第48回 タイガーは偉大なる敗者か



 今年最後のゴルフメジャーのPGA選手権は、タイガー・ウッズが逆転負けするという歴史的(ちょっと大袈裟か)な結果で終わった。とにかく、タイガーが最終日リードしていたメジャーは8大会全て勝っており、しかも相手は、無名に近い韓国のY・E・ヤンだったから大番狂わせとはいえる。


 最終日のタイガーは75、ヤンは70だから翌日の新聞が、「タイガー自滅する(falter)!」と書くかどうかが興味深かった。


 ワシントンポストは、「タイガー崩れ、ヤン仁王立ち(As Tiger buckles, Yang stands tall!)」と書き、ウォールストリートジャーナルは、「韓国人、トラを袋に捕らえる(South Korean bag a tiger)」と書いた。「崩れた(buckle)」と書いたものの、「自滅した(falter)」とまでは、書いていない。その理由は、タイガーのショット自体はそれほど問題なく、ただ単にパットが入らなかったことが大きな原因だったからである。


 タイガーは言った。「ティーからのボールはグレートだった、アイアンもよかった。必要なことは全てやったが、ボールがカップの中に入らなかった。(I hit the ball great off the tee, hit my irons well. I did everything I needed to do except for getting the ball in the hole.)」
要するにパットがハチャメチャだったのだ(&#*@patter: 英語ではよくこういう表現を使う)。


 それにしても、ヤンには奇跡的ともいえる3つのショットがあった。1つは、15番ホールの水越えのショットが、グリーン右の池には落ちず、かろうじてグリーン右脇のフリンジに止まったのである。普通のプレーヤーは、右側はあまりに危険なので左側からフェードで狙うものであるが、ヤンは大胆にも右側から攻めていた。


 もし30センチずれて右側のグリーン横に落ちていたら、垂直に近い壁の深いラフか水の中に落ちていて1、2打失っていたことは確実である。タイガーを散々苦しめてきた英国のパドレイグ・ハリントンや他の名プレーヤーは皆、色々なホールでそれに近い攻め方で大崩していたので、あの15番ホールのヤンのショットはヤンに運が傾き始めたことを示していた。


 その直後の16番のチップインイーグルは、トム・ワトソンがジャック・ニクラスを破ってメジャーに勝った時のショットを思わせる。そして、18番のセカンドの200数ヤードのハイブリッド3番は数年に一度あるかないかのスーパーショットである。3度とも奇跡的なショットだったが、全てギャンブル的で大崩の原因ともなるショットであったが、波に乗り、運がある時は全てうまく行く見本のようなものだった。


 一方のタイガーは、バーディーパットやチャンスが何回も何回もありながら、決められないフラストレーションの塊のようなプレーだった。それでも流石と思わせたのは、ヤンのチップインイーグルに対してバーディーで答えたところである。あれがパーで終わっていたら、最終ホールで2打差になるので、それで勝負の興味は消えてしまう。


 ヤンが最後の最後のショットで2メートルにつけた時、タイガーのセカンドショットもほぼ完璧であったが、わずかに逸れてグリーン脇の深いラフに入った。チップショットは、5メートルくらいしかないが、ラフはボールが見えないほど深いので、著しく難しい。


 しかし、タイガーは過去何度もここという時に決める起死回生のショット(clutch shot)を見せてきた。それを知っているヤンは、「正直にいうと、入らないでくれとか祈っていた。(I was - honestly, I was sort of praying it wouldn't go in.)」という。


 タイガーのチップショットは、わずかにカップの横を通って外れて万事休すとなったが、それでもヤンの奇跡的ショットが3つもありながらも最後の最後のショットまで、もしかすると、と我々に思わせたのは流石というしかない。こうして最後まであわやというところまで戦う敗者は偉大なる敗者といえる。


 しかし、これが現実は難しい。


 今年のゴルフやテニスのメジャー大会は、歴史に残る名勝負がいくつかあった。その1つは、ウィンブルドンのフェデラーとロディックの死闘である。「死闘(life-and-death match)」という言葉が相応しいのは、ウィンブルドンの決勝としては至上最長のロングゲーム(トータル77ゲーム)の試合だったからである。試合時間そのものは4時間18分で、昨年のフェデラー対ナダルの4時間48分の方がちょっと長いが、内容が良かった。


 しかし、確かに、ロディックの戦いは立派だったものの、偉大なる敗者といえるほどであったかは、わずかな疑問が残る。その理由は、最後の数ポイントはボールがラケットにまともに当らず、ファールボールのように完全にコートの外側に弾け負けで、明らかに精も根も尽きた、ということが明白だったからだ。


 つまり、既にシーソーゲームは終わっていた。これは名勝負に水を差す。だから、テニスファンは未だに1980年のボルグ対マッケンローのウインブルドンの決勝の方が名勝負だったという。


 同じことが、全英オープンのトム・ワトソンの負け方にいえる。ワトソンは、最後の18番ホールで、3メートル位のパットを決めれば59歳で全英オープンを制覇していた。ところが、彼は惜しいともいえない位に大きく右に外した。素人以下ともいえるパットだ。ワトソンのショートパットが入らない「イップス病(yips)」が最後の最後に出たのだ。


 それから後のプレーオフのワトソンは、出だしからボギー、トリプルボギーで惨めそのものであった。しかし、英国のテレビカメラは容赦なくワトソンの半泣き顔をどアップで写す。

 気が付くと、彼の首の後ろはワニのような皺だらけの皮膚で、(the back of man's neck looks like alligator skin)、顎は三重で(he has three chins)、それまでの勇ましい59歳は、たちまち老人の59歳になっていた。


 大崩れするワトソンを尻目に、スチュワート・シンクは神がかりなショットを続々と連発した。このシングのプレーは、ヤンのプレーと非常に似ており、勝者が運と勢いに乗った時の神がかり的プレーである。


 以上のように歴史に残る名勝負といわれる今年のウィンブルドンでも、全英オープンでも、敗者が偉大なる敗者となるための条件である最後の1ポイントまで勝負がわからないという展開にはならなかった。タイガーは確かにヤンに敗れたが、18番ホールの最後のチップインまで再逆転の可能性を残したという点は、やはりタイガーならではといえるのかもしれない。


 但し、タイガーが最後のチップインバーディーを決めていれば、タイになり、それをヤンがバーディーで返すとなっていれば、1977年の全英オープンのニクラス対ワトソンの「真昼の決闘(Duel in the Sun)」の再現になったろうが、そこまでのドラマにならなかったのは求め過ぎだろうか。


 翌朝のアメリカのジャーナリズムは、韓国女子ゴルフに次ぐ男子ゴルフの勝利と称えていたが、興味深いのはそれ以上に、アジアの台頭を称え、それはタイガーもアジア人の血が混ざっていることも含めていた。 日本では、やっと宮里藍がアメリカで優勝したが、男子も女子も最近は韓国に負けているのが、今日の勢いの違いである。


 アメリカのゴルフ市場をアジア人に切り開いたのは、日本人の樋口久子、岡本綾子、青木功、丸山茂樹等であるが、今後、宮里藍、上田桃子、今田竜二、石川遼等の若い人が活躍することを期待したい。




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