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第43回 620億円で和解のブラックベリー訴訟の余波



1. ブラックベリー訴訟の620億円の和解
 バージニア州にある小さな特許専門会社(オーナー4人のみ)であるNTP社がアメリカやカナダでブラックベリーを製造、販売しているカナダのリサーチ・イン・モーション社(RIM社)を訴訟して、RIM社は2006年3月に6億1,250万ドル(約620億円)を支払って和解を余儀なくされたことは、高額の賠償金に慣れている米国の特許社会でさえ驚愕のニュースとして伝えられたことは記憶に新しい。何故、RIM社がこのような高額の和解に応じたのか、せざるを得なかったかには理由がある。

 2年ほど前の米国特許業界では特許が有効で侵害があると認定されると差し止めがほぼ自動的に認められていた。つまり、侵害会社は損害賠償を支払った上で製造、販売ができなくなるだけではなく、特許侵害品のみを作っている工場さえも閉鎖させれるのである。

 このような強い特許権の考え方は特許訴訟控訴を一手に引き受けるCAFC(連邦巡回控訴裁判所)がプロ特許政策が始まった1981年に設立されて以来、判決で示してきた考え方である。

 しかし、自社の技術を特許で守るならいざ知らず、特許を取得するだけで生産活動は何も行なわずに、他社が特許侵害製品を独自に開発しても特許訴訟でライセンス料を強要するパテント・トロール(特許恐喝会社)が蔓延り始めてから、社会的批判が持ち上がり、米国最高裁判所で差し止めの根本的なあり方を質すeBay訴訟が当時行われていた。

 そこでブラックベリーのRIM社は、NTP社に訴訟されて特許有効、特許侵害あり、過去の損害賠償は約200億円の判決を受けていたが、差し止めについては判決が間近と予想されていた最高裁の裁判を待つように要請していた。

 地裁判事は、一時は待つことに同意していたが、最高裁の判決がいつ下されるかは明らかでなく、2006年の3月にはそれ以上待つことはできないと示唆し、そこでRIM社はとうとう将来分も含めて620億円の和解金を支払うことに同意せざるを得なかったのである。最高裁はその2ヶ月後に差し止めは自動的に出されるというCAFCのそれまでの判決を棄却する新しい見解を出したが、後の祭りであった。

 この巨額の和解金が原告のNTP社の中でどのように分配されるかという興味は尽きなかったが、やがて以下に述べる余波の訴訟で明らかになった。

(1)Willy Rein & Fielding法律事務所(RIM/NTP特許訴訟を成功報酬で請け負ったバージニア州の訴訟法律事務所)…200億円
(2)S弁護士(問題の特許出願を担当していたATSK特許法律事務所のネームド・パートナーであり、且つNTP社オーナーの1人)…177億円
(3)Campana(NTP社特許の発明者且つNTP社オーナーの1人)…153億円
(4)Wright弁護士(S弁護士の友人の特許弁護士でNTP社オーナーの1人)…20億円
(5)White(NTP社社長)…10億円
(6)ATSK特許法律事務所パートナー…相当の額(訴状には具体的額は記載されていない: S弁護士がネームド・パートナーである特許法律事務所)

 以上のように法外ともいえる巨額がNTP社のオーナー達に分配されることになったが、オーナー達のスキームが続く訴訟で明らかになっていった。


2. NTP社特許を元々開発したTelefind社
 この特許技術は元々は小さなTelefindというアメリカ会社のAndros研究者(オーナーでもあった)によって、1980年代から開発され始め、その後会社に入ったCampana研究者の協力によって更に開発されていった。同社の経営利益は当時全くなく、常に破産寸前であり、研究開発技術で特許を取得して製品を開発し、事業を興していくのが目的あったという。

 Telefind社の運営資金は、外国のRichards氏からの投資のみで運営され、コンピュータはCLE社から借り入れ、開発された技術の特許出願はバージニア州のATSK特許法律事務所のSパートナー弁護士等が行っていた。ATSK特許法律事務所は、バージニア州のアーリントン郡にある特許弁護士10人というアメリカでは比較的小さい特許専門の法律事務所である。

 やがて、Andros研究者は死期が近づき、Telefind社の破産も時間の問題であったので、S弁護士のアドバイスでそれまで開発してきた技術をCampana研究者に譲渡するという書面にAndros研究者はサインしていた。しかし、これは債権者を回避するためとも考えられ、その信憑性は後の訴訟の訴因の1つとなっている。そしてS弁護士とCampana研究者は1991年5月にCampana研究者のみを発明者として記載して問題の6件の特許出願を行い、Telefind社は6件の特許を取得した。

 ところが、このTelefind社は事実上破産していたので、S弁護士はTlelefind社に対して6件の特許をNTP社に譲渡することを勧め、Telefind社もそれに従った。その譲渡手続きはS弁護士の長年の友人であるWright弁護士よって行なわれた。

 NTP社のオーナーは、実はS弁護士、Campana研究者、Wright弁護士であることが後になって判明したが、それをTelefind社やその債権者CLI社、そしてAndros研究者の遺族や投資家Richards氏達も全く知らされていなかったという。

 NTP社は6件の特許を取得するとRIM社を訴訟したのが冒頭のブラックベリー特許訴訟である。

 RIM社は訴訟でNTP社の特許は先行技術により無効であると争ったがNTP社はそれらの特許は1990年末に発明が完成された(Andros研究者が死去する数ヶ月前で、そうだとするとAndros研究者も真の発明者であることになる)ことを主張して特許は有効と認定され、結局ブラックベリーは和解額620億円で和解を余儀なくされたのであった。


3. Telefind社関係者による訴訟
 NTP社が620億円で和解したことを知るとTelefind社の債権者のCLI社、そして投資者Richards氏及びAndros研究者の貴族は、S弁護士及びATSK特許法律事務所は特許譲渡に関した利害関係でコンフリクトがあったにも係わらずそれを開示せずにTelefind社の特許をフロードで譲渡させたこと、そして、Telefind社が破産状態だったので死期が近いAndros研究者を強制してCampana研究者に譲渡する譲渡書をサインさせたことから、債権者達にも和解金の権利があると主張し始めたが、S弁護士は全く応じなかった。

 そこでAndros氏の遺族及びRichards氏達は、以下の救済を求めて訴訟を提起した。

(1)この新訴訟で明確となる原告達の実損の全て
(2)被告が問題訴訟で得た不当利得の全ての返還
(3)被告は、原告のためにトラストとして収益を保有しているという判示
(4)原告は問題特許で今後に得られる利益の権利があるという判事(NTP社は現在Verizon、AT&T、スプリント、T-Mobile、Palm等の会社とライセンス交渉しているといわれる)
(5)原告の訴訟費用、弁護士費用
(6)判決前後の利子
(7)その他裁判所が適切と認める措置

 そして、債権者のCLI社も別の訴訟を提起している。


4. ATSK特許法律事務所の保険会社の訴訟
 アメリカでは法律事務所がマルプラクティス(仕事上の過失)で訴訟されることが多いので必ずそれに対処するために保険会社と契約しているものである。ATSK特許法律事務所はMinnesota Lawyers Mutual Insurance Co.(MLMI社)とマルプラクティス保険の契約をしている。

 そのMLMI社はATSK特許法律事務所の自らの故意による利害関係のコンフリクトに関する訴訟に対しては弁護の義務はないという確認判決を求めて同法律事務所を2008年9月30日に訴訟したのである!


5. 今後の展開
 こうして巨額の和解金を手に入れたS弁護士やCampnana研究者達は、元同僚研究者の遺族や投資家のみならず債権者や保険会社からも訴訟されたのである。もし、敗訴すれば和解金全額の支払いどころか、新たな訴訟の弁護士費用も支払わなければならないことになる。

 以上の訴訟で一体誰が正しいのか、つまり債権者のCLI社、Telefind社の投資者であったRichard氏及び研究者のAndros研究者の遺族達の主張が正しいか、S弁護士やATSK特許法律事務所が正しいか、はたまた保険会社MLMI社が正しいかは今後の訴訟で明らかになって行くであろうが、訴訟社会アメリカの実態の泥臭い(醜い?)一面が浮き彫りにされた一連の事件といえる。