取り返しのつかない被害を立証せよと判決したものの、取り返しのつかない被害には色々ある。アップルはサムスンの侵害製品のためブランド力や新製品開発企業というイメージが落ち、これは取り返しがつかないと主張したがKoh判事は認めなかった。アップルの主張には十分一理があるようにみえる。果たして、これはKoh判事の裁量権の乱用であるかがCAFC控訴での焦点となる。


CAFC控訴審がKoh判事の差止め否認をどう処理するのか注目される。


(3)陪審員にバイアスはない


差止めの否認の際には陪審員のバイアスの有無も問題になった。その理由は、評決直後に陪審員長が新聞のインタビューで、「自分はスマートフォン関係の特許を有しているので陪審員から外されると考えていたが、外されなかった。我々がサムスンは侵害していると判断した理由の大きな点は、サムスンの重役の発言で「iPhoneと我々のデザインは市場では月とスッポン(heaven and earth)と評価されており、我々のデザインに危機が生じている」という社内書面の証拠があり、その直後にサムスンのスマートフォンのデザインはiPhoneに極似するようになったのでデザインを真似したことは明らかであったことからだ。アメリカの知的財産を盗んだのだから許すことはできない。しかし、我々陪審員は十分慎重に審議して評決に達したので評決におかしい点はないはずである」と語っていた。


そこでサムスンはこの陪審員長は本来外すべきであった、と争った。しかし、Koh判事は陪審員を選定する時には、陪審員のバイアスを審尋するvoir direという手続きがあり、サムスンはそこで確認できたはずなのにそれをしなかった、として陪審員のバイアスの問題は否認した。この認定はアップルにとって非常に重要であったことはいうまでもない。


(4)故意侵害の否認


陪審員はサムスンの特許侵害は、特許侵害になる事を知っていた上であえてコピーしたので故意であると評決した。故意であると損害賠償は3倍まで増額できるので大変な額になる。しかし、Koh判事は2013年1月末に陪審員の故意侵害評決を棄却する判決を下した。


陪審員の事実認定についてはそれを支持する実質的な証拠があれば判事でも抱束されるからこれもめずらしい棄却判決である。


故意侵害を認めるためには特許侵害の可能性が「客観的」にも高く、且つ「主観的」にもそれを知っていた可能性が高かったことを下記の二点から立証しなければならない。


@第3者が特許とサムスン製品を見た場合、明らかに特許侵害となると考える場合は客観的可能性が高いといえる(第3者の考え方なので客観的指標となる)。

A被告サムスンが特許侵害の可能性のことを知っていたか、又は知るべきであったという主観的可能性が高かった。


Koh判事は、@の点について、アップルの問題特許は無効である可能性が高く(陪審員はその後有効と評決したが)、サムスンが特許侵害はないと考えていた可能性が高かったので、客観的指標の立証はなかったので陪審員の故意侵害の評決は誤りであったと逆転判決した。つまり、判事は@の点を逆転させたのでAの点については何も判断しなかった。@の客観的テストは本質的には判事が決定する事項であるが、陪審員が決定できる事実認定部分もある(特許侵害の有無)ので、若干疑問が残る逆転判決ではある。3倍賠償の可能性を否定したKoh判事の故意侵害否定の判決はアップルにとっては大打撃である。アップルはこの点についても当然CAFCに控訴した。


(5)約1,000億円の評決の内、約450億円の評決のやり直し命令


そしてKoh判事は2013年3月1日にサムスンの14の製品に関する1,000億円の損害賠償の内、約570億円の分はそのまま容認し、約430億円は誤った証拠に基づいているので公判をやり直す命令を下した。


Koh判事は表1に示されたそれぞれの損害賠償の額を支持する実質的証拠があるかを分析するために陪審員は何を根拠にしてそれぞれの額に達したかを分析した。そのためにはアップルの損害賠償の立証額と評決額を比べなければならない。


損害賠償の計算は、特許と意匠特許とトレードドレス(製品の外観の商標:コカコーラの瓶の形状が有名)によってそれぞれ異なる。


特許の場合は普通はリーゾナブルなローヤルティ(ライセンス料)か逸失利益である。意匠特許はリーゾナブルなローヤルティに加えてサムスンの利益の全てを回収できるという米国特許法第289条の規定がある。トレードドレスも侵害者の利益の全てを回収できる。


特許と意匠特許のリーゾナブルなローヤルティの率はアップルとサムスンのそれぞれの専門家証人が業界のデータ、アップルとサムスンの関係(敵対しているほど率は高くなるものである)等から立証し、反証する。その上、更に問題になるのは、損害賠償は特許侵害を通知した日から発生することである(アップルがiPhoneに特許番号を表示していれば、製品を販売した日から損害賠償は発生するが、デザイン上、どの会社も製品には特許表示をしないものである)。


アップルはこの訴訟を提起する半年前の2010年8月4日に381特許の侵害があるとサムスンと交渉を開始した。よって381特許についてはその日から損害賠償が生じる。しかし、サムスンはそれに応じなかったので2011年4月15日に特許侵害訴訟を提起したがその時訴状に記載されていたのは4つの特許と意匠特許であるので、381特許以外の特許と意匠特許の侵害による損害賠償の発生はその日からである。


そしてアップルは訴訟開始の後の2011年6月18日に更に別の特許と意匠特許を訴訟に追加したので、追加の特許と意匠特許に基づく損害賠償はその日から発生することになる。


つまり、特許と意匠特許に基づくリーゾナブルなローヤルティまたは逸失利益が生じ始めた日はそれぞれの特許によって異なるのである。


一方、未登録のトレードドレスに基づく逸失利益の方にこのような制限がないのでとにかくトレードドレスを侵害するサムスンのその製品に関する利益の全てが損害賠償の対象となる。


Koh判事は各製品に対するアップルの立証額と陪審員の損害賠償評決額を比べたところ、例えばCaptivateの侵害に基づく約8,084万ドル損害賠償はサムスンがCaptivateで得た利益の40%にぴったり相当すること、Fascinateの場合はアップルの逸失利益の100%にサムスン利益の40%を加えた額にぴったり相当すること、Galaxy Tabの場合はアップルのローヤルティ額の50%にぴったり相当すること等を見出した。


その結果は表2の中央のコラムに示されている。


いずれにせよCaptivateが侵害したのは表1に示されるようにアップルの381特許、715特許と305意匠特許のみでありトレードドレスの侵害は見出されていない。


しかるに陪審員が認めた約8,084万ドル(約80億円)の値はローヤルティにも逸失利益にも関係なく、サムスンがCaptivateで得た利益のちょうど40%に相当するので、Koh判事は、陪審員は305意匠特許の侵害に基づいてサムスンが得た利益の40%を損害賠償として認めたのであろうと考えた。


しかし、アップルの損害賠償の専門家証人はこの305意匠特許の侵害の通知を最初の交渉日である2010年8月4日から計算していたが、305意匠特許の実際の通知は訴状に記載された2011年4月5日であった。。


よって、アップルの専門家証人の損害賠償の起算日は誤っていたことになり、陪審員はこの誤った証拠に基づく額の内の40%を認めたと推定されるので判事はこの損害賠償を棄却したのである(前述したように意匠特許の侵害では被告の全利益が損害賠償の対象になる)。


同様にして、表2に示される合計14のサムスンの製品に関する損害賠償についてアップルの専門家証人は通知の日を全て誤っているので、そもそもアップルが要求した損害賠償の証拠は誤っていたことからKoh判事はこれらの製品による損害賠償は全て新公判でやり直しを命じた。


この点についてメディアは1,000億円の内430億円を減額したかのような報道を行っているが、これは誤りであり新しい陪審員による損害賠償は通知の日が若干遅くなるので要求額は若干減少するかもしれないが、そう減額されるわけではなく、その上、新陪審員が40%をはるかに越える額を認めれば430億円を越える可能性もあるのである。


また、興味深いのはKoh判事はこの命令の中で直ちに新公判を行うのではなく、両社はCAFCに控訴して同判事の損害賠償の額の根拠の推定や新公判命令が正しいかどうか控訴して確認せよ、と記載している事である。


控訴を行うと1年は軽くかかるのでそれから地裁へ差戻して新公判を行うと2年はゆうにかかることになるのでアップルは控訴せずに直ちに新公判を行う事を要求した。


そしてその結果、新公判は2013年11月に行う事が決定された。この決定はアップルにとって若干優位の決定といえる。


新公判は新しい陪審員によって行われる(前の陪審員には誤った証拠によるバイアスがあるので)。アップルは新しい陪審員はアップル特許等の侵害があったという最初の陪審員の評決はそのままにして損害賠償の額のみだけを評決させるべきであると主張し、一方、サムスンは損害賠償だけでなく、そもそも特許侵害があったか否かも評決させるべきであると主張している。この点はまだ決定されたわけではないが、恐らくアップルの主張が通るであろうと考えられている。


それにしても損害賠償の発生は特許通知があってからということは特許業界の常識であるが、これをアップルの訴訟弁護士と専門家証人が考慮しなかったということはあまりに基本的なミステ-クとしかいえない。


世界がこれだけ注目し、これだけ巨額な損害賠償の評決が容易に予測される事件でこういう初歩的ミスが生じることは不可思議である。


もしかするとこれも不良製品があたり前のようにはびこる(アメリカでは購入した新製品は返品できるのは常識である)アメリカ社会の疲弊を物語っているかもしれない(弁護士にも不良品があるのか…。いや、1,000億円の評決を得たのだから優秀な訴訟弁護士であったとはいえるが…)。


いずれにせよその新公判が終って全ての損害賠償の総額が決定されてからCAFC控訴は確実にあると予想されているのでこの訴訟はまだまだ続くのである。


 


 



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