第6回 「インキュベータあれこれ」



●TLOの次なるキーワードは「インキュベータ」


 1998年に大学等技術移転法(通称TLO法)が試行されてから6年近くが経ちました。この間に、「TLO(Technology Licensing Organization)」という言葉が日本の社会に浸透し、概念としてもかなり根付いたものとなってきました。TLOを固有名詞として使うことにあまり違和感が無くなった今日この頃ですが、今回は、「産学連携の世界」で、TLOの次にキーワードとなりつつある「インキュベータ」についてお話します。

 5月中旬に、欧州連合のイニシアティブによるGate2Growth Incubator Forum(注1)−Good Practice Workshop 4に参加したことを機に、日本のインキュベータの状況について少し整理をしたものをたたき台として、欧州連合のメンバー国、特にこの5月に新たにメンバーとなった国々におけるインキュベータの位置づけについても言及したいと思います。

●「インキュベータ」のサポート範囲


 大学から生まれた研究成果を産業界において新製品、新たなプロセスとして活用していくという形の産学連携において、これまでの基本的な考え方は、まず研究成果を特許化し、それを既存の企業にライセンシングするというものでした。この一連のプロセスを業務として担っているのがTLOであり、特許出願件数、実施許諾件数、共にTLOの実績は着実に伸びてきています。しかし、大学発のシーズが新たな製品として市場に出て行くまでには、技術面、ビジネス面で更なるブラッシュアップが必要であるとの認識が高まってきました。そこで登場するのが「インキュベータ」です。

 まず、「インキュベータとは?」という点ですが、様々な定義が存在することから、その機能に注目して皆様と認識を共有することにします。大学又は研究機関から生まれたアイデアを基にビジネスを展開しようとする起業家に対して創業支援を行う、あるいは創業間もないスタートアップ企業・スピンオフ企業の育成をサポートすることが、一般にインキュベータの役割とされています。

 企業の成長段階のどの時点をサポートの対象とするか、いかなるサービスを提供するか、インキュベータ自身がどのような形態で運営されているか、どのようなビジネス分野を取り扱っているのか、またどのような機関を母体としているか、等のクライテリにより、様々なタイプのインキュベータに分類(下記表)することができます。

 ここで皆様に注意していただきたいのは、どこの時点で「プレ」インキュベーションとインキュベーションを棲み分けするのかという問題で、国によって答えが異なるという点です。例えばフランスでは、一つのアイデアが製品として成り立つか、市場性があるかといった点をチェックした上で、そのアイデアを基に業を起こすまでの間、起業家に「付き添う」作業を「インキュベーション」と呼んでいますが、このフェーズを日本では「プレ・インキュベーション」と称しています。


●「インキュベータ」に携わる人材育成


 次に、インキュベーションの仕事に従事するインキュベーション・マネージャーに関してですが、比較的新しいプロフェッションであることから、業務内容、守備範囲、必要とされるコンピテンス、クライアントへのコミットメント等については、職務を遂行しながらその輪郭を把握しているというのが現状のようです。インキュベータの実績に大きく作用するのが、このインキュベータ・マネージャーであることから、いかに優秀な人材を確保し、また育てていくかということが大きな問題となっています。

 欧州連合が前述のワークショップのスポンサーをしている背景には、インキュベータ・マネージャーの教育という配慮があります。特に、このように、形成されつつある職業では、現場から吸収するノウハウ、成功例・失敗例からのレッスン等、形式化することが困難な「知識」をプロフェッショナルの間で共有し、また次世代へ伝授していくことが人材育成面で大きく貢献するものと考えられます。今回のワークショップにおいては、欧州連合メンバー国におけるベストプラクティスの紹介、欧州連合外の事例紹介、テーマ別のアトリエ・タスクフォース、ブレイン・ストーミング、インフォーマルなディスカッションと2日間にわたり熱のこもった議論が交わされ、またネットワークの形成が図られました。

 ちなみに、このワークショップへの参加者60名のうち、8名がこの5月に新たに欧州連合のメンバーとなった国々からの参加で、すでにインキュベータの運営に携わっている人、今まさに立ち上げようとしている人、これから政府にインキュベータの必要性を説明しようとしている人等、様々な立場からインキュベータに関する情報を吸収しようと試みていました。

 また、情報と体験の共有という観点から注目に値するのが、様々なレベルでネットワークの構築が進んでいるということです。国レベルのもの(例:フランス、スウェーデン等)、近接諸国間のもの(例:北欧)、更には欧州連合レベルのものがあります。また、インキュベータのネットワークとサイエンス・パークのネットワークの間での連携も存在し、縦横に情報が流れているようです。

 日本においては日本新事業支援機関協議会(JANBO)がプラットフォーム役を担ってきましたが、今後、海外のネットワークとの連携も視野においた活動を期待するところです

(注1) http://www.cordis.lu/finance/src/g2g_incubator.htm参照。今ワークショップのテーマは「The university-based incubator as a means to foster entrepreneurship and innovation management at universities」でした