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第21回 最高裁、eBay差し止めヒアリング開催される



 米国の最高裁判所は特許事件で差し止めをどのような基準で認めるべきかについての全米注目のヒアリングを最近行った。
 米国特許が強力なのは差し止めが簡単に認められ、侵害企業は工場閉鎖をしなければならないからである。
 このようなことはここ20年のことで、1930年の頃の大恐慌から1980年頃までは全く異なっており、反特許時代で差し止めはほとんど認められなかった。
 その頃は特許は裁判になるとほとんど無効になり、また特許を多数有して独占力が強くなると独禁法で企業は解体されていた。AT&Tがその例の1つである。
 従ってIBMは、基本特許のみ取得し、残りの技術については他者に特許を取られないようIBM Bulletimで技術公開をしていたのである。

 このアンチ特許政策は海外諸国がレベルアップし米国経済がおかしくなった1980年頃からガラリと変わり、米国の基本技術を守るためプロ特許時代になった。そして、それからは差し止めが当然に認められるようになったのである。特許法283条自体は差し止めはエクイティ(正義校正)の観点から色々なファクターやバランスを考慮した上で決定しなければならないと認定しているが、それが無視されるようになってきた。

 それだけならまだ良いが、プロ特許になって特許の対象がどんどん拡大し、近年はビジネスのやり方さえ特許になってきている。
 このビジネス特許が許可されると、今まで行っていたビジネスが途端にできなくなり、しかも特許の範囲が機械や装置と異なって曖昧なものが多いため大きな波紋を投げかかけている。
 その上、最近は他人の使われていない特許を買収し、大企業を陪審員裁判にかけて多数の和解金を毟り取る特許恐喝会社(patent troll)が雨後の筍のように出てきたため社会問題化しつつある。
 特にそのターゲットになったのは特許に弱いマイクロソフト等の情報産業(彼らはコンピュータソフトウェアを伝統的に著作権で保護してきており、最近やっと特許部を強化始めている)である。いい加減な特許でも差し止めがあるので多額の金で和解せざるを得ない。個人発明家に700億円支払って、和解する事を余儀なくされた最近のブラックベリー携帯電話事件がある。

 こうして米国の情報産業は差し止めの改善を求めて特許制度改正をこの1年間に打ち出してきた。
 また最高裁でさえこの問題を再検討し始めた。
 それがeBay事件であるが、MercExchangeはインターネットで製品を販売、購入するビジネス方法特許を取得し、自らは特許を利用せずライセンスを与えて収入を上げてきた。
 そしてインターネット販売をしてeBayを特許侵害訴訟で訴え、陪審員が故意侵害があると評決をすると地裁は、差し止めについてはMercExchangeは特許を実施しておらず、ライセンス会社であるという理由と、ビジネス方法の特許の内容が不明瞭という理由で認めなかった。
 ところが特許高裁であるCAFCは、特許有効で侵害なら当然差し止めを認めるべきであるのがこれまでの最高裁判決であるといとも簡単に逆転判決したのである。
 特許恐喝会社に悩む情報産業はこの判決はおかしいとeBayの最高裁上告を支援してきたところ最高裁は自身のこれまでの判決を再評価するとこの事件を受理したのである(最高裁が特許事件の上告を受理することは非常にまれである)。
 そして3月末日にそのヒアリングが行われたのでそこでヒアリングを聞きに行くことになった。

 最高裁は朝から色々の事件のヒアリングを行っているが、電話で問い合わせるとこのeBay特許事件は11時位になるのだろうという。
 恐らく多くの特許関係者が傍聴に出掛けるだろうから、2時間位前に行こうと朝9時にオフィスを出た。タクシーで最高裁に着くと既に大行列があり、とにかく並んで待てという。
 そして驚かされたのは席に座ってる人数分は既にいっぱいで、我々は法廷の後ろの壁の前で5分位だけ立ち見で見るだけしかできないという。どうやら席に座って全ヒアリングを見に来た関係者達は朝6、7時位から並んでいるらしい。
 そこでひたすらeBay事件のヒアリングが始まるのを待つ。
しかし2時間近く待って11時を過ぎてもまだその順は来ず、更に1時間待たされ我々が法廷に入ったのは12時を過ぎていた。3時間以上も経ったまま待たされたのだ(ワールドシリーズのチケットならこの位待ってもいいが)。
 法廷に入ると最高裁は天井が立派で重厚な雰囲気をかもし出していた。そしてeBayとMercExchange社の弁護士と思われる人物が最高裁判事(Justiceと呼ばれJudgeではない)と質疑応答している。
 判事か弁護士か誰か知らないがジョークを言ったらしく会場全体が笑っていた。アメリカでは裁判所でもジョークがあるのだ。こういうやり取りを数分間経ったまま聞いていると次の立ち見グループの番になり、すぐ出て行けといわれ、法廷から出てオフィスに戻った。
 何のために3時間以上立って待たされたのかわからないが(大体この時間は誰にも費用請求できないのだ)、まあそれでも法廷には入れただけでもましかと思う。
 大体、一昔前は、法廷の席が一杯になるとそれで打ち切られ、立ち見として入ることさえも許されず、これには不満が多数出たので最近は席が一杯になると立ち見が数分間だけ順番に中に入れるようになったのだ。
 まあそういうことで質疑の内容は法廷では全くわからなかったが、その後のヒアリング法廷記録によると以下のような議論があったとのこと。

 まずeBayの弁護士が質疑に入った。

eBay弁護士: 差し止めを認めるべきかを決定するに当っては裁判所は金銭 的救済で十分か、特許権者が実施しているか等の種々のファクター考慮して決定すべきで、一律に認めるのはおかしい。
最高裁: 特許権は財産権であり、財産権なら他人を排除する権利があるが他の財産権でもそういうファクターを考慮すべきという論理なのか?
eBay弁護士: 他の財産権なら自動的に他者を排除することがあり得ようが、特許権の場合は米国議会が特許法283条に裁判所は裁量を用いて決定せよと記載しており、自動的に認めるべきではない。
最高裁: 特許を他の一般的な財産と比較することは不適当かもしれない。むしろ土地の例えが良い。土地というものはかなりの場合ライセンスを設定して、地主が用いないことが多い。特許権はこれに似ているのか?
eBay弁護士: 私は土地成金じゃないから良く分からない(笑)。とにかく議会は、裁判所は裁量をもって決定せよと規定した。
それにテキサス州マーシャルの連邦地裁では特許権者が敗訴したことがなく、全て差し止めが認められているというのもおかしい。
最高裁: それは1つの例外的裁判地での問題で一般化はしにくいかもしれない。
いずれにせよ特許という特殊な問題を処理するためCAFCという特別の控訴裁判所ができたのでCAFC見解に従えば良いのではないか(注:eBayはCAFCで逆転敗訴した)?
eBay弁護士: しかし、CAFCの今回の判決は誤っており、特許法283条の規定はエクイティを考えると明確である。
最高裁: 特許を実施していることをファクターとして考慮することになると個人発明家はほとんど実施しないので不利になるのではないか?
eBay弁護士: それはまた別の問題。
1つ1つのファクターを別々に取り上げることはアンフェアである。
最高裁: この地裁判決を読むと、差し止めを認めなかったのは特許がビジネス特許で、これは社会的に問題視されているからという理由が強い。それ以外には差し止めを認めるべきでないという理由は判決にほとんど記載されていないようだが?
eBay弁護士: 特許を実施しておらずライセンスを与えられているのみの特許権者には金銭的損害賠償で十分救済できるはずであるという重要な理由がある。その上、必要なら3倍まで賠償額を増額できる。
最高裁: しかし、差し止めがないとすると強制実施権を設定するのと同じになるではないか(注:これを米国企業は最もいやがる)。
eBay弁護士: eBayはずっと特許侵害になる方法を使うわけではない。
特許侵害を回避する方法を開発して行くので強制実施にはならない。
問題は特許権の範囲が良く理解できないこのあいまいなビジネス特許である。従ってどのような差し止めにするか裁判所も苦労する。
であるからこそ本件では色々のファクターを十分考慮すべき事件なのである。
最高裁: Continental Paper Bag事件で最高裁が実施していない特許でも差し止めを認めると判示したことは誤りというのか?
eBay弁護士: この事件はその事件とは完全に異なる。
本件ではeBayがこの特許を実施したからこそ特許の価値が高まった。価値のないいい加減なペーパー特許に自動的に差し止めを認めるのはおかしい。

 次に中立者の司法省(含米国特許庁)の弁護士が質疑に入った。

司法省弁護士: とにかく裁判所が差し止めを認めるか否かを決定する時は色々のファクターを考慮することが重要である。
最高裁: ではCAFCの判事はこの事件の判決でそれを考慮することを忘れてしまったというのか?
司法省弁護士: 最高裁は重要なファクターをこの事件でもう少し説明して地裁が適用し易くするようにすべきである。但し、CAFCの結論自体は正しいと思う。
最高裁: 差し止めが認められなかった代表的判例はあるのか?
司法省弁護士: 故意侵害がなかった場合や国家の安全保障がからんだり公共の健康が問題になったケースではある。

 次に特許権者のMercExchangeが質疑応答に入った。

MercExchange弁護士: eBayは故意に特許侵害したのだからこの事件では、当然差し止めが認められるべきだ。
最高裁: しかしMercExchangeはライセンス設定するのみしか行っていないから金銭的損害賠償のほうが簡単で的確に計算できるのではないか。
また、特許権者が特許を実施しないで誰かが侵害するまで待って から訴訟することが許されてよいのか? それにこの特許はeBayのインターネットシステムほんの一部を占めるものでしかない。
差し止めを認めさせればつまらない特許で多大の損害賠償が得られることになるが?
MercExchange弁護士: MercExchangeはこの発明を行った会社であり特許恐喝屋(patent troll)ではない。
本件は特許権者がライセンスのみを行っている場合でも差し止めを認めさせるべき最初の事件になろう。
最高裁: ライセンスのみしているというファクターは損害賠償が計算しやすく、且つ差し止めを認めれば特許の価値以上の損害を生じる恐れが出るという点で重要ではないか?
MercExchange弁護士: この特許は単なるビジネス方法ではなく、電子マーケットのための電子装置の特許である。
最高裁: しかし、この発明のポイントは「コンピュータで品物を表示し、インターネット・ユーザーに選定させ、購入させる」という程度だけだ。こんな発明なら私でもできるが(笑)。
MercExchange弁護士: それは特許の正しい要約ではない。 簡単なように見えるが、この特許が無効かどうかについては争われておらず有効な特許だ。
最高裁: eBay弁護士は最後に何かいいたいか?
eBay弁護士: 差し止めはエクイティであり、エクイティは「金銭的損害賠償は適切か否か?」を考えるべきであるというのが基本原則であり、この基本原則を守るべきであるということである。

 以上のやり取りから最高裁が果たして差し止めを自動的に認める現在のあり方をそのまま維持するか、あるいは多少修正するのか注目されるところである。
 そしてその判決は夏休み前の6月までに発表されると予想されている(判事もゆっくり夏休みを楽しみたいのだろう)。