<BACK>

第40回「真向勝負」(番外編)



 ゴルフの4大メジャー大会の1つであるトーナメント・プレーヤーズ大会はセルジオ・ガルシアとポール・ゴイドスというちょっと風変わりな組み合わせの二人で争われ、長い間天才と期待されていたガルシアがやっとメジャー大会に勝って終った。二人ともあまり期待されていなかったので(特にゴイドスは、ほとんど誰も知らなかったではないか)、タイガー/ミケルソン/エルス達が争う試合ほどのドラマはなかったかもしれない。

 それでもこの二人はあまりに対照的な性格と経歴を有するプレーヤーであったので、それなりの話題性はあった。まず、スペインのセルジオ・ガルシアだが、彼は何年も前から「エルニーニョ(わんぱく者)」(日本では「神の子」と訳されているらしいが、意味があまりに異なってしまう)というあだ名が付いていたほどの奔放な天才的プレーヤーであり、前からタイガーの最大のライバルになると期待されていた。しかし、彼はこの9年間の間にPGA大会に6回勝っただけで、それもこの3年間は全く勝っておらず、最近はどの大会でも優勝候補からは外されていた。

 しかも、彼の感情の起伏の激しさは大変なもので、今年の初めには有名な「唾吐き事件」があった。この事件は、ある大会で大事なパットが入らなかった時に、怒りのあまりカップの中にペッと唾を吐いたのである。テレビカメラは見事にそれを撮らえ繰り返しビデオテープで流していた。

 テレビ解説者のジョニー・ミラーは、「なんという行動だ」、と言い、テレビ局にも非難の電話が殺到した。ところが彼は、試合後のインタビューで悪びれもせず、
 「ああ、確かに唾を吐いたよ。でも、それはカップのど真中に入ったから、後のボールがカップに入っても唾は付かなかったはずだ。大したことじゃないさ(It's not a big deal.)。」
と言ったものだから、翌日の新聞にも報道されて大騒ぎになった。

 PGAは彼を出場停止にするかと思っていたが、PGA会長Finchemがガルシアと話し合っただけで(会話の内容は報道されていない)、一件落着となったが、筆者にはPGAの弱腰が気になった。ガルシアは、それほどPGAに必要なプレーヤーだったのだろうか?

 いずれにせよ、ガルシアが必至になってここ数年技術を磨いていたのは疑いもない。彼はスタンスを取って構えた時に、何回も何回もグリップを握り変えるので有名だった。それを見ている我々せもつい緊張してしまうほどだ。

 ところが、その指の動きは最近はほとんどなくなった。これだけの癖を直すのは大変な努力といえる。自分の癖というものは完全に治すことは不可能で、一生付いて回るものである。それをほとんどなくしたのは、コーチに付いて余程の努力をしたのであろう。

 いずれにせよ、彼も28才になり、優勝からも遠ざかり、そろそろ「神の子」どころか、「普通の子」になりつつあった(キャンディーズではないが)。そして、唾吐き事件で相変わらずの悪童というイメージがつきまとっていた。

 正反対に対照的だったのがポール・ゴイドスである。彼はPGA大会に出始めてから20年間の間に2つの大会しか勝っておらず、今年42才である。こういうプレーヤーをアメリカでは、「Journeyman(旅烏)」という。しかし、彼の性格は誠実そのもので、それはプレーぶりにもいたる所で出ていた。ミスショットをすれば当然悔しそうな顔をするものの、あくまで紳士ゴルファーの悔しさであり、ガルシアのような悪童ぶりではない。

 そのJourneymanが初日からトップに立ち続けた。最終日の前の晩にテレビ局はゴイドスをインタビュー攻めにしたが、彼は気負う事もなく淡々と、とにかくラッキーだね、と話していた。アメリカはこういう苦労人のシンデレラボーイが大好きなのだ。

 最終日は強風の悪コンディションで、ゴイドスはいきなりボギーの連続で、どんどん崩れる様相だった。やはり16年間で2勝しかできない選手かと思われたが、その後何とか持ちこたえて6アンダーを維持し、首位を保ち続けた。

 一方、ガルシアのショットは素晴らしく、とにかく大会を通じてドライバーのフェアウェイキープ率1位、パーオン率1位と他のプレーヤーを圧倒していた。しかし、彼の問題は常にパットで、確か70数位で、相変わらずバーディーが取れなかった。これが今までのガルシアだと、カァーッと頭にきてパターを投げつける所だが、このトーナメントではじっと我慢をしてプレーを続けていた。こうして最終ホールの18番に、ゴイドスと1打差の5アンダーで来た。

 ここは左側に池がグリーンまで続いているので皆右からドローをかけて打つ。うまくドローがかかればいいが、下手をすると右側の深いラフか、ドローがかかりすぎれば池まで飛んで行く。ガルシアのドライバーはその深い深いラフに捕まった。テレビ解説のジョニー・ミラーが 「こいつは良くない(This doesn't look good.)。」、と呟いた。

 ガルシアの次ショットは、やっとグリーンの手前のラフまで持っていっただけだった。ここでボギーを打てば万事休すだ。グリーンのピンは、一番遠いところにあり、その直後は深いバンカーになっているので強気には攻め難い。ガルシアがどのようなアプローチを打つかと固唾を飲んで見ていると、そのアプローチはカップにほとんど入るかと思われるほど近くを通り、2メートル位離れて止ったではないか!

 しかし、彼はこのパットの距離で今まで何回かメジャー大会を逃している。ところが、彼は落ち着いてしっかりパットを打って、ど真中からパーパットを決めた。すぐにはガッツポーズを見せず、ボールをカップから拾い上げて、グリーンを離れる頃に初めてガッツポーズを見せた。ボールがカップに入った瞬間に有頂天にならなかったことは、冷静沈着になる成長を見せていたともいえる。

 一方、ゴイドスは18番まで1打差リードしていたが、ガルシアと同じように深いラフへ入れた。2打目はガルシアと同じような距離を残したが、ラフの中ではなくフェアウェイのど真中だったので絶対有利である。ピンまで30ヤード位だが、フェアウェイからなのでプロのプレーヤーなら確実にワンパット圏内に寄せる距離だ。しかし、3打目のチップのアプローチをわずかにダフった(He slightly chunked his chip approach.)。明らかにプレッシャーだ。

 ピンまで5メートル位のパットが残った。この距離は実に難しい。左側が池なので雨水は池へ流れるため、芝も左傾し、普通はボールは池の方へ、左へ曲がる。そのためか、ゴイドスはカップのやや右側を狙って打ったが、ボールはなんとカップの手前で池と反対方向に曲がり、ボギーとなりプレーオフとなった。グリーン面が池とは反対方向に曲がるように設計してあることは、いかにメジャー大会のグリーンがトリッキーになっているかである。

 プレーオフはたった130ヤードのショートホールだが、池で囲まれたアイランドグリーンの名物ホール(signature hole)である。強風の風向きが瞬間々々変るのでクラブの選択、インパクトにおける力の加減が非常に難しい。

 しばらく迷った挙句打ったゴイドスだが、さっと強い逆風が吹き、ボールは風に押し戻されて手前の池に落ちてしまった。グリーンを取り囲んだ何千人という観衆、テレビを見ていた何万人という人々がシンデレラボーイが崩れる瞬間を見届けて悲鳴を上げた。ゴイドスは、「神は何故こんな時に変な風を吹かせるのだ」、とでも言うように天をじっと見つめていた。

 ガルシアにも当然同じことは起こり得るが、彼がボールを非常にしっかり打ったことは芝生の跳ね上がりを見てもわかる。風に負けるものか、という根性がほとばしっていた。ボールはグリーンの真中に落ち、それから傾斜面を下ってピンへと近づき、約2メートルの位置で止った。これで実質的に全てが終わりである。

 グリーンに向かって歩きながらゴイドスはガルシアの肩に手をかけ「素晴らしいショットじゃないか」というように話しかけていた。しかし、ガルシアは、あまりはしゃがずに、しっかりと2パットで決め初のメジャータイトルを獲得した。

 彼が有頂天にならなかったことは、翌日の新聞のコメントにも出ている。

 「ゴイドスのプレーオフ・ショットが水に落ちた後でもなおプレッシャーを感じていた(I could still feel the pressure even after Goydos's playoff shot splashed in the pond.)。私にも全く同じことが起こり得る(I could do exactly the same thing.)。とにかく変な風がサッと吹かないことを祈っていた(I was just praying I wouldn't get any weird gusts of wind.)。バンカーの左に、しっかりしたサンドウェッジを打つことだけを考え、それで十分いいはずだと願っていた(I just wanted to hit it left of the banker, just a good solid sand wedge and hope it was good enough.)。しっかりと3打で終えれば、それで十分勝てるはずだと(If I made a solid three, it should be good enough to win.)。」

 一方、負けたゴイドスも爽やかなコメントを残していた。  「あの一日は、いってみればタイガーウッズになった日のような感じだった(Maybe, in a sense, I got to feel for a day what it was like to be Tiger Woods.)。もっとも、それは観客の立場からで、私のゴルフがそれほど凄かったわけではないけどね(That's from a crowd standpoint, not a golf standpoint.)。ゴルフファンはひいきを応援するが、今日はそれが僕だった(Golf fans root for the favorite, and today they rooted for me)。ありがとう、という言葉以外に何も言えないね(I don't have right words other than thank you.)。」

 この二人の戦いは若干地味ではあったが本当のスポーツマンという感じがある。ガルシアもこれで肩の荷が下り、タイガーの本当のライバルになっていくかもしれない。メジャーに勝つということは大変だけでなく、良い意味でも悪い意味でも人生を変えるものである。

 マスターズに勝ったトレーバー・イネルマンはその後2大会連続予選落ちをし、このトーナメントプレーヤーズ大会は参加予定だったものの、結局プレーを一切しないで引き上げた。彼のゴルフ人生は大丈夫なのだろうか。一時はあれほど強かったデービッド・デュバルはこの何年間は毎試合予選落ちで、いつも80位をたたいている。メジャーに1回だけ勝って凋落したプレーヤーは何故か最近非常に多い。それほどタイガーや昔のニクラウス、パーマー達は偉大なプレーヤーなのだろう。

 それはともかく、ガルシアとゴイドスの爽やかな戦いを見ているとつくづくとスポーツは素晴らしいと思う。

 それにひきかえ、大統領選を争っているオバマとヒラリーの戦いは益々泥試合に見えてくるのは私だけではないだろう。