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第45回 WBCと日本経済



 今年のWBC決勝は韓国との凄まじいデッドヒートとなり、イチローの決勝打で、見事に日本が2大会連続優勝した。このドラマの内容は、5対3の点差以上のシーソーゲームであり、その激しさ、面白さは中継をずっと見ていた人にしかわからないだろう。翌日の日本の新聞はこぞって、「イチロー、さすが!」と称えていたが、今回の立役者はもっと多くの選手であったのでないか。

 それはともかく、この最終戦を振り返ると日本人にとってこれほど疲れる試合はなかっただろう。何しろ安打数は15対5で圧倒的に多く、毎回走者を2、3人出しておきながら、適時打がほとんど出ず、ダブルプレーばかり目立った。韓国戦になると、初戦で大勝したことは別として、いつも大体そうである。

 恐らく韓国が異常ともいえるほどの敵がい心を剥き出しにして、日本に勝たなければ、まともに韓国に帰れないような闘志でがむしゃらに向かってくるからだろう(兵役免除の可能性も大きなモチベーションであったろうが)。とにかく、日本に勝つと平気でマウンドに韓国の国旗を立てる。相手の感情やスポーツマンシップなぞはお構いなしだ。

 もっとも、ワシントンDCに住む友人の韓国人にいわせると、国旗を立てるのは相手が日本だからというだけではなく、どこの国に勝ってもやるらしいが、私の記憶にある限りでは、日本戦以外ではオリンピックの決勝でキューバに勝ったときしかやっていないはずである。その真否はともかく、こういう行動を見て何もいわない日本のジャーナリズムやそれを黙認するオリンピック委員会やWBCも不甲斐ないといえる。

 ともあれ、韓国人観客が圧倒的に多い球場の中で(ロサンゼルス在住の韓国人は27万人、日本人は15万人といわれる)、しかも鐘や太鼓で嵐のように応援する中で平常心を保つのは大変である。日本でも野球の応援では鐘や太鼓を使うが、アメリカではこういう応援はしないので、日本人もアメリカが絡む試合では、そういう応援は自粛しているが、韓国はお構いなしである。

 その異様な雰囲気の中での先発ピッチャー、岩隈のピッチングは見事としかいいようがない。しかも、その端正なマスクに微かな微笑が漂っており、あれなら韓国女性でもつい応援したくなるのではないか(まさか?)、と思われるほどである。まあともかく、岩隈はあのキューバ打線さえほぼ完璧に封じたのだから調子は抜群で、重要な立役者と言っていいだろう。

 ところが、日本打線は、苦手中の苦手の奉ピッチャーから再三再四ランナーを出しながら決定だが出ず、見事なダブルプレーもあり、6回までにようやく1点入れただけでとにかく歯痒いこと甚だしい。明らかに韓国恐るべしという呪縛があるようだ。キューバから6点、アメリカらら9点取った打線とはとても思えないチグハグな攻勢だった。

 そして韓国は、完璧に押えられていた岩隈から5回にドカンとセンターオーバーの大ホームランを打ち、あっという間に同点。こうなると韓国応援団は狂喜乱舞する。これは完全に日本の負けパターンである。

 そしてその後の打者が痛烈なレフト前のライナーのヒットを打った。左翼手の内川が猛然とダッシュして補給しようとダイビングしたが間に合わない。ここでボールを後にそらすとランニングホームランになることは間違いない。

 無謀なダイビングと一瞬ヒヤッとすると、何と彼は前に倒れながら逆シングルでショートバウンドしたボールをグラブにパッと納めた。転瞬、地面から稲妻のように立ち上がると矢のような送球を二塁手に送り、韓国ランナーは一瞬タッチアウト。数万の韓国観客が呆然として静まると、少ない日本人観客が雄叫びをあげる。ここで韓国打線の勢いが一瞬止まった。

 内川のプレーは、ほとんど奇跡に近いといえたが、このプレーこそが日本選手の闘志を生み出し、勝利へと導いたものだろう(翌日の日本の新聞で内川選手の本職は一塁手であると知ってワンバウンドの逆シングルキャッチが上手な理由が理解できた。優勝するためにはラックは必ず必要だが、たまたま彼がレフトを守っていたラックがあったといえる。)。

 アメリカ人解説者は3人ともビデオのプレーを何回も写しながら、「これがアメリカチームが日本や韓国のチームと違う点だ。アジアチームは守りが実にしっかりしている。アメリカチームは守りが粗雑だから負けたのだ。」と褒め讃えていた。さすがに彼らの目はプロである。アメリカチームが決勝に出られなかった悔しさは当然あるだろうが、冷静に日韓チームの良さ、アメリカチームの問題を指摘していたので、彼らのアドバイスは必ず次のアメリカチームに伝わっていくであろう。

 また、彼らが試合中、何回も言っていたことは、「日本人プレーヤーは、2ストライクの後は必ずボールにバット合わせる打撃をし、無茶振りしないことだ。バットにボールが当れば、その後、奇跡でも何でも起こる可能性があることを日本人プレヤーは知っている。」ということである。

 韓国プレーヤーはこの点アメリカプレーヤーとほぼ同じでブンブン振り回してくる。だから、岩隈からたまたまホームランも打ったのだ。そして、そういうタイプの選手を集めているようで、アメリカ人よりはるかに大きい白熊のような選手が2人もいた(白いホームチームのユニホームで余計にそういう風に見える)。

 日本人プレヤーの中にはそういう巨大選手は一人もいない。しかし、全員がバッドコントロールが抜群のプレーヤーだから、どこからでも誰からでもコツコツとヒットが打てる。ピッチャーも同じで、滅茶苦茶早いボールを投げるわけではないが、コントロールと球種は全ての投手が実に優れている。そして、こういう緻密な野球ができる選手がいるチームだからこそ、WBCに二連覇したのだろう。

 韓国の選手は先発した9人は日本と引けを取らない選手が多くいたが、後釜の選手はがくんと落ちるのが目に見え、終盤にその差がはっきり出た。それは、10回の表に2アウトでランナー一塁、三塁(これも内川のヒットで始まっている)でイチローが打席に入ったときだ。韓国のピッチャーとキャッチャーは9回同点の攻撃の代打の関係で控え選手だった。

 アメリカ人解説者たちは、「一塁ランナーは絶対走るべきでない。もし、そうすればイチローは絶対歩かされるだろうから、かえって損する。」と説明していた。これは正に正論である。こういう点が緻密な戦略というものだ。

 ところがところがである。何と、一塁ランナーは3球目位に二塁へ走ったのだ。こうなるとピッチャーはイチローに対し、ぎりぎりのコーナーに投げ、フォアボールならそれでいい、打ち損なってくれれば儲けもの、というピッチングをするものだ。しかし、このピッチャーとキャッチャーは何も考えていないかのようにガンガン、イチローに向かっていた。韓国の金監督がどう動くかと思ったが、彼はベンチの中で心配そうに見ているだけで、マウンドに出てきてアドバイスしようともしない。

 5球目位にイチローはワンバウンドの球を振って出た。出かかったバットが止らなかったのだろう。それほどイチローも緊張していたといえる。「これではイチローもだめだ」と、瞬間思われた。しかし、イチローは8球も粘り、最後に投げた球はほぼど真中のスライダーだった。イチローは気負う所は全くなく、落ち着いて強振せず(ここが凄い)、確実にセンター前に打ち返し、決勝の2打点をあげたのだった。

 アメリカ人解説者たちは、「大リーグで記録を作っているイチローと勝負するなんて何と馬鹿なことをしたのだ!」と叫んでいた。それは半分、イチローは大リーグが育てている名プレーヤーだからこそ打てた、というメジャーリーグを引き立てようとする言葉を使っていたのは面白い。

 ところが、翌日の新聞情報によると、韓国の金監督はバッテリーに対して、「無理して勝負するな」というサインを送っていたそうだ。これを知ったとき、私は韓国の敗戦は金監督の不十分な采配のせいもあると実感せざるを得なかった。

 なぜかというと、あの異様な場面で、選手のみならず観客も熱狂している中、人間というのは冷静な判断、行動ができるはずがない。しかもバッテリーは控え選手だ。こういうときこそ、金監督は自らマウンドに行き、はっきり「歩かせろ」なりの指示しなければだめだ。そうすれば選手も冷静になれる。ところが、この監督としてはベンチから指示していれば十分伝わるだろうと鵜呑みしていたのだ。もしかすると、監督自身も球場の異様な雰囲気に飲まれていた、というのが正解だったのかもしれない。

 監督とは、リーダーとは、軍の指揮官とは、企業の社長とは、本当の危機状況にあるときは指示を出せば良いのではなく、指示が絶対確実に伝わる方法を考えていなければダメなのである。

 今の世界の未曾有の大不況の中で、ふと経済リーダーのあり方がWBCから学べたような感じだった。もっともアメリカのリーダーは、自分の会社が潰れても多額のボーナスを貰うような気質だから、リーダーとして資質がそもそもないともいえるが。

 また、このWBCの決勝は、アメリカでなく日韓というアジアの2国が戦ったのも実に今日の世界の経済社会を象徴しているともいえるのではないか。今の世界は、野球だけでなく製造業も、必ずしもアメリカが中心ではない。それに、そもそもアメリカではモノを作っていない。モノを作るのは、日韓を中心とした、アジアの国である。

 経済は、株やマネーゲームに頼れば、所詮は架空経済であり、サブプライムが象徴するように必ず破綻が生じる。日本のバブル破綻と全く同じである。そのとき、基本となるモノ作りがしっかりしていれば、すぐ立ち直れるが、モノ作りがなく実体経済がないアメリカ社会では先行きどうなるかは全く不安である。

 日本の経済は、今回のWBC野球のような地道な努力(経営方針)をしてきたからこそ、製造業は世界でナンバーワンになっているのだ。確かにアメリカ経済が崩壊したため、日本のみならず世界の国に深刻な影響が今はあるが、一旦、景気が回復すれば日本経済や企業の体質は益々強くなるだろう。

 そいういう意味では、日本人は経済にも野球にも、全ての面でもっと誇りを持っていいのではないか。その誇りを持つことを教えてくれた点こそ、WBCの最大の成果であったといえる。