第67回「新米国特許法の先願主義は憲法違反か?」


1.新米国特許法
米国特許法は建国以来の先発明主義(先に発明した者に特許が与えられるが、いつ発明が完成したかの立証は難しく時間がかかる)を不明瞭でコストがかかり過ぎるとして捨て去り、世界の全ての他の国が用いている先願主義(最初に出願した者に特許が与えられるので立証は簡単)を導入する大改革を行った事は前にもお伝えした通りである。


オバマ大統領はこの新法(AIA)を2011年9月16日(設立日)をジェファーソン高校(全米でも有数の工業系学校でトーマス・ジェファーソンは初代の審査官でもある)でサインしたが、あまりの大改革なのでその施行は、設立日に発効する法規と、それから1年後の2012年9月16日に発効する法規と、先願主義の法規そのものは2013年3月16日(つまり来週、3月17日(日)から)に発効すると三段階に分けてきた。

2.憲法違反訴訟
いよいよあと約10日後に施行である。ところがここはアメリカである。


新米国特許法の先願主義は憲法違反であるとフロリダの小さな会社であるMADSTADエンジニアリング社(特許3件しか有していない)が2012年7月18日に提訴しており、3月16日からの施行に対して仮処分差し止めを要求してきた!


MadStad Engineering Inc et al. v. USPTO USDC for MD of Florida Tampa Division No. 8:12?cv-01589-SDM-MAP


3.MADSTAD社の主張の要旨
同社の主張は以下の通りである。


(1)米国憲法には「発明者に特許を与える」と規定しており、この「発明者」とは判例で「最初に発明した者」と解釈されてきたが、新法は誰でも出願人になれ、真の最初の発明者に特許権が与えられない恐れが強いので憲法違反である。
(2)米国議会は新法を単に「先願主義(First-to-file)」と呼ばず、「発明者による先願主義(First-inventor-to-file)」と発明者でなければ出願人になれない表現を使ってきたが、現実には新法では特許は最初の出願者に与えられ、最初の発明者ではないので虚偽表示である。
(3)従来法の102条(f)には「発明していない者が出願した場合は特許が与えられない」という条項があったが新法では削除され発明者でない者にも特許が与えられる事になったことは違法である。
(4)先願主義はこれまでの米国の新技術開発を担ってきたシリコン・バレーの個人発明家、新興企業(スタートアップ)、小規模企業、研究開発団体には出願予算がとかくないので不利である。米国の特許法がこのような新法であったらライト兄弟やヒューレッド・パッカード社は特許を取れなかったであろう。
(5)米国特許法は1790年の最初の特許法から歴史的に先発明者に特許を与えてきた。新法はこの基本原則に反するものである。
(6)新法は登録後レビュー等の余計な行政手続があり米国特許商標庁の仕事は更に遅れ、滞貨が増加するだろう。この点で、新法では特許取得のためにコストと時間がよりかかり、また、発明は盗まれ易くなっているため、MADSTAD社は自社を技術を守るため余計な経費の支払いを余儀なくされており、既に被害が生じており、MADSTAD社は原告適格がある。
(7)仮出願の制度は12ヶ月しかないため、たとえこれを用いても十分な保護ができない。
(8)3月16日からの先願主義導入を阻止するために判事は直ちに仮処分差し止めを認めるべきである。

以上のように直ちに仮処分差し止め命令を発動するように要求している。


4.フロリダ連邦地裁

フロリダ連邦地裁では、これまでにおいて、被告の米国特許庁/司法省は、@原告にはまだ被害が生じておらず原告適格はない、A先願主義といっても真の発明者でないと出願できないので憲法違反ではない、B少なくとも差し止めを仮処分で認めなければならないほど緊急な問題ではないというような理由で訴訟却下モーションを提出した。これに対し、MADSTAD社も更に反駁書を提出している。判事は2012年10月12日にケース・マネジメント・レポートを作成し、現在審議中である。


両当事者は、本件の問題は純粋な法律問題であることを認めているので事実認定関係のディスカバリは行われておらず、更に和解や仲裁はあり得ないことも認めている。


地裁判事が3月16日までに仮処分をどのように処理するか注目を集めている。但し、もし地裁判事が憲法違反の可能性が非常に少ないと考えれば3月16日までに何もせずに今後ゆっくり審議することも考えられる(その可能性も強いとみられている)。いずれにせよこの訴訟は最低CAFCまで控訴されよう。最高裁は憲法違反の可能性が多少あれば受理する事になろう。


5.米国議会の意図

米国議会は新法制定後に必ず憲法違反の問題が提起される事を予測してか、新法自体の中に、「議会の認識:Sense of Congress」として「先願主義の特許法は憲法の規定された通り科学を発展させる(よって、憲法違反ではない)、そして更に、ハーモナイゼーションも促進させる、と理解している」という文言を挿入している。
拙著「新米国特許法(American Invents Act)対訳付き」(発明推進協会2013年1月出版)45〜47ページ、354ページ参照。
AIAの中のこの米国議会認識についての文言がどの程度憲法違反でない解釈に役に立つかは今後の地裁判事の判断を待つ必要がある。


6.連邦地裁の怖さ

連邦地裁はこうした仮処分差し止めも数年前に出している。それは米国特許庁が2005年に継続出願を何回も出す事を禁止するルールを発表し、2007年11月1日から発効する予定であった新規則についてである。


これは20年位前に、レメルソンという希代のペーパー発明家が1954年頃にバーコード技術を含む大量の出願をし、何回も継続出願を繰り返し、1987年ごろ(出願してから34年!)にバーコードを分割出願して特許を取得し、当時の特許期間は特許許可から17年であったため、世界中の企業がライセンスを余儀なくされた(日本産業界は直に100億円支払って和解した)ことに端を発して、いわゆるパテント・トロール(特許恐喝者)がはびこり出したため、米国特許庁は継続出願を何回も出させない新規則を作ったのである。


この新規則案を発表してから特許業界のコメントを2年間取り入れて修正し、いよいよ2007年11月1日施行の前日の10月31日にバージニア東部地区連邦地裁は、「このルールは特許法違反の可能性が高い」という理由で仮処分差し止めを下したのである。つまり、アメリカの連邦地裁ではこういうことが生じるのである。


先願主義の施行まであと10日位しかないが、フロリダ連邦地裁は果たして仮処分差し止めを認めるか、あるいは「米国議会の認識」を取り入れて仮処分を認めないか、訴訟を却下するか注目されるところである。



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