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第24回 「タイガーウッズ、PGAトーナメントで圧勝」

〜すごいプレーヤーだが人間としても素晴しい〜

タイガーが予想通りPGAトーナメントで圧勝した。
翌日の新聞は予想通り、タイガーはすごいが、試合内容は一方的でつまらない、と書いたが、それはトーナメントとしてのことである。タイガー自身を見ているとこれほど面白いプレーヤーはいない。

とにかく、プレーが他の一流選手と比べてさえ、群を抜いてすごいのだ。
どの位すごいかは、我々はテレビを見ているだけなのであまり分からないがタイガーとプレーした選手は皆そういう。

「あいつは異次元の世界でプレーしているよ!」 “He is playing on a different planet!”

しかし、テレビを見ているだけでも素人目から見てもすごいプレーがある。
その1が16番ホールのショットだった。タイガーのドライバーのティーショットは深々としたラフに入った。
上空から写しているカメラでさえボールが見えないほど深い。
グリーンまで185ヤードもある。
我々でだと3、4番アイアンの距離だからそんなクラブでは深いラフの中のボールをとても打てるわけではない。

タイガーはどうするか見ていると、8番アイアンを持っているとアナウンサーが告げた。
プロなら8番アイアンでも185ヤードは打てるかもしれないが、それはフェアウェイから打つ場合のことである。
ボールさえ見えないラフから8番で185ヤードを狙うというのはプロでもほとんどいないだろう。しかも深いラフから打つとボールがどこに飛ぶかさえも分からない。クラブフェースが曲がらないようにインパクトでしっかりコントロールする力が必要だ。
ピンの直ぐ手前は深いバンカーがあるから直接ピンは狙えないどころかグリーンの中央でも危ない。
安全に寄せるか、せめてピンの反対側のグリーンを狙うかだ。
アナウンサーも解説者もどこを狙うのだろうかと盛んに話している。

タイガーは構えに入るとグラブをラフの奥深くに叩きつけた。
まるで真上から真下へ叩きつけるように激しく打ち込んだが、綺麗にフォロースローは取っていた。あれだけスイングに力を入れながらなおコントロールしている証拠だ。
ボールはラフから打ったとは考えられないスピードでグングン上方に伸び、なんとピン横3メートルくらいにつけたではないか!

「ワーオ、驚くべきことだ!」 “Wow! Amazing!”

とか何とかアナウンサーが叫んでいた。
このショットはプロの仲間でさえ、

「タイガーはとにかく信じられないやつだ。」 “Tiger is just unbelievable.”

と呼ぶショットなのだろう。
翌日の新聞は、「タイガーはPGA最終日を圧倒した(Tiger Dominates Final Round of PGA)」という見出しで賞賛していたが、例によって各コラムニストの記事は色々なプレーヤーのコメントを掲載しており実に面白い。
単独2位になったマキール(Micheel)はこういった。

「彼はうますぎる。とにかく恐るべき力を持っている。タイガーは調子が悪い時でもうまくプレーするユニークな能力を持っている。彼には一体彼を悩ますことがあるのかどうかわからない。自分にもそういうフィーリングが一度だけでもあったらいいんだが。」 “He’s too good... He’s just such an intimidating force. Tiger has unique ability to play well when he thinks he’s not playing well. I’m not sure anything ever bothers him. I wish I had that feeling just once.”

これが2位につけたプレーヤーの言葉だ。
勿論、他のプレーヤーも皆タイガーについて同じ様なことを云っていた。
しかし、3位に終ったスペインの若きスタープレーヤーのガルシアだけはちょっと違うコメントを述べた。

「彼は確かに非常にうまくプレーしたといえるだろう。全てが彼の都合の良い方向にいったともいえる。この一週間で悪いショットがあっても彼は何とかしのいでいた...全て自分の都合の良い方向にいって、うまくプレーして、うまくパットし、全てうまくいけば、彼を負かすのは難しいさ。」 “I mean he definitely played extremely well. Everything went his way, too. The bad shots he hit all week long, he got away with them. When everything goes your way and you play well, putt well, do everything well, it’s going to be difficult to beat him.”

若い白人のガルシアはタイガーのライバルと見られながらメジャーは一つも勝っておらず、期待されたほどの活躍をしていない。
その負け惜しみもあるのかもしれないが、ガルシアが言っていることは、あるホールでタイガーのドライバーショットが林の中に入りそうになった時、観客の一人が飛んできたボールを手で払ってラフの方向に戻したことも含めて言っているのだろう。PGA委員会はこの観客の行為に対してタイガーにペナルティを課さなかったが、他のプレーヤーとしてはこんなに観客がタイガーの見方をされてはフェアな競争が出来ないとも言いたいのかもしれない。数年前にタイガーのボールが巨大な岩の前に寄った時、その岩を5、6人位のタイガーファンがワッショイ、ワッショイと動かしたことさえある。ルール上、動かせる障害物は動かしても良いのかもしれないが...。

このガルシアのコメントに対して黒人のコラムニストのウィルボン(Wilbon)は別のコラムでガルシアを一喝の下にこき下ろした。

「あの若造はそんなことをいっているからまだメジャー大会に勝てないし、タイガーと組んだ時にメロメロになるし、もっと大事なことは何故我々は偉大なプレーヤーが安々と勝っても飽きてはならないのかを物語っているんだ。偉大なプレーヤーの反対がセルジオ・ガルシアさ。」 “With that, the kid reminded us of exactly why he hasn’t won a major championship, exactly why he melts down every time he’s paired with Tiger, and more important, why we shouldn’t get bored with greatness. The opposite of greatness is Sergio Garcia.”

ウィルボンは数年前にタイガーが悠々とメジャーに勝って、白人のコラムニストが、「タイガーはつまらない、勝ってもさほど喜ばないし、態度が横柄だ。ニクラウスとは人間が違う」と書いた時に激怒し、翌日の新聞に「俺は怒った。あの記事は許せない。今から書くことには人種差別問題があるから気を付けて読め」と前置きして、

「タイガーは若いとき黒人問題で苦労してきた(幼い時、白人の子供達に木に縛られ、ペンキを塗られて、黒人、黒人と苛められたことがあった)、ニクラウスだって若い時勝ちまくった時は徹底的に憎まれた、ニクラウスが大人になったのは年を取ってからだ。タイガーの生い立ちや、若さを無視してニクラウスは立派、タイガーは横柄だ、なんていうことは馬鹿げている」
と反論記事を書いていた。

そのウィルボンは今回ガルシアがタイガーをあたかも観客が味方しているから勝った、と言わんばかりのことをいったことをたしなめたのだ。

タイガーがいかに優れたプレーヤーであるかは、タイガーが解雇した元のコーチであるブッチ・ハーモン(Butch Harmon)の言葉が如実に物語っている。

タイガーは自分に自信を持っていたし、自分がどのようにプレーすべきかについて常に興味を持っていた。熱望というのが最も良い表現なのだろうし、誰でも彼のような立場にあったらそうなるのだろう。そうしてやおら立ち上がって最初のティーへ行くとフェアウェイのど真ん中に325ヤードも打つんだ。彼のやっていることに私が驚いたかって? とんでもない。彼にはそういう素質があることは誰でも知っている。ティーンエイジャーにもそれを見ることがある。誰が彼をコーチしていたかは関係ない。彼はいつもやってのけるさ。私はその一部を担っていたことを誇りに思っている。彼を褒めてやれ。彼はベストさ。」 “He was confident and he was curious about how he’d play. Anxious is probable the best way to describe it, just like anyone in that position would be. Then he stepped up to the first tee and hit his drive 325 down the middle. Am I surprised? Not really. You knew he had this in him. You could see it as a teenager. It didn’t matter who his teacher was, he was always going to get it done. I’m proud to have had a small part in it, but give this guy all the credit. He’s the best.”

タイガーがハーモン・コーチを解雇し、その直後スランプに落ちた時、メディアはタイガーはダメになる、いつか後悔する、というようなことを書いていた。
しかし、タイガーはハーモン・コーチのことは何もいわず、黙ってスイングの改造を続けた。

そして最近、父親のアールが死去し、全米オープンでプロになって初めて予選落ちした時タイガーは再生できないのかもしれない、とまで囁かれた。
しかし、タイガーは不死鳥のように戻り、前以上に強くなった。

全英オープンで勝った時、タイガーはそこに父親がいないことで人目をはばからず泣いた。
しかし、今回はタイガーは一滴の涙も出さず、力強い大人のタイガーを示していた。

ウィルボンは更に書いた。
「(タイガーの父親の)アール・ウッズはタイガーをそこで満足するように育てなかったのさ。」 “Earl Woods didn’t raise Tiger to be satisfied.”

タイガーが今我々に見せていることは、史上最強になると思われるプレーヤーの姿やプレー振りだけでなく、現在社会で最も大切で今一番忘れられている親子の人間関係のあり方を示していることでもある。家庭の破壊、社会の秩序が乱れる中で、我々はそういう人間タイガーをもっと見なければならない。 (続く)