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第28回 先願主義へ移行する米国特許法改正案提出される
      上院、下院共に同一案という異例の発表



 米国特許法を大改正する法案が上院そして下院と同時に、しかも全く同一の内容で4月18日に発表された。このように同じ内容で同時に発表されることは非常に異例で、米国議会がいかに現在の特許制度を問題視しているかを示すものである。

 改正案の詳細な内容は2ページ以下に説明してあるが、その前に今回の改正案の意義を紹介しよう。


A.普通法律が改正される場合は、上院案と下院案は若干異なるのが通常である。これは上院議員(6年任期)や下院議員(2年任期)は政治的バックグラウンドが異なり、また米国産業界の異なる分野からの後押しがあるため利害関係も異なるからである。

 日本のように官公庁(特許庁、経済産業省)が特許業界全体を取りまとめて主導しながら法改正を行っていく場合はそのような差はまず出ない、というより出ないように統一原案を作って行くことが当たり前になっている。しかし、米国は日本と全く異なり、そもそもの官公庁はこのような指導権力を全く与えられず、逆に業界が議員を直接動かして議員立法という形で法律改正が進められるためである。

 従って今後の議会のヒアリングの結果では、上院案と下院案が途中で異なって修正さえる可能性も十分ある。その時は、最後に両案を最終調整するコンファレンスが開かれる。

 とにかく今回のように出発改正法案の内容が同一というのは異例であるが、それだけ米国議会や特許業界は現行特許制度に問題があるとみているのであろう。


B.上院、下院の区別に加え、議会全体では民主党と共和党も業界からの支援の度合いが異なっている。

 現行特許法とその運用で最も苦しめられているのは情報産業であるが(小さなスイッチ部品の特許でマイクロソフトの巨大なウィンドウズのシステム全体が押えられ、そのためこの1月からウィンドウズ・ビスタを出さざるを得なくなった)、昨年から強力に特許法改正を進め、それに賛同する民主党を動かしてきた。

 一方、バイオ産業は情報産業が対峙するような特許法上の問題が少ないため(技術があまりに複雑のため、思いつき発明はまずない)、現行特許制度を好み、特許法改正を好まない共和党を動かしてきた。昨年までは米国議会の多数は共和党が占めていたため、前会期で特許法改正案が流れたのはこれが一因となっているともいわれる。

 しかし、昨年秋の選挙の結果、米国議会は民主党が多数派になったため、今会期は米国特許法改正については順風といわれている。


C.今回の上院下院の特許法改正案の提案主要議員は以下の通りである。

 Patrick Leahy(民主党):上院法務委員会議長
 Orrin Hatch(共和党):S3818を起草した上院議員
 Howard Berman(民主党):下院法務省委員会議長
 Lamar Smith(共和党):下院法務委員会メンバー、前会期の最初の特許法改正案であるH.R.2795を起草した議員

 つまり、これをみて分かるように、上院、下院の両院のみならず、民主党、共和党議員も均等に入っていることは米国議会のあらゆる角度からみても支持されている改正法案であることが理解できよう。

 但し、弁護士にとっては紛争の種が多い先発明主義の方がうまみがあるため影ではそっと反対に働くのであろうが、弁護士達もほとんどが特許法改正に賛同している大企業を相手にあからさまに反対はできないので、この点の反対のインパクトは昔ほど強くないとみる方が正解であろう。


D.改正の視点

1.100条(各種用語の定義)
 有効出願日は最先の出願日(含優先権主張日)であること等を定義する改正。

2.102条(新規性、グレース期間)
 102条の主要部の規定は以下のようになっている。

102条:特許性の条件;新規性
(a)新規性;先行技術−クレーム発明についての特許は下記の場合得られない。
  (1)クレーム発明が以下の時期に既に特許され、あるいは印刷物に記載され、あるいは
   公知となり、あるいは販売されていた場合
   (A)クレーム発明の有効出願日から1年を越える(more than 1 year)前、または
   (B)出願人のクレーム発明の有効出願日の前の1年以内に(one year or less)、発明者
     、ないし共同発明者、あるいはそれらの者から発明主題を直接ないし間接的に入
     手した第三者、以外の者によって発表された場合;あるいは

  (2)クレーム発明がその有効出願日前に他の発明者によって出願され、且つ151条ない
   し122条(b)の規定により公開された出願ないし特許に記載されていた場合

  (3)(省略)

  (4)特許ないし公開出願
   特許ないし公開出願に記載された主題については、サブセクション(a)(2)について下記
   の時期に有効的に出願されたものである。
   (A)特許ないし公開出願の出願日;
   (B)もしそれらが119条、365条(a)ないし365条(b)の出願、あるいは120条、121条、
     365条
   (c)の出願の場合は、それらの最先の出願日

(b)例外
 (1)発明者による事前開示の例外
   上記サブセクション(a)(1)のサブパラグラフ(B)に該当する先行技術になる主題でも、そ
   の発表日以前に、発明者、ないし共同発明者、あるいはそれらの者から直接ないし間
   接的にその主題を入手した第三者によってその主題が開示されていた場合 (注:出願
   前1年以内であれば発明者等が自身で先に発表していればよいという規定)


 上記のように純粋な先願主義の定義になっているが、発明を発表してから1年以内に出願すると、他者がその出願前に独自に発表してもその発表を先行技術として回避できる例外規定がある(102条(b)(1):但し、その他者が先に出願すると両出願とも拒絶になる)。また、1年間のグレース期間がある点は現行法と同じである。

 また102条(a)(2)では、米国特許の先願権は最先の有効出願日(米国出願日、優先権主張日または国際出願日のうちの最先の出願日)で決定される。即ち、現行102条(e)の米国出願日に依存するというヒルマードクトリンはなくなっている。

3.135条(発明者認定)
 現行のインターフェアランスの規定は、先願の出願人は発明者であるという認定を行う規定に改正。

4.115条(宣誓書)
 宣誓書の記載の仕方を詳細に規定し改正。

5.118条(出願人)
 発明者以外による出願が可能であるという改正。

6.284条(損害賠償、故意侵害の適正化)
 この条文の改正内容は全く新しい定義である。
A.損害賠償
(1)損害賠償の計算
 a.特許の経済的価値は、特許が先行技術を超えて貢献した部分の価値である。この考え
  方は全く新しいもので、今後の議会のヒアリングの議論の対象になるであろう。
 b.裁判所はリーゾナブルなローヤルティを分析する時には全てのファクター(all factors)を特
  定しなければならない。
 c.裁判所は先行技術に基づく経済的価値や先行技術に経済的価値をもたらした特徴や改
  良は排除しなければならない。

(2)エンタイアー・マーケット価値
 特許が先行技術を超えて特別の貢献をしていない限り、損害賠償はエンタイアー・マーケット価値に基づいてはならない。

(3)考慮すべきファクター
 損害賠償の計算においては、非独占ライセンスその他の関連ファクターを考慮しなければならない。

B.故意侵害
(1)故意侵害が認められる条件
 a.特許権者から侵害の通知を受け、特許侵害の訴訟が提起されるという客観的で合理的な
  覚知があり、特許クレームと侵害品について特定して侵害を通知され、且つ侵害者には
  調査するリーゾナブルな機会があった場合、又は

 b.侵害者が特許があることを知っていて特許発明を意図的に模倣した場合、あるいは

 c.裁判所が特許侵害を認定した後に、侵害品から僅かな設計変更しか行っていない場合

(2)訴訟においては、特許の有効性が決定される前に故意侵害を主張してはならず、また故
  意侵害は陪審員なしで決定しなければならない。

7.273条(先使用権)
 先使用権を現行のビジネスモデル特許のみから全特許に拡大する改正。

8.315条(c)(当事者系再審査のエストッペル)
 エストッペルは当事者系再審査で実際に審査された事項のみに限定する改正。

9.311〜323条新設(登録後レヴュー)
 再審査と異なり、あらゆる無効事由が争え且つディスカバリーもある特許登録後レヴュー手続き(一種の異議申立手続き)。この請願は、特許登録から12ヶ月以内に行うべきかであるという第一期間に加えて、重大な経済的被害を被る問題が存在するという実質的理由がある時か、レヴュー手続き申請者が特許権者から特許侵害の通知を受領した時か、あるいは特許権者が同意した場合に要求できるという更なる期間があり、これはS.3818より若干広くなっている。

10.122条(全出願公開と情報提供)
 全出願を公開することと、審査官への情報提供に関する改正。

11.米国裁判所法第1400条の[裁判地(venue)]の要件の改正
 特許裁判を原告企業所在地でも提起できるように改正。

12.連邦民事訴訟法1292条の改正
 クレーム解釈はCAFCへ中間控訴できるように改正。

13.本改正案の施行は、発効(議会承認、大統領サイン後)から12ヶ月後で、それ以降に発行される全ての特許に適用される。