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第12回 米国特許訴訟の多様性




●特許訴訟は状況変化に即した対応が必要

 タイガーウッズが久々にマスターズトーナメントで勝った。実に3年ぶりである。その間タイガーはスイングを変えていたという。既にメジャー4大会のグランドスラムを達成していながらなお、スイングを変える必要性は我々素人の理解を超える点である。ただゴルフスイングは不思議なところがあり、テニスや野球のスイングと異なってこれでよいという理想形はほんの瞬間しか続かないらしい。その理由の大きな点は体や筋肉が年と共に大きく変化するからなのだろう。従って、20代そこそこの理想のスイングは若いバネのある体には合っていても、30代近くになっては変えなければならず、ましてや50代、60代になった時は相当のアジャストが必要とされる(ちなみに筆者は現在61歳で20代の頃の300ヤード強のドライバーの面影は霞んで来て四苦八苦している)。

 しかもタイガー(現29歳)がはじめたゴルフでの筋トレは、それまでは筋肉が付きすぎることでゴルフだけには絶対良くないとされていた常識を覆すトレーニング法で、今や全プロゴルファーが始めており、タイガーの飛距離は特別なものではなくなってきていることからも、スイング改造を余儀なくされているのかもしれない。この筋トレの犠牲者はデビット・ジュボルでタイガーの後に直ちに始めたが背筋を痛めてから彼のゴルフはボロボロになっている。

 …と、この原稿はまるでゴルフ談義で知的財産と関係ないように思われる読者がおられると思うが、ここから話は急にフック(かスライス)になり知的財産訴訟の話になって行くのである。

 実は米国の特許の訴訟というのも裁判が進むにつれて正に紆余曲折と変化していくもので、訴訟理論(スイング)も常に変えなければならないのである。特許裁判は普通は3年位かかるが、判事や陪審員が入る公判は約2週間位しかなく、大部分はディスカバリーという弁護士主導の証拠収集期間である。この2年以上の間に特許侵害、特許有効性などの訴訟論が刻々と変化するのが米国裁判の特徴である。

 日本の特許裁判では特許訴訟はほとんどは特許の明細書に記載された文言のみを訴訟弁護士、弁理士が分析、解釈して行くので、大きく変化することはない。

 何故、米国の特許裁判であると変わるのだろうか。
それはまず、用いられる証拠が特許の明細書以外に企業の内部資料、業界の技術資料、そしてその技術分野の専門家証人の証言という特許以外の証拠のウェートが圧倒的に高いからである。

 つまり特許という独占権の範囲を解釈するときに上記した証拠を総合して始めてその範囲が特定されてくる。従ってディスカバリーが進むにつれて新しい証拠がどんどん増え、侵害論、有効論も変わらざるをえなくなる。その上に、こういった論理を述べるのは弁護士でなく専門家証人であるから、彼らを人選し、証拠文書を読ませ、必要に応じて教育しながら最後に公判で証言という形で最終的な証拠になって行く。

 こういうことから訴訟理論は、訴訟が始まった当初から公判に入った時にはガラリと変わる事が結構多いのである。勿論特許やその技術の根本的な思想が変わるわけではないが、ほとんどの場合特許は新しいとは言っても従前の技術を改良したものが多いので、本当に新しい発明か否か、あるいは新しい点は一体どこにあるのかということは上記した周辺情報の影響が非常に大きいのである。

 従って法廷での訴訟理論もそこに行くまでは紆余曲折して最後に1つの方向に収斂していくわけである。
 このことから全ての情報、証拠を消化し、咀嚼して新しい料理(理論)を作る訴訟弁護士は常にフレキシブルでなければならず、訴訟理論やそのアプローチには絶対というものはないと信じていなければならない。
 そしてそういう臨機応変で柔軟な訴訟弁護士こそタイガーウッズのような真の勝利者になるのである。