<BACK>

第14回 大きく変わる米国の特許制度




 米国は世界で唯一の先発明主義という特許制度を建国以来200年以上維持してきた。しかし、近年この変則的制度のため、深刻な問題が生じ始め、大法改正の準備が始められている。この先発明主義では最初に発明した者に特許という独占権が与えられる。一見、ナチュラルな制度であると考えられるだろう。しかし、発明した日を立証するためには研究開発の記録を示す研究ノートを十分に残しておかなければならない。その上にいつ発明が完成したかを特定することは容易なことではない。つまり実際の発明日を立証することは非常な時間とコストがかかるのである。従って世界の国々は実際の発明日を争うのではなく、発明を特許庁に出願した日で争うという先願主義を用いている。発明を特許庁に出願した日が発明日であり、発明の内容は出願した書面(明細書)に記載されているので争いはほとんどなくなり時間もコストもかからなくなる。

 にもかかわらず、米国は頑なに先発明主義を守り続けてきたが、ここにきて深刻な問題が生じてきた。
 その1つは、米国のみが世界の他国とは異なる先発明主義を有しているため世界の特許庁が審査協力を行えないことである。
 世界の特許庁は特許出願があると、出願前に同じ様な技術特許が既に存在しているかを審査し、存在しなければ特許を許可し、存在すると特許は否定される。日本特許庁の日本人審査官は日本語の文献を調査することは得意であるが、米国の古い文献は英語であるため調査が困難で検討が不十分になる。しかし、反対に米国特許庁の審査官は米国特許は十分調査できるが、日本語の文献はほとんど調査できない。
 従って、日本での特許は英語文献の調査不足になり、米国での特許は日本語文献の調査不足になるため、それぞれ特許の有効性に疑問が残ることになる。これを解決するためには各特許庁の審査結果を交換すればよいが、米国の審査は他国よりもいつも数年も早いため他国の審査結果は米国での審査には間に合わないことになる。

 反面、日本とヨーロッパの特許庁は米国特許庁の審査結果を利用できるには審査の先、特許の質は高まる。米国の特許が特に不安定になるのである。
 また上記したように米国は実際の発明日が問題になるので、出願日を基準にした他国の調査結果はその点からもあまり役に立たないのである。
 ところが、特許訴訟が最も頻発なのは米国であり、不安定な米国特許に基づく米国特許訴訟はコストが高く且つ長時間になる。
 次に、特許の対象となる技術は米国の特許法の基では「新しく、役に立ついかなる発見ないし発明」と米国憲法が規定しているので非常に広範囲な技術が特許の対象になる。これに対して日本特許法においては「自然法則を利用した技術的思想で、その内高度のもの」、ヨーロッパ特許法では「技術的貢献が必要」と定義しているので、その対象範囲はかなり狭いといえる。

 つまり、米国ではビジネスモデルでも何でも特許の対象になるのである。
 最近米国では、ブランコの乗り方が米国特許第6,368,536号になった。この特許はブランコを単に横方向に揺らすというものである。発明者は親が特許弁護士の子供で、親は単に子供の教育のために特許出願をしたところ特許が成立してしまったという。この特許を米国特許業界が問題提起したところ、米国特許庁はあわてて再審査を行い、特許を無効にした。
 一方、サンドイッチの米国特許第6,004,596号(596特許)は2つのパンの間に食べ物が挟まれ、2つのパンの周囲がくっついてシールされているだけという特許である。この596特許に対しても米国特許業界は唖然としているが、これについては再審査は行われておらず有効な特許として存在している。

 このような当たり前のアイディア特許は米国にはいくつも存在しており、特許庁の審査官の質が深刻に疑問視されている。米国特許制度における特許の定義が以上に広いことに加えて、一般的に米国における官庁のレベルは低く、審査官の教育水準も低い者が多いので、どうしても問題のある特許が容易に許されることになる。
 このように米国特許は早く許可されるものの、特許の質に疑問があるにもかかわらず、プロ特許の風潮から高額の損害賠償が認められてきている。10数年前までは特許訴訟の対象になっていたのは主として日本企業であったが、最近は米国企業がその対象になりつつあり、米国企業自身が質の悪い米国特許に基づく特許訴訟について大きな問題提起を出し始めた。
 その例の1つはマイクロソフト社が2005年3月15日にニューヨーク・タイムズ紙に発表した記事である。それによると以下の問題があり、米国特許制度の改正が必要であるとしている。

1)米国特許出願の激増から審査官は出願処理に追われ、質の悪い特許が増加している。
2)特許訴訟が過剰になっている。
3)陪審員裁判のため特許訴訟の結果の予測がつかず、訴訟はまるでくじのようである。
4)特許訴訟コストが高過ぎる。
5)世界特許庁の審査協力が必要であるが、そのために米国特許制度を先願主義にする等を行わなければならない。

 こうした背景から米国の下院は米国特許制度を先願主義にする等の抜本的改革案を6月1日に発表した。米国が先発明主義を放棄することはあまりドラスチックな改革のため米国特許業界は騒然としているが、現在提案されている案は一応全産業界が賛成しているドラフトのため特許制度改正法案は案外早く決定される可能性もあるため、全米が注目している最近である。

米国特許 第6,004,596号
(現在も有効な特許)
米国特許 第6,368,227号
(再審査で拒絶された)