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第30回 米国特許法改革案にみられる弱い米国政府の問題



 米国特許法改革案に関連して特許業界が日本では考えられないような奇妙な動きを見せている。 それを説明する前にこの改革案を紹介すると、これは世紀に一度という抜本的なもので主要な点は以下の通りである。

1. 世界で米国だけが現在採用している先発明主義(いつ特許出願したかに係らず、先に発
  明した者に特許が与えられる制度)を廃止し、他の全ての国が採用している先願主義(い
  つ発明をしたかに係らず、先に出願した者に特許が与えられる制度)を採用する。出願日
  が発明日になるので非常に明確で、複雑な発明日の立証がなくなるのでコストも安くなる
  。

2. 1年間のグレース期間がある
  これは発明者が発明をいかなる形で発表しても1年以内に出願すればよいという米国独
  特のグレース期間である(日欧は6ヶ月で発表の仕方は限定的)。 米国の研究者、特に大
  学の研究者は発明を早く発表したがるのでこの制度が必要になる。

3. 米国特許の先願権は米国出願日であるという差別的規則を撤廃し、第一国出願日にする
  (いわゆるヒルマードクトリンの撤廃)

4. 発明者以外による出願が可能
  現在は米国だけ発明者が出願しなければ法律になっており非常に不便であるので、これ
  を企業も出願できるようにする。

5. 損害賠償
  米国の損害賠償はあまりにも高額で、これが世界(米国でも)で問題になっている。この額
  を制限をするために以下のような全く新しい計算方法を導入する改正である。

  (1) 損害賠償の計算
   a. 特許の経済的価値は、先行技術を超えて貢献した分の価値である
   b. 裁判所はリーゾナブルなローヤルティを分析する時には全てのファクター(all
     factors)を特定しなければならない(侵害者の製品開発努力等)
   c. 裁判所は先行技術に基づく経済的価値を排除しなければならない

 (2) エンタイアー・マーケット価値
   エンタイアー・マーケットルールとは、例えばタイヤの特許にも係らず車の価格で損害賠
   償を計算する方法である。これはラジアルタイヤのような本当に画期的特許の場合には
   あり得るかもしれないものの、そもそも例外であることを明記する改正である

   特許が先行技術を超えて特別の貢献をしていない限り、損害賠償はエンタイアー・マー
   ケット価値に基づいてはならないと改正する。

 (3) 考慮すべきファクター
   損害賠償の計算においては、非独占ライセンスその他の関連ファクターを考慮しなけれ
   ばならない

6. 故意侵害
  米国では故意侵害であると損害賠償は3倍まで増加されるが、故意侵害を特定の場合だ
  けに絞ろうという改正である。

  (1) 故意侵害が認められる条件
   a. 特許権者から侵害の通知を受け、特許侵害の訴訟が提起されるという客観的で合理
     的な覚知があり、特許クレームと侵害品について特定して侵害を通知され、且つ侵害
     者には調査するリーゾナブルな機会があった場合、又は
   b. 侵害者が特許があることを知っていて特許発明を意図的に模倣した場合、あるいは
   c. 裁判所が特許侵害を認定した後に、侵害品から僅かな設計変更しか行っていない場
     合
 (2) 訴訟においては、特許の有効性が決定される前に故意侵害を主張してはならず、また
   故意侵害は陪審員なしで決定されなければならない

7. 特許登録後レヴュー手続きの創設
  たとえ特許庁が特許を許可しても、特許庁が知っている先行技術には限りがあるので、
  世界の特許庁では登録後に異議申立制度を導入している。米国特許庁にも類似の制度
  を導入して米国特許の質を高めようとする改正である。 新しい特許登録後レヴュー手続き
  (一種の異議申立手続き)の請願は、特許登録から12ヶ月以内に行うか、あるいは重大な
  経済的被害を被る問題が存在するという実質的理由がある時か、レヴュー手続き申請者
  が特許権者から特許侵害の通知を受領した時か、あるいは特許権者が同意した場合の
  いずれかに要求できる。

8. 米国裁判所法第1400条の裁判地(venue)の要件の改正
  特許侵害訴訟が提起できる裁判地を限定して、いわゆるフォーラムショッピング(特許権者
  の会社に有利な裁判地を選ぶ)を防ぐ改正である。

9. クレーム解釈はCAFCへ中間控訴できる
  特許侵害は特許クレームの解釈に左右されるので、地裁がクレーム解釈を行ったら直ち
  に控訴してクレーム解釈を安定させようという改正である。

10. 米国特許庁に特許手続きに関する施行規則改正の権限を現在以上に与える

 以上の改革案のほとんどは米国特許出願手続き、訴訟の手続きを世界の他国の制度と同一にし(ハーモナイゼーションという)、世界の特許庁との審査協力ができるようにして審査の重複を排除し、コストを軽減しようというものである。

 現在の議会でのヒアリングではハーモナイゼーションを行っていくことには賛成意見が強いが損害賠償の計算の仕方の抜本的改革はあまりにドラスチックなため情報産業(マイクロソフト等)は賛成しているものの、バイオ産業は反対している。またその他の詳細な点で多少の賛否があるのでこれらの部分は今後修正される可能性がある。

 しかし、ここで「奇妙な」と思われる点は最後の米国特許庁に施行規則改正に関する権限を強化させる、という改正案に対して全特許業界から意外な反対があるだけでなく、米国特許庁自体も「それはちょっと…」というように尻込みしている点である。

 この改革案に対して米国の主要企業42社から成る「21世紀の特許改革のコアリション」や商務省・米国特許庁から賛否の意見が出されているが米国特許庁にそのような権限を与えることは妥当ではない、という意見が占めている。 特許行政は経済行政の一環であり、日本や欧州では特許制度より適正に運用するため特許庁が法改正したり、施行規則を定めたりすることは当たり前で、こうしていい加減な特許が許可されたり、企業が特許を乱用したり、悪用したりすることを防いでいる。

 ところが米国の産業界では米国特許庁が日欧の特許庁のようにより強大な権限を有して特許行政を行うことを非常に嫌っているのである。これは米国特許庁に対してのみでなく、全ての官公庁に対してそうであるが。要するに米国という国はヨーロッパの恐怖政治を嫌って作られた国なので、国家行政機関に強力な権限を与えることを極端に嫌っており、官公庁は単に与えられた仕事(審査処理)を行っていればよいだけで、経済行政、特許行政、業界の指導を行って企業をコントロールすることを許さない国家システムになっているためである。

 であるからこそ米国特許庁は先行技術があるか否かのみで審査処理するために時としてとんでもないいい加減な特許(例えばブランコの乗り方)が平気で許可されるのだ。米国特許庁は、「こんないい加減な特許を許してはいけない」という行政的処分、つまりは証拠(先行技術)に基づかない審査処理(行政判断)は許されないのである。

 では特許行政は誰が行うのか。
 それは連邦裁判所である!
 米国では裁判所が日欧の経済産業省・特許庁の特許行政的な仕事を行っている。

 例えばその最も典型的な例は特許出願の発明はどのような場合先行技術から自明であるか、容易であるかという判断を米国最高裁判所がこの4月の末にKSR事件で示した。 但し、最高裁はそのずっと前の1966年に自明性の基本となるGraham判決を出しており、このKSR判決はその解釈を明確にしたものである。

 その理由は、特許専門の控訴裁判所であるCAFC(連邦控訴裁判所)はGraham判決を非常に狭く解釈して先行技術を組み合せて発明を自明(容易)と無効にするためには、組み合せる示唆、動機が先行技術のいずれかに記載していなければならないと解釈して判示してきた。

 全ての新しい発明のほとんどは先行技術の何らかの組み合わせであるが、こういうCAFCの判決では無効になるような発明は、ほとんどないことになる。先行技術に他の特許技術を組み合せる示唆が記載してあることは、まずないからである。特許業界、特にマイクロソフトを中心にする情報産業はいい加減な特許で巨額の損害賠償を要求するパテント・トロール(特許恐喝会社)に悩まされ、CAFCや米国特許庁に何とかすべきだと提唱してきたが、CAFCは最高裁判決を狭く解釈することに拘泥し、米国特許庁は自分達には自明性の基準を変える権限はないとして何もしないできた。

 日本特許庁であれば、そもそも審査基準室という室があり、ここで審査の基準のあり方を特許業界の意見を聴取して直ちに変えたり、修正していけるが米国特許庁にはそもそも審査基準室なるものは一切なく、それができないのである。

 そこで最高裁がこの米国特許業界のジレンマを見るに見かねて、このほど先行技術を組み合せて無効にするのに先行技術にその示唆の記載の必要はなく、業界の常識、マーケットの要求から自明といえることは当然である、とバッサリ判決したのだ。この最高裁KSR判決はほとんどの特許業界から大喝采を浴びている。

 しかし、それでも不思議なのは特許の専門家であるCAFCや米国特許庁が、このような純特許的な判断ができず、特許や技術に素人の最高裁がその判断を行うという米国の特殊性である。 そして今回特許法改正案では米国特許庁にそのような判断を行ったり、規則改正できるより強い権限を与えようと法案が出されたにも係らず特許業界は、そのような判断は裁判所が行えばよく、行政官庁の特許庁に与えるべきでないと反対している点である。米国産業はそれほど官公庁に指導され、拘束されることを嫌っている。

 このように米国では官公庁に米国産業をコントロールする権限がないため米国企業は巨大な力を有することになる。   そして、そのような巨大米国企業をコントロールするために独禁法(企業を解体できる権限がある)や陪審員裁判という制度、組織が必要な国なのだ。

 日本のように官公庁が企業の横暴を防げる国では独禁法の強い必要性はなく、陪審員裁判も絶対に必要とはいえない。それでも国民の意見を反映できるという意味では簡単な事件なら裁判員に関与させるのもよいかもしれないが。ともあれ、米国とは他の全ての国と異なる摩訶不思議な国である。