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第16回 現実味を帯びてきた米国特許法改正




 前に報じたように米国議会は米国特許法改正を検討してきたが暗礁に乗り上げ、この夏の間米国議会はサマーリセスであったため討議は中断されてきた。

 暗礁に乗り上げた理由はマイクロソフトを中心とするソフトウェア業界が米国特許法をもっと抜本的に改正せよと要求したからである。

 今回の改正は世界で唯一であり米国独特の先願主義、つまり先に発明した者に特許を与えるという、当たり前といえば当たり前だが、いつ発明を完成させたかという非常に面倒で厄介な立証をしなければならないのでコストと時間がかかりすぎる米国特許制度を、世界の他のほとんどの国々が有している先願主義(特許庁出願日が世界での発明日になる)に変更するのがメインの点である。

 しかし、マイクロソフトは先願主義はともかくも、自動的に差し止めを認めないように法改正をせよと要求してきた。 差し止めは特許侵害品を全て回収、破棄し、又販売もしてはならないという強大な権利である。

 この差し止めが最も注目された事件はプロ特許の風潮が台頭してきた17、8年前のポラロイド対コダック特許訴訟である。インスタントカメラに注目したコダックはそれまでポラロイドに技術援助を行ってきたが、ある日突然その契約を破り、自らインスタントカメラの製造、販売に乗り出した。そしてポラロイドの20数件の特許の徹底分析を行い弁護士鑑定を作成して、絶対特許侵害はないという自信でインスタントカメラを販売し始めた。

 ポラロイドは直ちに特許侵害訴訟を行い、その訴訟は10数年続き、弁護士費用は数10億円かかったといわれる。 その結果は特許侵害ありで1000億円の損害賠償と共に差し止めも出され、コダックはインスタント・カメラの工場閉鎖に追い込まれたのである(その費用だけでも数10億円と言われる)。以来、世界の市場ではインスタントカメラはポラロイドのみしか販売されていない。最もそのポラロイドは今はディジタルカメラに押されて青息吐息であるが、それはともかく、この時注目されたのが特許訴訟は金になることと差し止めの強大さである。以来、米国には特許専門会社が雨後のたけのこのように発生し、他人の特許を買収しては差し止めをちらつかせて巨額のローヤルティをせしめる戦略が今日まで続いてきている。

 最初のうちはそのターゲットは日本企業であったが、その内当然アメリカ企業もターゲットになってきた。特に問題が生じたのは特許に弱いソフト産業である。ソフト産業はソフトウェアを主に著作権で保護するために著作権問題には非常に強いが、特許はボーダーラインのため特許対策が遅れていた。マイクロソフトはその筆頭で最近になってようやく特許セクションを強化しつつある。

 そのため、これまで特許訴訟会社のペーパー特許で巨額の和解を余儀なくされてきた。エジソンのように特許で産業を興しているならともかく、ペーパー特許で製品は1つも作っていないのに、知的財産というだけで差し止めを軽々にみとめ、巨額の損害賠償を容認する米国特許制度に疑問を呈し、このために前回報じたようにニューヨークタイムズに「米国特許制度に問題あり!」というキャンペーンを行ったのである。

 そして今回の特許法改正でも差し止めのあり方を改正する案を強引に押し入れてきたが、他の業界は寝耳に水のこの改正点に難色を示し、そのため法案全体の成立が遅れてきた。そして知財委員会はついに最後にこういう業界によって紛糾のある改正点を全ての除いた案を議会のサマーリーセス直前に作るに至った。

 従って現在の案は先願主義への移行、フロードを特許庁が審査するといったほとんどの業界が反対していない案となっている。

 改正案はレーバーホリデーが明ける9月6日(火)から議会で議論されることになっており、まず直ぐに正式な下院のH.R.2795法案になることが予測される。知財委員会はH.R.2795が完成すれば2、3ヶ月で下院議会を通過させるとかねてから述べていたのでいよいよ米国特許制度が先願主義になる可能性が出てきたといえる。そうなると日米欧の特許庁の審査協力、つまり世界の言語の異なる文献(たとえば日本文献)の調査、レヴューをその言語の得意な審査官(日本審査官)がレヴューしてその結果を互いに利用し合う協力体制ができることになり、最終的特許もこれまでより質の高い安定した特許になり、ひいては訴訟コストも安くなるという日が近づいてきたともいえる。勿論、そこまでに行くにはまだまだ除くべき障害はあるが、世界で最も特異な特許制度を有している米国が動き出したことは明るい兆候といえよう。ともあれ9月6日からの米国議会の動きが注目される。