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第39回「イネルマン楽勝?それでもドラマのあるマスターズ」(番外編)



 今年のマスターズは若干28才の南アフリカのトレバー・イメルマンが2位タイガーに3打差で初優勝し、結果からみると楽勝したといえる。彼が16番のショートホールで池ポチャする前は2位のタイガーとスネデッカーとは6打差まであったのだから3打差になったとはいえ誰でも楽勝と認めるだろう。

 よって、今年のマスターズはつまらなかったか。とんでもない。少なくとも表や裏のドラマは色々あった。

 まず、優勝を争ったイメルマンとタイガーにはアフリカの血があるということで共通点がある。アメリカのスポーツが世界で断トツに1位である理由の一つは、アスリートの多くはアフリカ系アメリカ人であるからだ。

 それだけ彼らは運動神経が高いのかもしれない。ジャック・ニクラウスが20年位前に、「アフリカ系アメリカ人は白人よりはるかに動物的に運動能力が優れている」、と発言した時、人種問題的発言であるとなって一時大騒ぎになった。ニクラウスは直ちに謝罪して事が納まったが、アメリカでは黒人の表現には本当に注意しなければならない。

 ところが今のアメリカではアフリカ系アメリカ人がスポーツだけでなく、大統領候補にさえもなっている。オバマがクリントンに勝つのは時間の問題の様相さえ示しているので、アフリカ系アメリカ人の台頭は、単なる一過性ではないようだ。

 イメルマンは南アフリカ人といっても、白人であり、今はフロリダにも家を持っているので、黒人的南アフリカ人のイメージは全くないが、それでもアメリカとアフリカの繋がりは今やスポーツのみならず政治にも絡んで面白い点である。

 次に、凄かったのはタイガーはパットが決まらずスコアは伸びなかったものの、彼の恐るべきミラクルショットが何回もテレビで見られたことである。タイガーは、一般人にはその飛距離で有名かもしれないが、プロゴルファーの中では最も多彩なショットを打てることで有名である。

 ショットの技というとミケルソンのショートアプローチが有名だが、タイガーの技はあらゆる距離をあらゆる軌道のボールを打てることだそうだが、テレビにはそう映る機会がないので我々には中々わからない。しかし、今回タイガーは、不調で何回も木に当って林に入れたので、その一部を垣間見ることができた。

 マスターズの18番ホールはティーショットを非常に狭い左右の林の間を通って、しかもかなり右に曲るフェードを打たなければならない。曲らなかったり、曲る直前にいずれかの林の木に当ることは当然ある。

 しかも18番という最も重要なホールでタイガーは今回は初日を除いて3回とも林に入れたのだ。それだけでも彼がいかに不調だったかわかるだろう。大体、プロが木に当るようなショットを打ったりして勝てるはずがない。

 ところが、タイガーはそれをパー(2日目)、パー(3日目)、バーディー(最終日)というスコアでまとめたのだから唖然とするしかいえない。

 2日目のボールは完全に林の真ん中で18番ホールのフェアウェイにさえ出せなかった。そこでタイガーは隣のコース(10番ホールかどこか)のフェアウェーに出したのである。そのショットも木と木のわずかな隙間の間で、テレビの画面ではソケットしたかと思われるような、とんでもない右方向へ打ち出していた。

 ともかく、そこから18番ホールのグリーンまではピッチングウェッジの短い距離だった。だから易しいということは決してない。それは正規のフェアウェイならグリーンまでの距離はわかり易いが、隣のコースからでは、目測か歩測で測らなければならず、距離感が実に難しい。

 18番グリーン上には一緒にプレーしていたアップルビーのボールがピンから3メートルくらいの所に既に止っていた。普通、近距離のアプローチの場合、ボールに当る可能性がある時にはボールをマークすることを要求するのだが、タイガーは何故か何も気にせず、さっとアプローチショットを打った。ボールはアップビーのボールのちょっと上側にバウンドし、それからバックスピンでピンの方へ戻り始めた。

 アナウンサーが、「あっ、これならホールインするかもしれない!」、と叫んだ途端にタイガーのボールはアップビーのボールに当って止ってしまった。もしアップビーのボールをマークさせていれば、チップイン・バーディーとなっていたかもしれない。

 タイガーが何故マークすることを要求しなかったのは誰にもわからないが、今考えると、何故か冷静さに欠ける気配を暗示した場面であった。

 3日目もタイガーの18番ティーショットは、林の真ん中に入って止っていた。木の間や上を通して、グリーンを狙うことは不可能で、アナウンサーは、横へピッチアウトしてとりあえずフェアウェーに出さなければならないだろうが、どの木の間を狙うのか盛んにコメンテーターと話していた。

 ところがータイガーは、ほとんど見えないピンに向かって全力のスイングで、しかもインパクトの瞬間は右足を後方にずらしながら高射砲のような高いショットを打ったのである。ボールは木々の高い枝の間にあるわずかな隙間を突き抜けて何とグリーンにオンしたのである! これにはアナウンサーもコメンテーターも「Oh… my…」と唖然としていた。

 そして、最終日の15番ホールのロングホールでは3番ウッドにドローが十分かからず、ボールは大木の根元に止った。ロングホールだからタイガーは普通ツーオンを狙ってイメルマンにプレッシャーをかけなければならないはずだが、グリーン方向にはとてもフルのバックスイングができる状態ではない。

 アナウンサーがまた隣のホールのフェアウェイへしか打てないのではないかという。ところが、タイガーはグリーン方向に向かって普通に立ち、その代わりバックスイングをほとんど垂直に振り上げ、真下に振り下げパンチショットで打ったボールはグリーンから80ヤード手前まで届いて止ったのである。

 アナウンサーとコメンテーターはもうほとんど笑っていた。これも奇跡に近いショットである。

 次のアプローチは水越えになるので、ピンの奥につけ、バックスピンでボールはピンを越えて1.5m位のところで止った。返しは登りパットだから簡単である。ここでバーディーを取ればイネルマンに相当のプレッシャーがかかるはずだった。

 ところが、タイガーはそのパットをいとも簡単に打って外してしまったのだ。明らかに気落ちしたタイガーは、次の2つのホールでも2mくらいのパットを2回も続けて外していた。

 メジャーに勝つためにはパットが全てと言っても良い。プロは飛ぶ距離、アプローチは大体皆同じ位の技量を持っている。ところが、調子の良いプレーヤーは、そのアプローチがタップインできる短い距離に付けられたり、2〜4メートルのパットをどんどん入れるのである。

 優勝したイメルマンが正にそうだった。16番で6打差になって、池へ落としたが、このショットだけは明らかにプレッシャーでちょっと打ち急ぎしていた。しかし、それでも3打差あるので、イネルマンは17、18番を難なくパーで切り抜け危なげなく勝利していた。

 マスターズの最終日は強風が吹き、プレーヤーのほとんどがオーバーパーで、イネルマンさえ3オーバーだったから、いかにコンディションが難しかったかがわかるだろう。それでもイネルマンが3オーバーで済んだのは、いかに彼のアプローチやパットがすごかったかである。

 彼は5ヶ月前に腫瘍を摘出する手術を行ったばかりで、マスターズの前のPGA大会では予選通過さえできず、それがマスターズという夢の大会で勝った。

「(この半年は)とんでもないローラーコースターの人生だった(This has been the ultimate roller coaster ride.)。ぼくはローラーコースターが大嫌いなんだ(And I hate roller coasters.)。こんなクレージーな出来事は聞いた事もない(It's the craziest thing I've ever heard of.)。」、と言っていた。ゴルフとはそして人生とは本当にわからないものである。

 しかし、彼が本当に凄かったのは4日間中驚くほど精神的に集中していたことである。ティーショットを打つ時、ボールの後に立って、10秒、20秒とじっとボールとその先を見て、打つべきショットのスイング、軌跡を頭の中にイメージし、記憶させる。その表情が凄い。一緒に回っていて、崩れてしまったスネデッカーが、イネルマンのプレーよりもその集中力に驚いていた。

 あの集中力はどこからきたのか。それは、たまたまバイオリズムが最高だったということもあるかもしれないが、ゲーリープレーヤーのアドバイスが大きかったと彼自身は述べている。小柄なゲーリー・プレーヤーは恐ろしいほど体を鍛え、集中力でマスターズを3回も勝っている。

 南アフリカのゴルファーでこれまでマスターズに勝ったのはゲーリー・プレーヤーだけであり、あの大きな体で滑らかなスイングを有し、USオープンに2度勝ったアーニー・エルスさえ勝っていない。

 ゲーリー・プレーヤーは今回のマスターズが最後の出場で、18番グリーンにキスをして51回マスターズ出場という記録を残して去っていった。彼は同国人のイネルマンに勝たせるために土曜日に他のビジネスで国外に飛ぶ前に実に重要なアドバイスを電話メッセージで残していた。

 「君はマスターズに勝てる(You can win the Masters.)。」これは彼に自信をつけさせるための言葉である。

 そして、次の言葉がメジャーを制覇するキーとなるアドバイスだろう。

 「時間をかけろ(Take your time.)。パットでは目をボールに余分な時間置いておけ(Keep your eyes on the ball an extra time on the putts.)。変に曲がって外れる時もある(There will be bad breaks.)。しかし、君が勝つことはわかっている(But, I know you are going to win.)。」

 ゲーリー・プレーヤーは、技術についてはパットをする時、頭を動かすな、もっと止めていろ、としか言わなかった。イネルマンはそれを実に忠実に守ったようで、3〜5mのキーとなるパット(crutch pat)を何度も決めていた。優勝するプレーヤーのパットだった。

 対照的にパットがまるでだめだったのは、タイガーだ。その中でも特に壊滅的打撃を与えたのは前述した15番のロングホールだった。ティーショットが木の目前に落ち、スイングがほとんどできない時は、誰もがタイガーはここでダメだろうと思っただろう。ところが、曲芸的コンパクトショットでグリーン90ヤードまで打ち出し、ピンに2m位につけたのは前述した通りだ。

 テレビのアナウンサー、コメンテーター、何万人というマスターズの観衆、何百万人という米国の視聴者、そして何千万人という世界の視聴者も誰もがタイガーチャージが始まる、と生唾を飲んで信じていただろう。しかも、タイガーはその前のホールで20m位の超ロングパットを決めてバーディーを取っており、正に、波に乗ろうとしていた。

 ところが、タイガーはあまりに簡単と思ったのか、ラインを読み間違えたのか、いとも安易に打って外したのである。それもホールをかすめるのではなく、2、3センチ完全に外れて通ったから、惜しいという感じさえない。明らかに目はボールを追っていて、頭はすぐ動いていた。

 その瞬間は、マスターズの観客も呆気に取られ、驚きのどよめきさえも、それほど大きくなかったほどのケアレスミスだった。気落ちしたタイガーは、以降のグリーンで次々に2mパットを外し、最後の18番ホールでどうでも良くなった場面で、ようやく5mの下りの難しいパットをど真ん中に決めていた。観客は一瞬沸いたが、タイガーは、「今まであれだけ必要だったこのパッティングストロークは一体何処に行ってたんだ?(Where was that putting stroke when I really needed it?)」と言わんばかりに苦笑いしていた。

 イメルマンとタイガーの違いはどこにあったのだろうか。
 勿論、イメルマンがたまたまベストコンディションであったことは確かだが、まず、やはりゲーリー・プレーヤーという師匠のアドバイス、その中でも「大事なパットで頭を動かすな」という基本的な一言が効いたのだろう。  これに対し、タイガーにはコーチというものが実質的にいない。何年か前はブッチ・ハーモンという名コーチがついていたが、何故か彼を嫌いクビにして、今はそれほど有名ではないコーチが形だけついているが、スイングをチェックする程度で本当のコーチではない。それは、タイガーはあまりに精神的にも技術的にも凄いため、本当のコーチは必要ないと思っているからかもしれない。

 タイガーの凄さは、優勝したイメルマンがこう評価している。
 「あいつを見ていると気がおかしくなる(The guy boggles my mind.)。ぼくはスポーツを見るのが大好きで、中毒者ともいえる(I'm an avid sports watcher, a real junkie.)。タイガーがやること、そのやり方、いとも簡単にやってしまうことを見るととにかく恐ろしい(It's just frightening to see what he gets down, how he gets it down and the ease with which he gets it done.)。」

 ところが、どんな凄い選手でも大事な場面では、技術よりもメンタル面が最も重要となる。ショートアプローチやパットはメンタルそのものである。結果を見たがるから頭が動く。恐らくゲーリー・プレーヤーもそれで何度も失敗して、そのアドバイスが出たのだろう。

 タイガーには勝負の精神面をアドバイスするコーチがいないのではないか。だから彼が勝てない時はいつも必ずショートアプローチやパットが決まらない時である。

 彼は、負けた時のいつものセリフで、「今週はずっと必要なパットが入らなかった(I just didn't make putts I need this entire week.)。」、と言っていたが、真の師匠であった父親のアール・ウッズが亡くなったことが響いているのかもしれない。タイガーは自分の父親がメンタル面とパットの師匠だったと今でもよく言っている。

 その上、タイガーは大会前に「グランドスラムに勝つことは容易に妥当な範囲内にあると言える(Wining Grand Slam is easily within reason.)。」という暴言を吐いて、メディアやプレーヤーを完全に敵に回してしまった。

 後で彼は、「グランドスラムを公に喋ったことは誤りだった(I made a mistake publicly speaking about the Slam.)。メディアからそのレッスンを学んだ(I learned my lesson there with press.)。もうぼくは何も喋らない(I'm not going to say anything.)。」、と言って反発を買って精神的にダメージを受けたことを素直に認めていた。

 如何なる名選手でも、自分一人では勝てず、まして社会を敵に回したら勝ち難い。

 中国もこれを学ぶか、と言いたいとこだが、これはあまりに話が飛躍し過ぎているか?