第46回 特許出願では日本は依然として世界のリーダー、しかし陰りがある



 特許出願は技術開発のたまものであり、各国の特許出願数はその国の技術水準を示す1つの指標ともいえる。


 今日でこそプロ特許時代といわれ特許がもてはやされているが、特許出願を明治以来積極的に行ってきたのは日本である。米国の大企業は1929年の大恐慌以来、独禁法が強化され、特許を取りすぎると企業が解体されるため基本技術以外の特許は取ってこなかった。それでも圧倒的技術力があったので問題はなかった。


 その米国がベトナム戦争前後から海外に生産を依存し始め、日本の輸出攻勢に悩まされ、貿易赤字になり、ドルが弱くなると米国の技術や市場を特許で守ろうと考え、プロ特許対策に大転換したのは1980年の頃であった。


 それまでIBM等は司法省から訴えられ、企業解体される恐れがあったため、特許をあまり取らなかったが、米国のプロ特許政策への転換から独禁法の緩和に伴って最近は競って特許出願をするようになり、この特許重視の風潮は中国、韓国のみならず新しい工場国であるメキシコ、ブラジル、インドへも飛び火している。


 そこで世界の主要国がどのように特許出願を行っているかを以下に示す。



1. 主要国特許出願総数

図1.主要国特許出願件数
図1.主要国特許出願件数
出所: WIPO統計データを基に作成
http://www.wipo.int/ipstats/en/statistics/patents/

 まず、世界の主要国の特許出願の推移を図1でみると明らかなように、日本が常に40数万件でずっと1位であった。最近特に増加していない理由は、日本特許庁の処理がしきれないため国の強力な特許抑制政策があったことと、近年は大不況のため切り詰めざるを得なくなっているためである。


 そして、特許に目覚めた米国がどんどん出願を増加させ、2006年から初めて日本を抜き始め、2007年には46万件になっている。


 以下2位が日本の約40万件、3位は躍進著しい中国の約25万件、4位は韓国の約17万件で上位4カ国の特許出願が圧倒的に多い。


 その下は、図1には示されていないが、ガクンと少なくなって、5位ドイツの約6万件、6位カナダの約4万件、7位オーストラリアの約3万件、8位イギリス約2.5万件、9位インドの約2.5万件(2005年データ)、10位ブラジルの約2.4万件(2006年データ)というようになっている。


 これをみると特許出願でもやはり米国が世界でも圧倒的なリーダーになったかというと実はそうでもない。


 その理由は、各国の特許出願には自国の国内企業の出願と供に多数の外国企業による出願もあるからである。


 米国では特許訴訟が日常茶飯事で巨額の損害賠償が出されるので、輸出製品を特許訴訟から守るためにも外国企業にとっては米国への特許出願が重要になる。


 反面、中国、メキシコ、ブラジル、インドのような国々では労働者賃金が安いため多くの世界企業が生産を委託しており、それらの国で模倣されないように、外国企業は特許出願をして製品や技術を守る必要があるのである。



2. 主要国内国企業特許出願数

図2.主要国内国企業特許出願数
図2.主要国内国企業特許出願数
出所: WIPO統計データを基に作成
http://www.wipo.int/ipstats/en/statistics/patents/

 そこで、各国の特許出願から外国企業からの出願を除き、その国の内国企業の特許出願のみを示したのが図2である。この数字こそ本当に各国の技術水準の一面を表しているといえる。


 これを見ても分かるように、内国企業の2007年の特許出願が最も多いのは、相変わらず日本企業の約33万件であるが、前述した理由で徐々に減少している。次いで2位の米国企業の約24万件で毎年増加し、日本に肉薄しつつある。そして、3位の中国企業の約15万件、4位の韓国企業の約13万件となっている。


 それ以下になるとやはりグッと少なく、5位ドイツ約4.7万件、6位イギリスの約6.7万件、7位フランスの約1.5万件であるが、これらヨーロッパ諸国の特許出願数は何10年とほとんど変っていない。


 しかし、出願数が増加したからといって勿論中国や韓国がヨーロッパ諸国の技術水準を越えたわけでは全くないが、少なくとも技術革新、製品開発に対する旺盛な意欲を示していることは間違いなく、このまま何年も続けば日本が例示したように本物の力が付いていくことは疑いもない。


 日本特許出願は、最近は減少しているものの、抑制政策がなくなり、景気さえ回復すれば再び増加することはまず間違いない。技術内容は生産技術に関するものが多く、高品質な日本製品を支える大きな要素となっている。


 米国特許は基礎技術に関する出願が多く、1件ごとの特許の価値は米国のほうがはるかに高いことは間違いなく、米国企業の巨額なライセンス収入にも表れている。



3. 主要国内国企業/外国企業出願数比

図3.内国企業/外国企業 特許出願件数
図3.内国企業/外国企業 特許出願件数
出所: WIPO統計データを基に作成
http://www.wipo.int/ipstats/en/statistics/patents/

 次に、各国における国内企業出願数/外国企業出願数の比率を示したのが図3である。


 これを見て明らかなように、日本、中国、韓国では圧倒的に内国企業の特許出願数が多く、これは内国企業の生産技術が活発であり、世界における生産輸出国であることが分かる。


 米国は内外比が53/47と非常に拮抗しているが、米国企業は特許を利用して米国内で生産しているのではなく、米国の基本技術を特許で守り、ライセンス収入を得るために用いている点で異なる(つまりパテント・トロールもはびこる一因になる)。


 つまり、特許を生産技術に活用していないので空洞化があり、今日のような金融危機があると激震する脆さがある。


 米国経済が健全化するためには、果して実体経済を取り戻すかであるが、見せかけだけの利益に走る姿勢が変化するかは全くわからず、これは世界にとっても深刻な問題である。


 ともあれ、カナダ、メキシコ、ブラジル、インド等の世界の生産基地ではほとんどは外国企業による特許出願が占めており、それらの国々の内国企業特許出願はまだ非常に少なく、自主技術開発はまだ行われていないことが明白である。



4. 主要国中の外国企業特許出願数

 次に、主要国における外国企業の特許出願数を見ると1位が米国の約21万件で圧倒的に多く、次いで2位中国の9.2万件、3位日本約6.3万件、4位韓国約4.4万件、5位カナダの約3.5万件、6位オーストラリアとブラジルとインドがそれぞれ約2.4万件となっている。


 但し、外国企業が外国で特許を取る目的、意味はそれぞれ異なる点にあり、米国については外国企業が米国に製品輸出する場合にできるだけ特許で製品を保護しようとするためであろう。


 外国企業が中国、カナダ、オーストラリア、ブラジル、インド等に出願する目的は、外国企業がこれらの国々に生産委託したした時に技術流出を防ぎ、勝手に模倣させないための特許出願と考えられる。



5. 米国での特許出願数

図4. 米国における企業特許出願
図4. 米国における企業特許出願
出所: ipo発表資料(2004〜2007)
http://www.ipo.org/AM/Template.cfm?Section=Top_300_Patent_Owners
及び、米国特許庁データベースに基づく独自調査(2008)を基に作成

 最後に世界でもっとも重要な市場である米国における各企業の特許件数(出願数ではない)を示したのが図4である。


 米国における各企業の特許取得件数をみると、1992年には日本のキヤノンが1位になったことがあるが、ここ16年間はIBMが連続首位である。2007年にはかなり減少したが、2008年には4153件と大幅に増加している。


 韓国のサムスンはもここ10年で急激に特許数が増加3468件で3年連続2位を占め、2009年にはIBMを抜く可能性もある。


 日本企業の特許数は若干減少しつつあるもののは、キヤノン(3位:2130件)、パナソニック1848件)、東芝(7位:1593件)、富士通(8位:1490件)、ソニー(9位:1479件)と、トップ10に5社ランクインしており、米国企業の4社より多い。


 トップ20まで広げると表1には示されていないが、更に日立、セイコーエプソン、富士フィルム、リコー、ホンダ等がランクインしており、日本企業全体の特許力は依然として非常に強いが、同時に日本がいかに米国市場に依拠しているかを示すものでもある。


 また、米国特許件数が著しく伸びていることで注目されるのはマイクロソフト(4位:2025件)である。基本的に同社はソフト会社であり、数年前まで特許件数は極めて少なかったが、近年、数多くのパテント・トロールに特許侵害訴訟を提起されてから特許出願に注力し始め、米国特許制度改革に最も力を入れている企業でもある。


 オバマ政権は早くも2009年特許法改革案を上程し、懸案であった損害賠償の284条の改正も4月2日に上院・下院の知財議員が妥協した案が決定され、いよいよ上院・下院の本会議に提出されることになっている。こうした特許法改革が今後米国企業にどのような特許戦略をもたらしていくか注目される。



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