第51回 「松井の活躍 ― 世界もアメリカもマイノリティー時代」



 今年のワールドシリーズは、ニューヨークヤンキースが松井秀喜外野手のMVPという劇的な形で幕を閉じた。日本人にとってはこれほど嬉しいことはないが、それにしても松井のMVPは驚くべきものがある。それは彼はヒザの故障もあってDHヒッター専門だったので、試合の半分しか出場できなかったことである。ましてや、ナショナルリーグ所属のフィラデルフィア・フィリーズ球場になると、DHシステムさえないから、代打でしか出場できない。つまり、一試合に一振りのチャンスしかない。


 ワールドシリーズの歴史のなかでも、DH選手がMVPになった記録はないはずである(過去の記録に詳しいアメリカのスポーツ報道でもこの点に触れた記事は私の知る限りない)。だから打数は少なかったものの、13打数8安打、打率6割1分5厘、3本塁打、8打点と打ちまくり、しかも、ここ、という大事な場面で打っている(clutch hit)ことが重要である。つまり、1試合6打点はワールドシリーズタイ記録どころか、内容はそれ以上に濃いのである。


 そのため、最終戦では、試合の途中から、観衆は総立ちになり、M-V-P!、M-V-P!と叫び始めた。つまり、アメリカ人の誰もが、そして口うるさいニューヨーカーさえも認めるMVPだったことに非常な価値がある。


 フィラデルフィア・フィリーズ球場の第3戦から、松井をレフトのスタメンに起用せよという報道もあった(これはアメリカのジャーナリズムもこの時点で既に松井をそれだけ評価していることになる)ものの、Girardi監督は守備の不安を考えてか、代打にしか使わなかったが、もしスタメンで出ていればもっと早くヤンキースが勝った可能性も十分あったのだ。


 しかし、スタメンしなかったおかげでこの劇的な第7戦があったのだから人生とはわからないものである。いずれにせよ、アメリカのジャーナリズムやチームメートは、松井のことを以下のように評価している。


「彼は1年中大事な場面で我々のためにグレートだった。
(He has been great for us in the clutch all year.)」 (Joe Girardi監督)


「松井は本当のプロフェッショナルだ。
(He is a real professional.)」 (Derek Jeter遊撃手、主将)


「彼はすばらしいプレーヤーだった。彼今うちのチームに来てくれて嬉しい。
(He has been a remarkable player. I'm glad he has got one with us too now)」
(Brian Cashmanゼネラルマネージャー)


「松井は、ワールドシリーズタイ記録の6打点を上げてもなお規律を守っていた。ヒットを打ってもほとんど笑わず、歓声を受け止めていた。大喝采があっても、じっと直視しているか、足元を見つめていた。
(Even as Matsui tied World Series record with six runs batted in, he still moved around the field in a disciplined way. After each hit, Matsui barely smiled as he accepted congratulations. After each ovation, Matsui looked straight ahead or at his feet.)」
(Jack Curry NY Times記者)


 最後のニューヨークタイムズ紙のCurry記者の分析は、松井がなぜ良い打者であるかをよく物語っている。


 大体アメリカの打者は興奮しまくって何でもかんでも振ってくるのが多い。当れば大きいがミスも多くなる。しかし、松井は、良い球が来るまで絶対打たない。ツーストライクまでは平然と見送る(だからじれったいこともあるが)。最終戦のホームランもヒットもツーストライク後である。しかし、これが日本式辛抱野球なのだ。そういう意味では松井やイチローは、アメリカ人に野球を見直す刺激を与えている。


 それはともかくも、ワールドシリーズが終わると、いつも、「ああ、これで1年が終わる」、という感じがするが、これはアメリカ人の大半もそうであるようだ。勿論、冬にはバスケット、フットボール、アイスホッケーという派手なスポーツがあるが、やはりアメリカでは野球が中心であり、これだけは日本と全く共通している。


 ともあれ、松井の大活躍で終わった野球だが、つくづく今年はアジアの年だな、マイノリティーの年なのだなという感じが残る。


 年頭の黒人のオバマ大統領の誕生、そして最近のノーベル賞受賞、イチローの9年連続200本ヒットという大リーグ新記録、韓国の崔京周選手のタイガー・ウッズ(彼自身でさえ黒人とアジア人のハーフというマイナー人種)を破ったPGA選手権の優勝、宮里藍選手や韓国女子選手によるLPGA大会の数々の制覇、シカゴ/スペイン/日本を破ったブラジルの五輪開催、そして今回の松井のワールドシリーズMVPと全てが白人でないマイノリティ人種の勝利である。


 オバマ大統領の平和交渉が成功するかわからないが、白人大統領ではなく黒人大統領であるが故に、中東諸国もまじめに話しを聞くだろうというノーベル賞平和委員会の期待があることは紛れもないことである。


 つまり世界は、それほど白人主導では動きにくくなっており、それに代わるマイノリティーのリーダーが必要になっており、且つそれが実現しつつあるということなのだろう。


 日本の鳩山首相も世界のマイノリティリーダーになれるか期待したいところだが、自身の足元が揺らぎつつあるのが気になる。




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