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第31回 全米オープンゴルフのチャンピオンは誰だ?



 タイガーウッズは1打差で全米オープンを優勝できなかった。しかも優勝したカブレラに逆転負けである。その上最終日は2オーバーで、スコア的にはタイガーチャージの影さえも見えなかった。こう書くといかにもタイガーは酷かったようであるが実際はそれほどではなかった。

 逆に、パットに運がなくてもあそこまで戦えるタイガーはやはり凄いといえる。優勝したカブレラはアルゼンチンのプレーヤーで英語も喋れない位だからほとんど誰も名を知らないだろう。彼は1アンダーの69で回ったが最後の数ホールは神がかりといえるショットがあった。優勝する時とはこういうものだ。

 最近そういう形で優勝しているプレーヤーが続いているのが面白い現象だ。先週のPGAトーナメントで優勝したウッディ・オースチンという無名に近いプレーヤーがそうで、最終日に63(か64)というコースレコード優勝した。

彼の最終日はほとんど完璧で、彼はこういっていた。
「私は夢のゴルフをした(I played a dream golf.)。どのプレーヤーにもこういう日が極稀にある。それが最終日に出たのは本当についている。」

 アナウンサーは彼の勝ちが濃厚になった時、彼がそれまでいかに苦しんでいたか、一時はどん底に落ち日本まで行ってプレーしていた、しかし彼は誰のせいにもせず全て自分で責任を取っていた…、と述べていた。

 本当にウッディ・オースチンがそれほどの人格者かどうかわからないが、アメリカのテレビとはそうやってドラマチックに仕立てていく。そのウッディ・オースチンはこの全米オープンでは1打差で予選落ちした。絶好調の彼が予選落ちしたことはいかにこのコースが難しいかわかる。

 さて、話をタイガーに戻そう。タイガーは3日目の土曜は本当に絶好調だった。それはGIR(グリーンまでのパーオン率)が18ホール中17ホールというPGAタイ記録からも明白だ。あれだけ狭い全米オープンコースでのタイ記録だからいかにすごいかがわかろう。ところがパットがまるで入らなかった。

 しかもパットそのものが悪かったわけではない。完璧に打ったと思われるパットがホールの数センチ手前で、ヒョイと曲がってホールの横を通るのである。そのたびに観客は、アー!とかウー!といって悲鳴を上げていた。

 こういう時には1つでも入れば俄然調子付くことがある。しかし、17ホールまでGIRできたタイガーが18番のバンカーショットで大ショートするつまらないミスをやり(私はミスショットに見えたし、テレビの解説者ジョニー・ミラーもそういっていたが本当はレイアップしたのかもしれない)、とうとう最終ホールをボギーにしてしまった。

 反面、タイガーとタイだったオーストラリアのアラン・ブラッドリーはバーディーを取り、一挙に2打差で首位になった。こうしてブラッドリーは2オーバー、タイガーは4オーバーで最終日を最終日に一緒に回ったのだった。

 タイガーは最終日にトップかトップタイになると優勝する確率は90%を超える。ところが2位以下になって逆転してメジャーに勝ったことは未だにない。これについてタイガーは終了後「それについては振り返って分析する必要がある(I need to go back and analyze.)」といっていたが、私はタイガーがあまり無理したプレーをしないからだと思う。

 彼の特徴はベタピンに寄せるというより、グリーンのより安全なところに落とし、パットがうまくいけばバーディーという攻め方をする。従って、滅茶苦茶なチャージはあまりないが、安定性は抜群で、予選落ちは過去200回位の試合で1回だけというスーパー記録を持っている。

 3日目の土曜は何度も何度もバーディーチャンスがありながら1アンダーの69で回ったいた時、アナウンサーが
 「タイガー、69だったけど本当は何アンダーになってもよいプレーだったと思うか?」
と聞いた時のタイガーの答えは中々立派だった。

"I hit a lot of good putts that just grazed the edge," Woods said afterward, "But I put myself right in the mix. I'm right there.... I'd be miffed at myself if I hit bad putts, but I hit good ones.... I felt like I was control of my ball all day, which is nice on the Saturday afternoon of a U.S. open."

「いいパットがたくさんあったが、皆ホールのエッジをかすっていってしまった。でもいいポジションにいる。もうちょっとだ…。もし悪いパットをしていたらムカついていただろうけどね。でもいいパットを打っていた。今日は一日中ボールをよくコントロールしていたと思う。これは全米オープンの土曜日としてはナイスだね。」
 タイガーは「本当は64、5で回れたはずだ」とか「運が悪かったんだ」というようなネガティブな表現は一切せずに、「内容はよかったんだが」というようなポジティブな表現をしており、これは爽やかといえる。

 さて、その最終日、昨日あれだけパットが入らなかった彼だと今度は逆に一気に入れるようになる気もするが、それは運次第である。パートナーの若いブラッドリーは最初のホールでトリプルボギーを叩き一気に崩れてしまった。全米オープンのプレッシャーもあろうが、タイガーと最終組を回るプレッシャーもあろう。

 問題はタイガーと回っていない他のプレーヤーがどういうプレーをするかだが。彼らは負けてもともとであり、またタイガーとプレーしていない気軽さがある。カブレラは正にその利点を最大に利用したといえるが、彼の最終数ホールは正に「神の領域にいた(in the zone)」ようなプレーだった。

 誰もがタイガーとかカブレラの一騎打ち、と思っていた時に、ジム・フィリックがいつの間にかバーディーを重ねてトップタイになってきた。あの、PGAプレーヤーの中で最もスイング軌道が一定していない彼である。彼のスイングは波を打っているが、インパクトになるといつの間にか完璧の形になっている不思議なスイングである。プロゴルファーのスイングは皆それぞれ何か異なる特徴があるがインパクトの形だけは全プレーヤー同じである。逆にいうとインパクトの形さえできていれば前後はひょっとこ踊りでもいいのかもしれないが。

 そのフィリックも首位タイとなった17番ホールでドライバーを曲げ深いラフに入れそこで崩れた。あれだけ快進撃をしてきたのに恐らく首位タイとなってプレッシャーが出たのだろう。ただ彼は「俺みたいなショートヒッターの小便小僧があんなに遠く飛んだのにびっくりした(I'm shocked that a little pea shooter like me hit the ball that far!)」といっていたから、アドレナリンのせいかもしれない。

 タイガーが凄かったと冒頭に書いたのは明らかにショットが乱れ、パットも相変わらずホールをかすめて入らないのに、腐らず大崩れしないことである。カブレラはスーパーショットを打ち、パットも良いのを入れていたが、タイガーはそれでも最後の18番ホールでは1打差であり、バーディーを取ればタイとなり翌日36ホールの戦いになるまで持っていったところである。他のプレーヤーだったらズルズルと落ち込んでいくだろう。

 タイガーの18番ホールのドライバーはほぼ完璧だったが最後にフェアウェーから右へバウンドして浅いラフと深いラフの境目に止った。グリーンに向かうとボールの真後ろが深いラフになり、これだけ運の悪い止まり方もそうはない。しかし、解説のジョニー・ミラーは「タイガーの腕力ならそう問題ないだろう(he should be no problem with his power.)」という。果してタイガーはそれほど深刻な顔をしていなかったが、打ったボールはスピンがかからずピンを越えて7、8メートル位のところに止まった。

 2段グリーンの上で、段差を越えると直角に曲がることが予想される難しいラインだ。今日のタイガーのパットの調子だとまず入らないと考えられる。しかし、アナウンサーとジョニー・ミラーは「全観客がタイガーはこのパットを絶対入れると信じているだろう(Everybody believes he will make this putt.)」という。タイガーは睨むようにボールとホールをしばらくじっと見ていたが、その後打ったパットは惜しいともいえない外れ方でタイガーの今回の全米オープンの全てを物語っていた。

 テレビカメラは待っているカブレラも写していたが、彼はタイガーがパットをする前からもう優勝が決まったように笑っており、これはあまりよいマナーとはいえない。タイガーはこういう場合、真剣に他人の最後のプレーを見て、外れると、残念だったな、という表情をさせ、それからニコリと自分の勝利を笑う。カブレラにすると夢のような結末だから笑いが止まらないのも仕方がないのかもしれない。

 通訳を付けたインタビューでアナウンサーが「この優勝でアルゼンチンで最も有名なのは君かい、それとも先週バスケットボールで優勝したスパーズのマニュ・ジノビリかい?」と聞くとカブレラはさすがに通訳なしでも理解して「それはバスケットボールのマニュ・ジノビリだよ」と笑って答えた。それを聞いてジョニー・ミラーが「彼はいい奴だね」といっていたが、本当のカブレラは性格のいい男なのかもしれない。

 ところでこの全米オープンの新のチャンピオンはカブレラだったのだろうか。確かに優勝した点ではそうだが、スコアは5オーバーだ。そういう意味ではオークモントのコースこそ真のチャンピオンかもしれない。アナウンサーがタイガーに「ハンディキャップ10のプレーヤーがここでプレーして100を切れるか? (Do you think a player with a handicap of 10 can break a 100 here?)」とタイガーに聞いた時、タイガーは即座に「絶対そのチャンスはないね! (No chance!)」と答えていた。それほど難しいコースだったのだ。

 それから凄いと思ったのはジョニー・ミラーの解説だ。タイガーが3日目の最終ホールでドライバーを右に押し出してボギーにした時(結局タイガーはこのボギーで1打差で負けている)、直ちににスイングのトップでヘッドが下へ動いていることを指摘し、ビデオのスローモーションを見せたところ見事にその動きを示していた。タイガーはその前の17番まで完璧のスイングをしていたが、18番ホールからヘッドが上下に動き始め、それが最終の日曜日まで続いたのだ。それに比べ、カブレラのヘッドは全く動いていなかった。

 だから今回の全米オープンの真のチャンピョンはオークモントのコースとジョニー・ミラーということにしておこう。